129 神話
原初、神は人類を作り出した。
しかし単体では神は人を作り出せない。
万象の生成には必ず陰と陽が必要であり、その一面しか持たぬ神は、もう一面を持つ神をパートナーとして選び取った。
陰の面を持つ神が女神。
陽の面を持つ神が男神と言った。
女神には成り足りぬ部分があり、男神には成り余る部分があった。
それらを合わせることで万象の果てとなる人類種は生まれた。
ただ。
人類種を作り上げたのは、一つがいの神だけではなかった。
同時に様々な神が、男神と女神で成り合わさり、万象の果てたる人類種を作り出した。
そしてある時、ある女神が言い出した。
『様々な神が様々な人類種を生み出したが、私の生み出した種族がもっとも優れて勝っている』
と。
人類種は、それぞれによって特徴を持ち、得手不得手があって優劣のつけがたいものだった。
しかし神々はそれに満足しなかった。
自分こそが。
自分の生み出した人類種こそがもっとも優れていると相譲らず、最後には戦いによって最高の種族を決めようとした。
それを止めたのは、つがいのもう一方、男神たちだった。
何故か諍いを起こしたのは女神ばかりで、男神たちはこぞって暴挙を食い止めようとした。
しかし人類種が生まれ成った以上、女神たちにパートナーは必要なかった。
女神たちはここぞとばかりに協力して不意打ちし、男神たちを皆地中深くに封じ込めてしまった。
これにより、世界は女神たちの思いのままになる。
早速誰がもっとも優れた女神であるかを決めようと、我が子らである人類種を使い相争わせようとした。
そこで女神の誰かが言った。
『それでは単純すぎて面白うない』
と。
女神たちは、少々趣向を凝らして互いの子らを競わせることにした。
人類種に続き、新たなる生命群を生み出し地上に放ったのだ。
男神の協力を得られぬままに女神単体で生み出された生命は陰陽のバランスに欠け、陰気の凝り固まった化外の者として形を成した。
これをモンスターと言った。
モンスターは、人類種より遥かに大きな力を女神より許されていたが、男神からの祝福が欠けた歪なる生命だった。
だからどれだけ強大な力を振るおうと、地上の支配者となる資格を持たなかった。
『このモンスターを使い、ゲームをしましょう』
と女神は言う。
『我が子たちがどれだけ多くのモンスターを屠り去ったかで優劣を決定するのです。無論一番多く殺した種族が勝ちです』
『それはいいわ。でも、どうやって数えるの?』
『そうよ、いかに神が全知全能と言っても、世界の隅々まで目が届くわけではないわ』
ではこうしましょう、とまた女神の一人が言った。
『我が子らに武器を与えるのです。我が子らは、その武器でしかモンスターを殺すことはできません。私たちでそのように決めましょう』
『それはいい考えだわ。私たちはその武器を通じて、撃破したモンスターの数をカウントすればいいのね?』
『武器の数は不公平がないように同数よ。出来るだけ少ない方がいいでしょう』
『あまりたくさんあると、私たちも管理するのが面倒だものね』
『その武器を選りすぐりの勇者が使うだろうから、最強の人類を決めるためにも一石二鳥ね』
『本当に楽しそうだわ!』
そうして……。
今の人々も知るこの世界が始まった。
あまたの人類種が、異形のモンスターに責め苛まれる世界が。
* * *
大魔導士エメゾの口を借りて語られたのは、天神イザナギによる世界の始まりの出来事だった。
神々が世界を作り、人々を作り、その末に人と世界で遊ぶようになった醜業を余すことなく伝えた話。
それを聞き、エイジもギャリコもセルンも、表情を凍らせた。
「じゃあ……、じゃあ何?」
驚愕によって凍り付いた表情が、次には怒りで熱く溶け出す。
「アタシたちがモンスターに住むところを追われたり殺されたりしているのは、神様たちの遊びだっていうこと!?」
『そうだ』
何の感情も交えずにイザナギ神は言った。
『そして我々男神は、神ではなく「敵対者」という銘をつけられ封じ込まれた。お前たちが出会ったというウォルカヌスなる「敵対者」は、かつて女神ペレと共にドワーフ族を創造した男神カマプアアだ』
「ウォルカヌスさんが……、神様……」
『神々の中でも一倍、我が子を可愛がる性状を持っておったからの。お前たちに手を貸すのも不自然なことではない』
かつて一緒に生命を作り出したパートナーに裏切られ、神の名をはく奪されて封印された男神たちの気持ちはどのようなものか。
地上に生きる人類種たちは、今では封印された男神たちの存在すら知らない。
もう一方の女神だけを、創造主かつ守護者だと讃え、感謝を捧げている。
「たしかに衝撃的な事実だ。それが本当なら、剣神アテナを奉じる聖剣院になど益々従属できない」
元から聖剣院に敵対心を持つエイジだが、決意を新たにするように言う。
「何となく、わかってきたよ。魔剣を完成させたあと、僕が何をするべきか。誰を斬るべきかを」
『思うがままに振る舞うといい。神は人にそれを許したのだから。……いや、許す必要すらない』
しかし、その前に……。
『魔剣とやらを完成させねば何も始まるまい。剣とは、鞘と一ぐるみになって初めて完璧となるものだ。常に抜き身たる刃は、擦れ違う者皆傷つける凶器にすぎん』
「アナタの言う通りだ。それに僕は実感した、今の魔剣キリムスビでは、女神アテナの作り出した覇聖剣に勝てない」
先日の覇勇者グランゼルドの打ち合いの際、エイジは『一刀両断』のぶつかり合いに押し負けてしまった。
魔剣の刀身自体は無事だったが、あのまま本気の打ち合いを続けていたらいつかは折られていたかもしれない。
「魔剣キリムスビは未完成なんだ。そして完成のために、キリムスビの斬閃を走らせる鞘は絶対に必要だ。イザナギ神よ、どうか教えてほしい」
エイジは、その場に跪いて乞うた。
「魔剣に宿ったモンスターの暴気を抑える方法を」
『ふむ』
琥珀色の目が細まる。
『方法はいくつかある』





