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138 鬼

『威の呼吸』で、一気に二倍に跳ね上がるエイジの身体能力。


「……『炉の呼吸』」


 さらに四倍へ。


「なッ!?」


 その様を見て、褐色の少女は驚きに気圧される。

 そのせいで呼吸を乱し、せっかく高められた身体能力も元に戻る。


「余所者が呼吸スキルを!?」

「そんなバカな!? しかもこの上昇率!?」

「村にいる誰よりも高いぞ!? そんなことあるわけが……!?」


 後方にいるマント組も容易く動揺していた。


「この程度の揺さぶりで強化を解くとは……。野良ネコでももうちょっと踏みとどまるものだぞ」

「何を……!?」

「呼吸使いにとって、どんな状況でも決められた呼吸を乱さないのは生死に直結すること。だから難度の高い呼吸法を使えるよりも、いついかなる時も呼吸を乱さないことが呼吸の達者の基準になる」


 と思っていたエイジだったが。


「まあ、我流の僕一人の認識だから、違ったかもしれないがな」

「黙れ!」


 少女から放たれる閃光のような蹴り。

 しかしエイジはそれを難なくシナイで受け止めた。


「この剣に刃があったら、この足はキミから離れてその辺を転がっていた」

「……ッ!?」

「呼吸使いが呼吸も整えずに仕掛けるなど粗忽の極みだ。それに今の打ち合いでわかったが、キミの身体能力スキルは、元からそこそこ高いようだな。だから呼吸を整えずに性急に仕掛けられた」

「そ、それが……!?」

「呼吸スキルを徹底して鍛えていない証拠だ。呼吸スキルが卓越すればするほど、筋力、敏捷、耐久スキルは反対に小さくなる」


 呼吸スキルによって倍加されれば、身体能力三大スキルは元から高くある必要はない。

 無駄なものは削ぎ落とされるという自然のもっとも基本的な原則により、呼吸スキルの達人は皆、常人並みの身体能力しか持たない。

 エイジのように。


「うるさい! 『破の呼吸』!!」


 一気に限界まで筋力を上げて、再びエイジに挑む。

『破の呼吸』が彼女が使える最大の呼吸スキルらしい。


「空拳スキル『乱れ打ち』!!」


 少女の拳が、それこそ無数の残像となってエイジに迫る。

 しかしエイジは、その中からいともたやすく実像を見つけ出すと、シナイの切っ先で掬い取るようにいなした。


「うあッ!?」

「それが闇人固有の戦闘スキルか。武器を使わない……、極めて特異なスキルだな」


 身体能力を無限に高める呼吸スキルとの相性はよいと見える。


「しかし中途半端だ。戦闘スキルと身体能力スキルは、呼吸スキルを介して爆発的に成長できるのに、上手く相乗していない。すべてのスキルに生半可に頼っている証拠だ」


 呼吸スキルによって常態低下する身体能力スキルを補おうとすれば、ソードスキルなどの戦闘スキルは自然に上がっていく。


 必要だからこそ力が上がるわけで、だからこそ日常常人程度の身体能力スキル値しか持たないエイジは、そこから鍛錬を積んで四千を超えるソードスキル値を得た。


 同じ呼吸スキルを使いながら、そこまで戦闘スキル値が激増していないということは、呼吸スキルの特化が足りずに、中途半端に状態身体能力スキルを高数値にしている結果だろう。


「すべてを投げ出して挑まぬ鍛錬に成果はない。『破の呼吸』」


 エイジも『破の呼吸』を使った。

 そこで得られる筋力倍加は、元の八倍。


 それは同じ『破の呼吸』でも、少女の使う呼吸とは遥かに違っていた。


「……『弐の呼吸』」


 十六倍。

 これでもう既に筋力、敏捷、耐久スキル値のみを見ても少女を圧倒する域となっている。


「うひいいいい……ッ!?」


 少女も、断絶した力の差を実感したのか、完全に戦闘意欲が消し飛ばされている。


「……『穂の呼吸』」


 三十二倍。

 ダメ押し。


 これで勝負がついた。

 エイジは、呼吸を整え威圧するだけで、剣の一振りもなく相手を沈黙させてしまった。


「待て! 待て! 待ってくれ!!」


 慌てた様子で飛び出してきたのは、後ろに控えていたマント組の一人だった。

 飛び出しながらマントを取ると、その中から出てきたのはそれなりに年配の成人男性だった。


 少女同様、肌の色が褐色いて濃い。

 そして顔つきには年相応の分別が浮かんでいた。


「そこまでだ! ウチのサンニガの完敗だ! 降参するゆえ呼吸を収めてほしい!」

「アナタたちの方から勝手に挑んできたんだがな」


 言いつつもエイジは、相手の意を受け入れ呼吸スキルを解除した。

 風船が萎むように身体能力スキルも常人並みに戻っていくが、この状態でも卓越したソードスキルと兵法スキルがあるゆえに、不意打ちはまず成功しない。


「またエイジが無双しただけで終わった……!」

「あの人がいるだけで何でも解決しますね」


 ギャリコとセルンは、いつもながらの展開に呆然と見守るのみだった。


「降参というなら、平和的に話し合いをしてくれるというんだな?」

「是非もない。こちらもアンタに聞きたいことがある」


 分別顔の男性は、打って変わって物腰柔らかい態度だった。

 彼の後ろに、先ほどまで噛みつかんばかりの威圧ぶりだった少女がしがみついて震えていた。


「では、何度も聞いているが、アナタたちは女神イザナミが生み出したという闇人族で間違いないんだな?」

「闇人……? 他種族が我々をどう呼ぶかは知らないが、我々は自分たちのことをオニと呼んでいる」

「オニ……!?」

「冥界に住まう人類種のことだ。しかし我々は黄泉の神イザナミ様を信仰しているから、闇人とは即ち我らオニ族のことで間違いないのだろう」


 ややこしいが、長い時間の経過で呼び名まで変わってしまったのは、他との関係を断ってきた種族ならではであろう。

 存在自体を忘れ去られた種族ならば、これでもまだいい方だろう。


「なるほどオニ族か……、僕らは、アナタたちに用があってここまで来た。是非とも代表者なりに話をさせてほしいんだが」

「それはできない。我らオニ族にとって『他種族と交わってはならぬ』ということがイザナミ様の定められた最高の掟だ。今こうして話していることすら、イザナミ様の教えに違反していることなのだ」


 しかし違反しながらも、こうして話をしてくれている辺り、そこまで厳重な戒律ではないのではあるまいか。

 古くからの仕来りにはそういうものが結構あり、抜け道はないものかとエイジ執拗に食い下がる。


「じゃあ、何故こうして今僕と話をしてくれている? 掟といっても何か例外はあるんだろう?」

「ない、アンタと話しているのは、アンタが我々と同族だからだ」

「ん?」


 思わぬ一言に、エイジの唇が止まる。


「呼吸スキルは、我らオニ族の固有スキルだ。それを使うアンタは、我々と同じオニ族ということになる」

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