137 整息の一族
「……『威の呼吸』!!」
マントを被った何者かは、たしかにそう言った。
それはもっとも初歩の呼吸スキルだった。
「な……ッ!?」
「セルン、下がれ!!」
エイジの怒号でやっと我を取り戻したセルンは、青の聖剣を構えたまま後ろに飛びのく。
その一瞬あと、鎌で薙ぐような蹴りが空を切った。
命中すれば、それこそ人間の首ぐらい刈り取りそうなほど鋭い蹴り。
「……『炉の呼吸』!」
マントはさらに呼吸を継ぐ。
「コイツ……、本当に呼吸スキルを!?」
後退するセルンに尚もしつこく食い下がり、マントを被る何者かは拳や蹴りを礫のごとく浴びせかける。
「うわわ……!?」
その乱撃を受け止めきれず、躓くセルン。
倒れ掛かったところを一気に突き崩そうと攻勢を強めるが……。
「そこまで」
割って入ったエイジによって、猛攻のマントは押し戻された。
エイジの手には、いつぞやエルフの森で作成された『死なない剣』略してシナイが握られていた。
「軽率だぞセルン。人類種相手に使えないとわかっていてどうして聖剣を出す?」
「申し訳ありません。咄嗟でつい……!」
「おかげで反撃も防御もままならずに追い詰められるとは、宝の持ち腐れどころの話じゃない。キミもグランゼルド殿を見習って些事用の剣を携帯しておくべきだ」
このように……、とばかりにエイジはシナイを突き付ける。
マントに覆われた謎の集団へ向けて。
「で、アナタたちは何者だ?」
「……」
「ひょっとして闇人か?」
しかし応えるマント装束はいない。
仲間内で言い争っていたのを聞いたので、言葉が通じないわけでもないだろうが。
「……どけ、お前に用はない」
といったのは、真っ先にセルンへ飛びかかってきたマント装束だった。
やはり少年のように若くて高い声だった。
「サンニガ! いい加減にしろ!!」
それを他のマント装束が窘める。
こちらはもっと年配のような声色。
「掟を忘れたか!? 我らはよそ者と関わってはいかん! 言葉も交わしてはいけないし、姿を見せてもいかん。このマントも何のために着けているか、その理由を思い出せ!!」
「うるさい!」
若い声のマント装束が、おもむろにマントを脱ぎ去った。
その中から現れたのは……。
「おお?」
うら若い少女だった。
総身が細いながらも筋肉質で、よく鍛えてあるのが外目にもわかる。さらに肌の色が褐色に濃いのが印象的だった。
天人のエメゾが、新雪のように白い肌をしたのと対照的だった。
天人と闇人。
その二種族が対を成す兄妹種族であるとしたら。
「ふう、やっとスッキリした。掟か何か知らないが、こんなダブダブしたものを着ているから攻撃もとろくなる」
褐色の少女は、戒めから解かれた開放感をたしかめるかのように、四肢を動かす。
先ほどセルンを襲った手並みから見て、その戦闘スタイルは武器を使用しない格闘タイプ。
今まで会ったことのない系統に、エイジも警戒を怠らない。
「もう一度聞くが、アナタたちが闇人か?」
「こちらも言ったはずだ、お前に用はない失せろ」
褐色の少女は敵意をむき出しに言う。
背後でまだマントをまとう数人も、どう彼女を宥めたものかと戸惑う様子だ。
「オレが用があるのは、そこにいる青い剣の女だけだ」
「私ですか!?」
セルンはまだ青の聖剣を仕舞っていなかった。
「青の聖剣に随分とご執心のようだな? 何か因縁でもあるのか?」
言いながら、心の中で『それはないな』と結論するエイジだった。
天人から仕入れた話によれば、闇人はここ数百年他種族と没交渉だったはず。打とすれば人間族とも関わりがなく、まして聖剣を見たこともないはず。
「知っている。青い剣は、盗人の証だ!」
「え?」
「おじいが言っていた。オレが生まれる前、オレたち闇人の宝を奪っていった盗賊が、その青い剣を持っていたと!!」
黙って話してなどいられるか、とばかりに疾駆する少女。
それはセルンを狙ったものだったが、やはりエイジによって阻まれる。
「邪魔だ、どけ!」
「そう言うわけにもいかん。キミの言うことにも興味があるしな。詳しく聞きたい、闇人の宝を奪った盗賊とは何者だ? 本当に青の聖剣を持っていたのか?」
「話す義理があるか! お前も盗賊の仲間だというなら、まとめて倒すだけだ」
少女は、いかにも武術的な構えを取りながら、鋭く叫ぶ。
「最大出力! ……『破の呼吸』!!」
彼女の戦闘能力が、著しく上がるのが感じられた。
呼吸スキルは、特別な呼吸のリズムを整えることで身体能力三大スキルを急激に高めるスキルである。
『威の呼吸』ならば二倍。
『炉の呼吸』ならば四倍。
『破の呼吸』ならば八倍と。
段階を踏むがそれこそ劇的な強化を特別な呼吸はもたらす。
「サンニガ! バカ者!!」
「余所者に『破の呼吸』まで見せてしまうとは……!」
後方のマント組も、彼女の独断専行に混乱しているようだ。
しかし……。
「何やらショボいな」
エイジはそんな感想を持った。
「キミの呼吸スキル。それほど高い効果を持ってるように見えないんだが」
「は?」
いきなりそんなことを言われたら、少女の方とて混乱する。
「どういう意味だ!? まるで呼吸スキルを最初から知っているような……!?」
「『威の呼吸』で一.五倍。『炉の呼吸』で二倍。『破の呼吸』で二.五倍って感じの上昇率だな。呼吸による身体能力上昇率は、呼吸スキル値に比例するから、キミの呼吸スキル値はざっと千前後ってところか」
「ッ!?」
図星なのか、少女は絶句した。
「千ほどのスキル値と言えば立派な勇者クラス。キミも自族の中ではトップクラスの使い手と見たが、それに安んじて傲慢になってしまっている。強くなったからこそ自戒が必要だ。でなければせっかく手に入れた力を曇らせる」
ヒュウと、呼吸音が鳴った。
「だから見せてやろう。『威の呼吸』」





