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130 異極同極

『一番単純なのは、鞘にも神の祝福を与えることだ』


 イザナギ神の提案。

 神みずからの知恵を拝借できるというこの上ない特異な状況。


『ハルコーンを源流とする魔剣の暴気は、カマプアア……、もといウォルカヌスの祝福によって助長され、物質的影響を与えるまでになった』

「言いにくかったらカマプアアの方でいいですよ」

『いや、お前らがウォルカヌスの方で呼び慣れているだろう』


『敵対者』の神々は気遣いが厚かった。


『ゆえに鞘の方にも同量同質の祝福が込められれば、力を相殺し合って剣も大人しく鞘に収まろう』

「なるほど」


 すとんと理解できる率直さだった。


「そ、そういうことなら!!」


 ギャリコが、背負うリュックの中から何かしらをいそいそと取り出した。

 それは既に完成しているかと思われる木製の鞘だった。


「もちろん、魔剣キリムスビに合わせて作った鞘よ!」


 ここへと至るまでの旅の間に、暇を見つけてはコツコツ作っていたらしい。


「これにどうか、アナタの祝福を与えてください!! これでこの鞘はキリムスビを収められるってことでしょう!?

『いや、我の祝福じゃなくてな……』

「さあ、ちょうだい! 今すぐちょうだい!!」


 イザナギ神はまだ何か言いたそうだったが、ギャリコの迫力に押し負ける。

 彼女の職人的情熱は神をも動かすほどだった。


『仕方ないな……』


 エメゾの姿をしたものは、ギャリコから空の鞘を受け取り、手に持った。

 しかし今、エメゾの中身は彼女自身ではなく、彼女を通して世界に影響を与える神イザナギ。

 そのイザナギからの祝福が、与えられる。


『うぬッ……、出来たぞ』

「早っ!?」


 恐る恐る鞘を受け取り、さらに魔剣キリムスビ本体を取り出す。


「エイジ……!?」

「わかった」


 エイジもまた、使い手の務めとして魔剣と鞘を右手と左手に持って、魔剣の切っ先を鞘の鯉口に合わせる。


「……」


 しゅるる……。

 何かを削るような音を僅かにたてて、剣はあるべき鞘の中に収まった。


「…………」

「…………」

「………………ッ!?」


 しゅぽんッッ。


 という空気が破裂するような音と共に、何かが凄まじい速さで弾け飛んだ。

 それこそ放たれた矢か何かのように。


「エイジ! 大丈夫!?」

「エイジ様!!」


 その炸裂の中心となったエイジに、ギャリコもセルンも集まる。

 エイジもさすがにビックリして、その場にひっくり返っていた。


「ビックリした……!」


 今の炸裂は、たしかに魔剣と鞘の接触によって生じたもの。

 エイジの手の中には抜身の魔剣キリムスビがあるだけで、他には何も残っていなかった。


「鞘は……!?」

「どこにも見当たらないな……!?」

「それじゃあ……!?」


 鞘はまた、魔剣キリムスビの壮絶すぎる斬気に押し負け、斬り刻まれてしまったというのか。

 同じ神の祝福を受けたというのに。


『だから急がぬ方がよかったのに……』


 祝福を与えたイザナギ自身のみが、この結果を当然のことのように受け止めていた。


『神であれば誰でもよいわけではないのだ。神々にはすべからく相性というものがある』

「相性?」

『見よ』


 イザナギ神は、エメゾの体のままで歩いていく。儀式場の隅まで言って、何かしらを拾い上げる。


『これだ』


 差し出されたのは、消失したかとばかり思っていた鞘だった。

 見たところ傷一つない。


『先ほどの炸裂で吹き飛ばされたのかと』

「今までの鞘と同じで、キリムスビに内側から斬り破られたとばかり思ったが。鞘自体は完全無事なんだな」


 つまりさっきの炸裂は、剣と鞘が反発して鞘の方が押し飛ばされたということか。


「こう、シュポンと?」

「バネ細工でそんなのありそうよね」


 そこで一同、首を捻ってしまった。


 何故そんなことに。

 何故剣と鞘は反発し合ったのか。


『……せっかちどもに、解を与えてやろう』


 神には何か思い当たることがあったようだ。


『その魔剣に祝福を与えたカマプアアは男神。この我も男神。それでは反発するのは当然よ』

「?」

『同種は反発し合う。異なるものだけが重なり合える。成り成りて成り余るもの。成り成りて成り足りぬもの。その二つが合わさり生命を生み出したかのごとく』


 それが先ほど指摘されていた神の相性。

 つまり、剣と鞘が反発して離れたのは、同じ男神同士の祝福を受けたからだと、神はそう言いたいらしい。


『この場合、祝福を受けた事物も不具合だな。貫き通すものと包み込むもの。互いの有り様が、よりイメージを助長しておる。加えて剣の銘が斬産霊(キリムスビ)。……カマプアアめ。気合いを入れた名を付けてくれたものよ』

「ど、どいういうことなんです?」

『男神の祝福を受けた剣を包み込むには、女神の祝福を受けた鞘がもっとも具合がいいということだ。残念ながら、男神と男神の祝福が受け合わさっても反発するのみ。元来男同士は出会えば殺し合うのが自然ゆえ』


 女神の祝福。

 鞘の完成――、魔剣キリムスビの完成には、それが必要と言うことか。


 この場で完成に至らなかったのが忸怩たるものがあるが、目標が決まったのなら……。


「でも待って!?」


 そこにギャリコが物申す。


「さっき聞いた神話がによると、女神たちってガチの悪者じゃない! その女神が、魔剣作りを手伝ってくれるとはとても……!?」


 イザナギ神の語った神話によれば、創造神の片割れである女神たちは、ゲーム感覚でモンスターを放ち、人類種と戦わせているという。


 そんな女神たちにとって魔剣は、自分たちの規定した聖なる武器以外でモンスターを倒しうる規格外。

 彼女たちのゲームを根底から覆す邪魔者であろう。


 その完成を、女神たちが喜ぶとは思えない。


『一神のみ……、当てがある』

「えッ?」

『女神の中で唯一、あの遊びに異を唱える反対者。完全なる少数派。そして我が配偶者にして、妹でもある』


 女神イザナミ。


 女神の中で唯一、女神たちの遊びを快く思わぬ女神。

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