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142 半ば純血

「……ふん、忌々しい」


 そう言いながらオニ族の大長老は戦いのかまえを解いた。


「忌々しいほど最高の仕上がりを見せておる」

「もう試さなくていいのかい?」


 そうなら、そろそろこちらの要件を持ち掛けたいと思うエイジだった。


「知りたいことはあらかた知れた。外から呼吸使いがやってくると聞いて、可能性は一つしかないと思い当たっていた。実際に刃を交わして確信がとれたわ」

「おじい!」


 観戦者の中から、オニ族の少女サンニガが身を乗り出した。

 負傷した同輩にも付き添わず、この場に居残っていたらしい。


「やはりソイツは、我が一族から奪われた宝なのだな!? 宝が、長い時を経てオレたちの下に帰って来たのだな!?」

「形を変えての」


 二人は、部外者には通じない符牒のような会話を交わす。


「聞いてくれおじい! あの余所者の女!」


 ズビシとセルンを指さす。


「総身が真っ青な聖なる剣を持っていた! おじい言ってただろう!? 一族の宝を盗んでいったのは、集落に迷い込んだ余所者の女だったって、そしてその女は、一目で聖なるものとわかる青い剣を持っていたって!!」


 その言葉に、老人は木の洞のような目を開けてセルンを見る。

 洞の奥の瞳は、鬼灯のように爛々と輝いていた。


「はあッ!? 何を言っているんですか!? 私には一切覚えがありませんよ!?」

「セルン……、アナタ真面目そうに見えて裏では……!?」

「ギャリコも乗っからないでください!!」


 言い争う二人を余所に。


「違う」


 大長老はあっさり言った。


「青い剣が同一のものであろうとも、あの騒ぎからすでに数十年の時が経っておる。あの時のうら若い娘が、今も若々しさを保っていられるはずがない」


 何より。


「ワシは、あの時のあの娘の顔をハッキリ見ておる。今日現れたこの娘とは間違いなく別人じゃ」

「そんな……?」


 拍子抜けしたのか、サンニガはへなへなとその場に崩れ落ちた。


「サンニガは、ワシの四番目の娘の次女じゃ。多少跳ねっ返りではあるが、若い中では抜きんでた才覚の持ち主。あの歳で『破の呼吸』まで使える者は少ない」

「僕は、八歳の時には使えるようになっていた。『弐の呼吸』と『穂の呼吸』も八歳の時に修めましたが」


 エイジは言う。


「ヤツもそうであった」


 不思議と会話が成立していた。


「ワシの九番目の息子も、齢十を迎えるまでに身体強化系最上段『王の呼吸』を修め、ワシを驚かせた。今まで数多くの獄卒を育て上げたワシだが、あれほどの異才には出会ったことがなかった」


 あのまま大成すれば、間違いなくオニ族始まって以来の大族長になるはずであったと、族長は言う。


「名をレイジといった」


 何も知らないギャリコとセルンの肌に、何か張り詰めたものがまとわりついた。

 大長老の語ることが、何を意味しているかまだわからない。


 それなのにすさまじい息苦しさが二人を襲った。

 ただ一人、エイジだけがいつもと変わらぬ様子で……。


「僕の父親はここで生まれたんですね?」


 と言った。


「僕は、自分の父親の名を知りません。会ったのもほんの一瞬だけだ。それでもあの人は、正しく生きるにはどうしたらいいかを鮮烈に僕に示してくれた。あの人に育てられた覚えなど欠片もないが……」


 一拍、置いて。


「あの人は、たしかに僕の父親だった」


 今までにないエイジの張り詰め態度に、セルンもギャリコも口出しできない。


「アナタたちオニ族にも、スキルウィンドウはありますか?」

「あるとも。サンニガ」


 孫の名を呼ぶ大長老。


「お前のスキルウィンドウ見せてやりなさい」

「はあッ!? なんでオレが!?」


『裸を見せるも同じ』と言われるスキルウィンドウを後悔することに当然抵抗するサンニガだったが、祖父からの有無を言わさぬ一睨みで、すぐに抵抗心が失せる。


「くそっ、なんで……」


 文句混じりに、指先で虚空に四角形を描くと、その枠に沿って現れる透明の字版。

 そこにはこう書いてあった。


サンニガ 種族:オニ

 空拳スキル:890

 筋力スキル:459

 敏捷スキル:628

 耐久スキル:398

 呼吸スキル:1250

 おにごっこスキル:710



「なんで呼吸スキルがあるのに身体能力系のスキル値が中途半端に高いんだ?」

「空拳スキルにも頼りすぎていて、精進の足りなさが克明に出た仕上がりじゃ」


 何故かボコボコにされるサンニガの評価。


「うるさいな!? 大体何のためにスキルウィンドウ出させたんだよ!? オレを笑いものにしたかっただけなら本気で怒るぞ」

「…………」


 その問いに、エイジは一瞬の沈黙を置いてから答えた。


「スキルウィンドウに記されているのは、もっとも使用されるスキルのスキル値だけじゃない」

「え?」

「セルンにギャリコも覚えているだろう? 僕は自分のスキルウィンドウを頑なに見せなかった。その理由は呼吸スキルによる数値の歪さを晒したくないからだと言ったが……」


 エイジの指先が、虚空に四角形を描く。


「もっと隠したいものが、他にあったんだ」


エイジ 種族:人間/オニ

 ソードスキル:4619

 筋力スキル:76

 敏捷スキル:90

 耐久スキル:57

 兵法スキル:7600

 呼吸スキル:4万8500


「「「これは……!?」」」


 相変わらず非常識極まりないエイジのスキル値のばらつき具合。

 しかし今注目すべきはそこではなかった。


 以前エイジのスキル値が暴露されたのは、ウォルカヌスへ通じる道の途中にあるロダンの門の試験によって。

 だから厳密に、エイジのスキルウィンドウが他人の目に晒されたのはこれが初めてと言える。

 ロダンの門の試しには現れず、今スキルウィンドウに表示される重大な項目は一つ。


 種族。


 そこにはまた奇妙な表示が出ていた。

 刻まれているのは『人間/オニ』。二つ並んだ種族名。


「僕は、人間族とオニ族の混血種だ」


 エイジは言った。


「オニ族の父と、人間族の母との間に生まれた。もっともオニ族なんてのが実在するなんて、今日初めて知ったがね」

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