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13 及ばぬ神助

「聖剣も覇聖剣も、勇者も覇勇者も、究極的に見てモンスターに対抗する手段としては不充分だ。セルン、何故かわかるか?」

「うッ……!?」


 回答を迫られてセルンは口ごもる。

 答えがわからないからではない。答えがわかった上で、それを口にすることができないからだ。


「ならば聞き方を変えよう。聖剣は、覇聖剣を含めて全部で幾振り存在する?」

「……ッ!?」

「まさか……?」


 無言のセルンに代わって、ギャリコが何かに気づいた。


「かつて僕が持ち、今セルンが持っている青の聖剣は、剣神アテナが『人の領地の東方を守れ』という意図を込めて与えた剣だ。それ以外に……」


 西を守る白の聖剣。

 南を守る赤の聖剣。

 北を守る黒の聖剣。


「そして東西南北の中央に座す黄金聖剣……、それが覇聖剣だ。つまり聖剣は全部で五振り。……たったの五振りだ。この世界に数万といる人間を守るための聖剣が。日々あちこちで発生するモンスター被害に対処するための聖剣が」

「そんなの……、全然足りないじゃない」


 セルンに代わってギャリコが言う。


「聖剣ってたった五本しかない……!? それってドワーフの勇者たちと同じじゃない。それだけしかなくて、各地に現れるモンスターを即座に全部退治し切れるっていうの……!?」


 モンスターは聖剣でしか倒せず、普通の武器では倒せない。

 それは数日前、アイアントとエイジとの激闘を思い出せばすぐわかることだ。

 ならば僻地の村落にモンスターが現れたりすれば、住民は勇者が来てくれるのをただひたすら待ち続ける以外に対応策はない。


「それでも勇者が来てくれることは極稀だ。他にもモンスターが現れて急行しなければいけないところがたくさんあるからな。特に勇者は、聖剣院が指定する重要施設や要人を最優先で守りに行く」


 だからなおさら、貧しい村や名もなき一般人は後回しにされる。

 結局一般の人々にできることは、モンスターがひとりでに去っていくまで耐え忍ぶか、家も田畑も捨ててモンスターの難から逃れ去るぐらいのものだ。


「セルン、キミは勇者の英名に浴するほど聖剣院の中枢にいる人物だ。である以上、聖剣が抱えるこの問題を知らないとは言わせない」

「う……!」

「その上でもう一度聞く。聖剣は本当にモンスターに対抗する有効な手段だと思うか? 抜本的にモンスター問題を解決することができると思うか?」


 ならば。


「人は自分自身の力で、自分自身を救うべきだ!」

「だから……!」


 ギャリコがハッと気づいたように言った。


「だからエイジは、聖剣院を辞めちゃったの……? 思うように人々を守れないから?」

「そうだ、僕は自分の意思で、自分の目の前にいる人を助けたい。そのために聖剣院との関わりは邪魔なんだ」


 そうなれば問題が出てくる。

 モンスターは聖剣でなければ倒せない。そして聖剣院と袂を分かてば、モンスター対抗への唯一の初段を手放さなければいけない。

 聖剣を持つなら聖剣院の傘下に入らなければならず、聖剣院から抜ければ聖剣を持てない。

 そのジレンマから解放されてモンスターを倒す方法はただ一つ。


「モンスターを倒せる剣を、自分の手で作ること……!?」

「そうだ!」


 エイジがギャリコの肩を両手でガッと掴んだ。

 これから抱き寄せようとするかのごとき勢いで。


「ひゃわわわわわわわッ!」

「聖剣以外でモンスターを倒すことのできる剣。それさえあれば僕は自分の意思だけでモンスターと戦うことができる! だから僕はここへやって来たんです、求めるものを作り出す方法を求めて!!」

「わかった! わかったからちょっと離して! ドキドキしすぎて心臓止まるから!!」


 エイジは、このドワーフの集落へとやって来た覚悟。

 覇勇者という誰からも尊敬される地位から、ドワーフ坑道の一番下っ端に転向してまで、ドワーフから鍛冶スキルを学び、聖剣を超える武器を作り出そうとしていた。


「なるほど……、それでエイジ様は、このような場所におられたのですね?」


 セルンが再び言葉を発した。

 不思議とその言葉には、力が戻っていた。


「剣を作りには鍛冶スキルが必要。鍛冶スキルと言えばドワーフ族、ですか。この半年間、人間族のテリトリーばかり探していた私は実に愚かだったのですね……」

「そいう言えばセルン。どうやって僕がここにいることを突き止めたんだ?」

「聖剣なしでモンスターを倒したという、ご自分の偉業を軽視し過ぎたようですね。アナタの剣技は、ひとたび振るえば天下に響き渡るのです」


 ここドワーフの集落は、閉鎖的でもなく、また純粋にドワーフしかいないわけでもない。

 エイジのような例外は無論他にもいる。

 作業員としてドワーフに交じって働いているのはさすがにエイジぐらいのものだが。

 鉱山集落が、採掘した鉄から様々な鉄製品を作り出す集落である以上、それを売って通貨に変える仕組みは必要不可欠。

 その方面を支えているのが、人間族の商人だった。

 元々商業流通は人間族こそがもっとも得意とする分野で、自族だけでなく種族の垣根を飛び越えて幅広い流通網を構築している。


 ここドワーフの鉱山集落にも、様々な鉄製品を買い付けに来る人間の商人は数多くいて、あのアイアント襲撃も目撃していた。

 そうした商人が危難の去った鉱山集落から、買い上げた鉄製品と共に出ていき、行く先々で、我が目に映った珍しい出来事を語り広める。


 その噂が、覇勇者を探し出さんと情報収集していたセルンにまで届くのはごく自然の流れだった。


「それでここまで来たってわけか……!」

「率直に申し上げます。エイジ様のしていることは無駄以外の何者でもありません」


 それこそ歯に衣着せぬ物言いでセルンは言う。


「何故なら、人が聖剣を作り出すなど夢物語でしかないからです。聖剣は、モンスターに虐げられる人間を憐れんで神が与えてくださったもの。神の御業を人が真似するなど不遜にて愚かな振る舞いです」


 その言葉に反論することは、エイジにもギャリコにもできなかった。

 鍛冶スキル値1100のギャリコが丹精込めて作った鉄の剣も、数十本の犠牲と引き換えに殻を破るのが精一杯だった。


「先日は、無様な戦いをされたそうですね」

「無様……!?」

「アイアントと言えば、兵士級モンスター。等級的にもっとも弱い。聖剣を使えば木の葉のように千切れる最弱に、覇勇者ともあろう御方が大いに手こずって……。それもこれもアナタが覇聖剣を持たないからです!」


 我が意を得たりと大きく攻め込むセルン。


「アナタが覇聖剣を持てば、いかなるモンスターも即座に両断できるのです。その真理から目を背け、できもしない手製の聖剣などを作ろうとアナタの至高の能力を浪費する。……それはもはや大罪です。アナタが守るべき人間族への大罪です!」


 数の限られた聖剣で守れる人々の数などたかが知れたもの。

 しかし、できもしないことにかかずらわって誰も助けないのは、それ以上に何の意味もない。


「エイジ様……! どうか現実と向き合ってください。人々をモンスターから守りたいのなら、覇聖剣を手に戦うことこそもっとも確実な道なのです! アナタの力がどれだけ希少なものかを悟って、アナタの使命を見失わないでください!!」


 エイジは反論の言葉を見つけられなかった。

 聖剣を超える剣を人の手で作り出す、その方法を具体的に示せない限り、セルンを論破することは出来ない。

 しかし彼はまだ、その手段をおぼろげながらも見いだせていない。


 このままでは、ただ強情に押し切るぐらいしかセルンを追い返す方法がない。


「待って」


 しかし、エイジの代わりにギャリコが口を開いた。


「あるわ」

「え?」

「まだ推論の段階でしかないんだけど、方法があるの。神じゃない者の手で、神の作った武器を超えられるかもしれない方法が」

~補足説明~ 種族と勇者について


今回の説明だと、人間族だけに勇者がいて他の種族はまったく守られていないように見える可能性もありますので、後々本編内で語られることですが念のため補足。


現段階では説明の煩雑さを避けるために人間族の勇者だけに絞って語られていますが、当然ドワーフやエルフなど、他の人類種にも勇者はいます。

人間、ドワーフ、エルフなどそれぞれにもっとも得意とする武器があって、人間ならば聖なる剣=聖剣。ドワーフなら聖なるハンマー=聖鎚という具合に、それぞれの種族に聖なる武器が与えられていてそれを使う者が勇者とされます。


各種族に与えられる武器の数は、「覇の聖なる武器1」+「普通の聖なる武器4」=5でワンセットとなっていて、どの種族も勇者四人、覇勇者一人が基本単位です。


人間族以外の勇者に関しても話の進行に対応して改めて語っていこうと思います。

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