139 黄泉路
「どういうことだ……?」
「そのままの意味だ。呼吸スキルは我らオニ族の固有スキルである以上、それを使えるアンタは我らと同じオニ族だ。同族同士であれば口を聞いたところで、イザナミ様も何をお怒りになろう?」
分別顔のオニは、それが当たり前だと言わんばかりだった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「そうです! その理屈はおかしいです!!」
エイジ本人に代わってギャリコ、セルンが色を成した。
「エイジがアナタたちと同種族なんて、そんなことあるわけないでしょう!?」
「そうです! エイジ様は紛れもない人間族です! それ以外の種族が聖剣の勇者に選ばれ、辞退したとはいえ覇勇者にまで上り詰めたなんてことがあっていいはずがありません!!」
女性たちはガヤガヤ抗議するものの、分別顔のオニは顔を背けて一切返答しなかった。
「他種族との会話を避けてるって……」
徹底しているらしい。
「ムキーッ!! こっち向けーッ!!」
「煩い地上人が!」
年配オニの代わりにギャリコたちを迎え撃ったのは、先ほどエイジに散々にやり込められた少女オニだった。
名はたしか、サンニガ。
「人の住み処に侵入しておきながら、なんだそのデカい態度は。オレだってソイツに聞きたいことがあるんだ! 青い剣を持ったお前!」
「私ですか!?」
とセルン。
「そうだ! お前が昔、オレたちオニ族から宝を奪ったって本当か!?」
「まったく身に覚えがありません!!」
彼女はさっきもそんなことを言ってセルンに突っかかってきたが。
現場が混乱しすぎて、何が何やらわからない。
「僕らはお願い事があってアナタたちの下を訪ねてきたんだが、どうやらそれどころではないようだな」
「たしかに、とにかく我々も、我が集落の外から来ながら呼吸スキルを使うアンタの事情を知りたい。一度我が集落に来てくれないか。一族の長である大長老に会ってほしい」
ここでも長は大長老と呼ばれているのか。
エイジはため息交じりに了承した。
「連れの二人も同行させてほしい。この流れだとアナタたちは断るだろうが、これは絶対条件だ」
「…………!」
分別顔のオニは、サンニガと睨み合っている二人の女性を見回して、やがて観念したような溜め息をついた。
「……わかった。ただし我々は彼女らと一切口を利かない。空気のようにいないものとして扱う。それでいいか」
「なんか陰湿な感じがするけど仕方ない。それでお互いが満足できるなら」
こうしてエイジたちは、出会ったオニ族の案内に従って、その集落へと向かうことになった。
* * *
他のマントで身を隠していたオニたちも、マントを脱いで姿をさらした。
男もいれば女もいたが、皆共通するのは若く、働き盛りの年齢であったということ。
地上から降りてきたエイジたちの気配を察して、偵察に放たれたらしい。
他種族の遭遇するのは何十年ぶりということで、姿を見らSれぬよう緊急措置的に羽織ったマントが着慣れずに、相当窮屈だったそうだ。
数人が先導しつつ、残り数人がエイジ一行の後方について、ちゃっかり取り囲む陣形になっていた。
「やはり相当警戒されてるな」
仕方ないことはいえ居心地が悪かった。
「こんな地下の奥底に何百年と住んできただけあって、相当に排他的ですね。エルフでもここまで警戒厳重ではありませんでした」
「排他性一位からついに陥落か、エルフは」
などと軽口を叩いても、周囲のオニたちはニコリともしない。
「……ねえ、本当なの?」
「何が?」
「アナタが人間族じゃなくて闇人……じゃない、オニ族だって話。アタシ全然聞いてないわよ」
「そんなはずがありません!」
烈火のごとき勢いで話に割って入ったのはセルンだった。
「エイジ様は、今は違うといえどれっきとした人間族の勇者だったのです! それが他種族であったなど、あるはずがありません!!」
ことは人間族のアイデンティティに関わることらしく、さすがにセルンは頑なだった。
周囲でオニ族たちが、聞こえないふりをしながらチラチラ様子を窺っている。
「そうよね、種族の代表というべき勇者が、その種族じゃなかったとしたら一大事だもんね。で、結局のところどうなのよ?」
「どうなの……、と言われても……!」
エイジは答えようがない。
「彼らが、エイジを同族呼ばわりしている根拠は、あの呼吸スキルでしょう? 前に呼吸スキルは、エイジだけの特別なスキルだって言ってたけど……」
「僕も、そのつもりだったんだがなあ」
しかしオニ族であるサンニガが実際に呼吸スキルを使うシーンを目撃した以上、少なくともエイジ独自のスキルということはない。
「その話だが……」
ここで先頭を歩く分別顔のオニが振り返ってきた。
「何よ、関わらないとか言ってたくせにアタシたちの話盗み聞きしないでよ?」
「…………」
「ギャー、ムカつく!!」
種族の仕来りはまこと煩わしいものだった。
「エイジさんといったか。アンタの使う呼吸スキルは、我らオニ族の使い手と比較しても卓越したものだ。このサンニガは、オニ族の中でも五本の指に入る使い手だが、それでもアンタに一蹴されてしまった」
「この程度で?」
「ぐぬッ!?」と同行しているサンニガが喉を詰まらせる。
「スキル値もさぞや高いのだろう。恐らくここにいる全員が敵わないに違いない」
「エイジの呼吸スキル値はほぼ五万よ」
「「「「「「ごまんッッッッ!?」」」」」」
周囲にいるオニたちが一人残らずオウム返しに絶叫した。
「ああ、やっぱり非常識な数字なんだ」
「いや待て待て待て! そんな数値が人類種に可能なのか!? ウソ言ってないか!? マジか!?」
仕来りを忘れてギャリコの発言に過剰反応するオニたち。
「やっぱりエイジ様は特別なんですよ……。だから人間族で他種族のスキルが使えても問題ないのです」
「まあまあ」
ブツブツ言うセルンをなだめるエイジだったが、その様子を一人黙って見守る者がいた。
というかほとんど睨みつける面持ちで。
オニ族サンニガ。
彼女は、オニ族は、果たしてエイジをどのように捉えているのか。
魔剣作りの最終段階を果たさんと乗り込んだエイジたちだが、そんな彼らを予想だにしなかった運命の荒波が飲み込む。





