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135 黄泉へ

 が、すぐに問題も生じた。


「抜けない!? 抜けない!? ふんぬぬぬぬぬッッ!?」


 鞘に収まった魔剣キリムスビが、今度は抜けなくなってしまった。

 エイジがどれだけ力を込めて抜刀しようと、鯉口から鍔が離れようとしない。


「……『破の呼吸』」

「呼吸スキル使った!?」


 呼吸スキルで筋力を倍増させて、やっと再び刀身が現れる。


「ゼエゼエ……! 無駄に苦労した……!!」

「処女を好むハルコーンの性状が、その剣にかなり濃厚に現れているわね。だから処女の匂いをふんだんに帯びたその鞘から離れたくないのよ」


 その解説を傍で聞いて、ギャリコが酸っぱい表情になった。


「アタシの最高傑作が……、そんなエロ剣なんて……!?」

「まあまあギャリコ、『英雄色を好む』というではないですか!」


 セルンが慰めになっているのかわからない慰めをしていた。


「現状、頑張れば引き抜けないこともないが。実戦だとこの一瞬の遅れで首が飛びそうだな……!」

「そこはイザナミ様のところへ行って祝福を授けてもらうしかないわね。女神の祝福を頂き、この鞘が女のしたたかさを強化できれば、暴れ馬も御することができるでしょう」


 やはり女神イザナミの下へ行き祝福を貰う必要があるらしい。


「面倒だと思わないで。神の祝福は、ギャリコさんが作り、アナタが振るう、その剣の性能を限界まで引き出している。剣と鞘それぞれに神の祝福が与えられれば、女神の生み出した聖なる武器にもきっと勝るわ」

「…………」


 エイジは、魔剣キリムスビの刀身を見詰めながら思った。


 神が与えた覇聖剣を拒否して、魔剣を求めた自分。

 その自分が、神の祝福を受けた究極魔剣を振るうことは、結局覇聖剣を握って戦うのと同じなのではないか。


「……いいや、違う」


 エイジが覇聖剣を拒否したのは、それが神の生み出した武器だからではなく、それを根拠に横暴の限りを尽くす聖剣院を見限ったからだ。


 聖剣院の意思から離れ、自由に剣を振るう。

 己自身の正義感によってモンスターから目に見える人々を守る。


「それが覇聖剣を拒否した動機だ」


 そして今日のイザナギ神の話によって、覇聖剣を遣わした女神アテナすら敬するに値しない存在だとわかった。


 この歪な支配を打ち砕くため。


『敵対者』ウォルカヌスやイザナギが与えてくれた援けを、縦横無尽に使い切る。


「そのためにもやはり行かなければならないんだな」


 イザナギが言う、女神イザナミの住み処。

 ヨモツヒラサカに。


「聖なる武器を持つ勇者がモンスターを倒すのは、女神たちの設定した壮大なゲーム。そのゲームをブチ壊しにしてアナタを助ける女神はいないわ。イザナミ様を除いて」

「イザナミは、ゲームに反対する唯一の女神。だから自分の生み出した種族と共に地の底に引きこもっている。そうだったな?」


 ぺこりとエメゾが頷く。


「わかった。とにかく行ってみよう」

「当たって砕けろよ!」

「もはや私たちに恐れることなどありません!!」


 どこかヤケクソな感じのギャリコとセルンだった。


              *    *    *


 こうして、充分に礼を重ねたあと、エイジ、ギャリコ、セルンの三人は天人族の里を旅立った。


 ここまで同行してきた人間族の女商人クリステナは、商談を続けるために天人の集落に残る。


「ドワーフの都からこっち、ずっと同じ道行だったけど、ついにお別れなのね……!」

「こうなってみると案外寂しい……くもないですね」


 全員が同意見だった。


 見送りにはエメゾも顔を出し、別れを惜しむ。

 彼女は、モンスターから自族を守る大魔導士として、集落を離れることはできなかった。


「いきなりやって来た僕たちに、ここまで親切にしてくれてありがとう。本当にどれだけお礼を言っても足りない」

「いいのよ、それが私たちの使命なんだから」


 表情も変えずエメゾは言った。


「私たちはこの世界で唯一の、男神単体から生み出された種族。その使命は、男神無念の歴史を受け継ぎ、いつか人類種すべてに伝えること。無論そのためには女神たちの支配から世界全体が脱する必要がある」

「……」

「イザナギ様以外の『敵対者』から祝福を受け、聖剣に変わる魔剣を携えたアナタたちはその皮きりになると思ったの。私もおじいさまも、どうかその剣で女神たちの傲慢を誅して」

「僕が何のために剣を振るうのか、正直なところは僕にもわからない」


 何のために戦うか。

 人はその答えを知っていながら知らず、その答えを求めながら戦うものだから。


「ただ僕は、僕の心に従って剣を振るうと約束するよ。それなら、キミをガッカリさせることはないと思う」

「そうね……、たしかに、そうね」


 エメゾは、何か言いたげにくしゃみの出そうな表情をしたが、押し留めた。


「言おうかどうか迷っていたけど言うわ」


 結局押し留めなかった。


「アナタが闇人と出会った時、何か、とてつもないことが始まるかもしれない」

「どういう意味だ?」

「私も直接闇人に会ったことはない。兄弟の種族でも天人と闇人は長く断絶している。だから私も書物に書いてある闇人のことしか知らないけれど……」


 エメゾは、初めて戦うエイジを見て驚いたという。


 その理由は。

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