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134 鞘完成(仮)

 それからしばらくの間エイジは部屋を追い出された。

 室内で何が繰り広げられていたのか、エイジは知る由もない。

 想像もできない。

 想像しないのが優しさであろう。


 小一時間ほどして、やっとエイジは再入室を許された。


 中では、真っ赤な顔で俯くギャリコとセルンがいた。腰辺りをモゾモゾさせているのが妙に艶めかしかった。


 何も聞かないのが優しさであろう。


 一方で天人族の大魔導士エメゾは、祭壇で何やら儀式めいたものを行っていた。

 火を起こし、金属製の皿の上で何やら燃やしている。


「ユル、ケン、ギューフ……。ユル、ケン、ギューフ……」


 と呪文らしいきものを唱えながら。

 何を燃やしているかは聞かないのが優しさであろう。


「清らかなるまま葬られることの幸せ。穢れを知らず葬られることの幸せ。生娘のまま荼毘に付される幸せよ……!」


 エメゾが呪文めいたものを唱えている間にすっかり炎は燃え尽き、後に残るのは灰だけだった。


 何が燃え尽きて残った灰であるかは伏す。


 そして驚くべきはここから……。


「エル・フロル・ダフネ」


 灰から一筋の芽が吹きだした。

 その目は見る見る伸びていき茎となり、幹となって最後には立派な樹木となった。


「よし、完成よ」


 とエメゾは言うが、エイジの素人目からは何がなんやら皆目見当がつかない。


「私とセルンさんとギャリコさんの陰毛を元に、月桂樹の木を生成してみたわ」

「「だから言うなあああああああッッ!!」」


 追い打ちが得意なエメゾだった。


「月桂樹?」

「処女性を象徴するにはもってこいの樹種じゃな」


 遅れて儀式場に入室してきた大長老が言った。


「昔、横暴なる神によって強姦の危機にさらされた天女が、みずからを樹木に変えることで逃れえたという伝説がある。その樹木こそ月桂樹」

「はあ……」

「エメゾは、三人の処女の陰毛を燃やしてできた灰より月桂樹を萌え出だすことで、三人分の強力な処女性を、その樹木に委譲させたのじゃ。エメゾ自身の強力な魔力も上乗せしての」


 そろそろよくわからなくなってきたエイジ。


「げにも恐ろしきはエメゾの手際よ。普通、火で燃やされたものは残らず意味を消失し、ただの灰になってしまうというに。それをこのような形で意味を繋ぐとは。発想は元より、その連続を繋げる魔力の強さも、大魔導士に抜擢されてしかるべきものじゃ」

「凄いんですね魔法って……!」


 そういうのが精一杯だった。


「私の仕事はここまでよ」


 そう言いつつエメゾは、手に持つ覇聖杖を横に一薙ぎして、月桂樹を根元から切断する。


「ここからはギャリコさん。アナタに任せるわ」

「え?」

「この月桂樹を材木にして、魔剣の鞘を仕立て上げるのよ。この処女性を極限まで際立たせた樹ならハルコーンも好んで住処にしてくれるはず」

「そ、そうは言うけど」


 ギャリコは問題の月桂樹を受け取り、うーん、と唸る。


「これ、純粋に材木として大丈夫なの? 鞘とはいえ戦闘用なんだから、強度が一定水準ないと話にもならないんだけど?」


 それまでは樫や杉を材料に鞘を拵えていたギャリコである。

 しかしそれらで材料にした鞘も、結局ハルコーンの暴気によって内側から破られてしまったのだが。


「ハルコーンに気に入ってもらえなきゃ、どんなに強固でも意味がないでしょう?」

「うう……!」

「それに材料の不足を補うのが作り手の腕の見せどころよ。アナタはドワーフ最高の職人なんでしょう? そのアナタなら、その材木が宿した魔性を損なうことなく実用性の高い鞘を完成させられるわ」


 情け容赦のない持ち上げぶり。


「アタシ……、装飾スキルあんまり高くないんだけどなあ。仕方ない、こうなりゃやってやるわよ!」


              *    *    *


 こうしてギャリコは、魔術的に極めて強い月桂樹を材木にして鞘作りをすることになった。


 とは言っても樫や杉より遥かに小さな月桂樹の木は、鞘の材木とするにはあまりに心もとない。


「これ失敗はできないなあ……!」


 緊張しつつ枝を落とし、適度な形にまとめたあと、カンナやノミを使って削っていく。

 魔剣キリムスビの対になるよう、しっかり形を合わせて内を掘り、鞘としての形を整えたあと、最高級の漆を塗って補強も兼ねて見栄えを整えていく。


 既に失敗作をいくつも作ってきたので、ギャリコにとっては慣れた作業だった。


              *    *    *


「できた!」


 こうして出来上がった鞘は、一目では何の変哲もない普通の鞘だった。

 一定以上の水準に達した職人か剣士なら気づく程度の技工はこもっているが、それ自体も取り立てるべき目新しさは存在しない。


 しかし何故か、鞘の表面から香り立ってくるような乳臭さ。

 淫蕩さすら感じとれるそれに、エイジは一瞬めまいを感じた。


「エイジ、キリムスビを納めてみて」

「えッ!? でも……!?」

「いいから」


 やたら自身のあるギャリコに気圧されて、エイジは鞘と剣を両手に持つ。

 そして剣の切っ先と、鞘の鯉口を合わせて、シャラリと二つを合わせた。


 魔剣キリムスビの刀身は、鞘の口に吸い込まれるように収まって、途中少しの引っ掛かりもエイジは感じなかった。

 ギャリコの刀匠としての高い技術が当たり前のように発揮されていた。


 そして……。


「割れない……!?」


 今まで自分を包んできた鞘を悉く内側から食い破ってきた魔剣が、この処女性を濃厚に宿した鞘に実に大人しく包れたままだった。

 試みは成功した。


「やった! ついにキリムスビを鞘に収めることができたわ!!」

「そのための代償は大きかったですが……! とんだエロ剣です」


 完成のために様々大きなものを提供してくれたセルンも、安堵混じりの溜め息をついた。

 悪いのは、剣となってなお性根が変わらないハルコーンの処女好きと言おうか。


 しかしそれも、魔法の力を借りて完成を得たのであった。

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