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133 純潔主義の馬

「居づらい……!」


 エイジは素直にそう思ったが、人知れず抜け出すこともできなかった。

 彼の目の前で、実に濃厚な桃色の空気が渦巻いている。


「んなッ!? 処女、しょ、しょしょしょしょしょしょ……!?」

「何故そんなことを確認する必要があるのです!? 必要なことなんですか!?」


 ギャリコもセルンも顔を真っ赤にしながら大混乱していた。


 ただ性経験の有無を聞かれただけでなく、すぐ傍にエイジがいたことも混乱に拍車をかける。


「だから言ったでしょう。ハルコーンは未通の処女が大好きなの」

「そんなの初耳だわよ!?」


 実際に覇王級モンスター、ハルコーンと死闘を繰り広げたエイジたちだが、その戦闘で、そんな印象を持ったことはついぞない。


「過去の文献でも多く見られるけれど、ハルコーンと遭遇して生き残った事例があるわ。その時の生還者はほぼ若い女性よ」

「えええ……!?」

「それで、どういう理由かは知らないけどハルコーンは処女を好むっていう定説はたしかにあるの」


 よく思い返してみれば、エイジたちがハルコーンと熾烈な死闘を繰り広げた時、ハルコーンと直接刃を交えたのはエイジだけだった。


 無論実力的にエイジ一人で戦局を支えた、という面もあるが、凶悪なモンスターはもっとも弱い獲物から襲う、という恐れも充分あったのではないだろうか。


「逆にハルコーンが大嫌いなのは、性経験を済ませた大人の女性だって。男よりもむしろ非処女の方が嫌いらしいわ」

「…………」


 また思い出す。

 生きていた頃のハルコーンとの遭遇時、兵士長級クィーンアイアントを執拗に攻撃していた凶馬の姿を。

 クィーンアイアントは、多くのアイアントを生み出して従える、魔蟻軍団の母だった。


 そのクィーンアイアントを、ハルコーンは絶命してなお執拗に踏みつけ、斬り刻みしていた。

 まるで恨みでもあるかのように。

 当時は長い間角を失っていた鬱憤晴らしとばかり思っていたが……。


「ま、まさかね……!?」

「過去の話を鑑みるに、セルンさんもギャリコさんも処女と考えて問題なさそうだけど。それ以降から今日まで事に及んだことはない? ちゃんと純潔守ってる?」

「「ぎゃああああああああッッ!!」」


 セルン、ギャリコが耐えきれずに絶叫した。


「エイジ!」

「は、はい!!」

「耳塞いでて! 目も瞑って! あとできれば呼吸もしないで! お願い!!」

「何故呼吸まで!?」


 無茶な要求にエイジも困惑。


「私からもお願いします! 後生ですので、これからのことを絶対聞かないし見ないでください!!」


 セルンまで赤面しながら懇願してくるので、さすがに拒否もできないエイジは素直に両手で耳を塞ぎ、目を瞑る。


 ごにょごにょ……、とした気配をエイジは感じた。

 トントン、と肩を叩かれる。

 完了の合図と受け取って耳から手を放し、瞼を開けると、双方火が出そうなほど顔を真っ赤にして並ぶセルン、ギャリコの姿があった。


「二人とも処女でよかったわ!!」

「「言うなッ!!」」


 エメゾのおかげですべて台無しだった。

 まあ明言されなくても態度で丸わかりだったが。


「これから行う魔法は、感染魔術の類なの。無類の処女好きだったハルコーンの遺品を抑え込むために、やはり処女性があるものを組み込み、魔法で意味化させる。以前作られた封印の布も、そうした手順で作られたのよ」

「本当ですか……!?」

「封印の布を作る際は、我が天人族から未通の処女を募集し、さらにその中から魔力の高い者を選別したわ。最終的に五十人残った」


 もはや絶句するばかりのセルンとギャリコ。


 エメゾが恥ずかしさの欠片も見せないのは、魔導士として研究心などの方が先に出ているからか。


「そして、選別された者から陰毛を採取して……」

「「陰毛ッ!?」」

「天人族の特別な呪法で編まれた魔力絹に編みこんだのが、封印の布よ。『ハルコーンよ』『大好きな処女の匂いに包まれて満足だろう』『だから大人しくしていろ』って意味」


 ついにセルンが卒倒してしまった。

 慌ててギャリコが体を支えるも、彼女自身相当冷静さを失っている。


「セルン! 気をしっかり持って。アタシ一人にしないで! 一人だけじゃ、この状況の珍妙さに立ち向かえない!!」

「今回はその術式を、鞘作りに応用するわ。そこでアナタたちの陰毛を一束二束分けてほしいの」


 どこまでも冷静なエメゾだった。


「うわばあああーーーッ!?」


 あまりに無茶苦茶な要求にセルンも失神から即目覚める。


「何故ですか!? 何故そんなことが必要なんですか!?」

「まず一つに、私一人だけじゃ意味化が弱いのよ。相手も最強クラスのモンスターの遺品だし、質も量もそれ相応のものを用意しないとだわ」

「真面目に答えないでください!!」

「たとえば私の陰毛を捧げるとして、何故私じゃないといけないのか? その理由を捧げる相手にハッキリ伝わるようにしないとダメ。もし相手が、私の天人族としての血統や、大魔導士としての魔力を要求しているなら血を捧げるわ」


 しかし今回ハルコーンが好むのは、清らかな処女性。

 それを象徴するのに、体毛ほどうってつけのものはない。


「髪の毛も象徴としては優秀だけど、同時に母性も示したりするから処女性一本で主張したかったら、やっぱり陰毛の方が好ましい」


 しかしエメゾ一人の陰毛だけでは彼女の何を主張してハルコーンの霊を慰めようとしているのか、輪郭が引き締まらない。


「私と、ギャリコさんに、セルンさん、三人は他種族で繋がりは薄いけど、共通するのが男を知らない処女ということ。これで意味化がかなり強まるわ。三人っていうのも都合がいいわね」


 三は安定数なので、魔剣に込められたハルコーンの暴気を抑え込む意味合いも強まる。

 一は孤高、二は対立、三でやっと安定する。


「それに、自分で言うのもなんだけど才能能力も一級以上の私たちだもの。天人族の大魔導士、人間族の勇者。それにドワーフ族の天才鍛冶師、でしょう?」

「ま、まあ……!」

「そこまでの品質が揃っているなら、むしろ少数精鋭でやった方が高い効果が期待できるわね。封印の布を作った時みたいに最大限の数を揃える必要もなさそう」


 というわけで。


「お願い、二人の陰毛を分けて!」

「「にゃああああああああああーーーッ!!」」


 それが魔法というものだった。

 象徴、意味あるものを駆使し、形ない意味を強化して物質界に影響を与える。


 魔法において、エメゾは妥協を知らない天才。

 その恐ろしさが、セルンとギャリコの二人を襲った。

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