12 覇勇者とは
聖剣院より派遣されてきた勇者セルン。
彼女の目的はエイジを聖剣院に連れ戻すことだった。
すべてのソードスキルを極め、剣使いにおいて間違いなく最強のエイジ。
その逸材を聖剣院が放置するはずもなく……。
「僕の捜索のためにセルンが遣わされたって言うのか? いまや勇者の一人になったセルンを?」
人間族にて勇者の位にあるセルンを、粗略な扱いもできぬということで親方の専用室へと案内する。
すべては親方ダルドルの厚意。
自分の招いた厄介事であるためにエイジは壮絶な肩身の狭さを感じる。
「とんでもない人材の浪費だな。勇者の仕事はモンスターを倒すことだ。僕なんぞを探す間にどれだけのモンスターを狩れたことか……」
「お言葉ながら、人材の浪費というならばエイジ様の不在こそもっとも深刻な浪費です」
セルンは、エイジがウンと言うまで一歩も引かないかまえ。
「エイジ様は剣の覇勇者。そのエイジ様が聖剣院におられぬことで、どれだけ深刻な被害が出ていることか」
「大袈裟だな」
「大袈裟ではありません! 選ばれた者には、使命のために力を振るう義務があるのです! その義務を果たさないこと自体、甚大なる被害そのものです!」
一応、鉱山集落でもっとも作りのいい親方の部屋にエイジとセルン。それに集落を代表して、という名目でギャリコも同室していた。
親方ダルドルも立場上相席するべきだろうが、集落の外に残してきた人間族の軍隊を見張るため居残っていた。
「あの……、質問なんだけど」
議論が沸騰する……、というよりセルンが一方的に熱くなりかけているのを遮り、ギャリコが割って入る。
「さっきから覇勇者って一体何なの? ただの勇者と何か違うの?」
「……申し訳ありませんが、今は私がエイジ様を説得しているところ。余計な口出しは無用に願います」
ぴしゃりとすげないセルンであったが……。
「いいじゃないか」
エイジがやる気なさげに言う。
「第三者であるギャリコに一から説明して、どっちの言い分が正しいか判断してもらうのもいい。この分じゃいつまでも主張が平行線だからな」
「……いいでしょう」
セルンは居住まいを正す。
「こちらのドワーフさんがエイジ様とどういう関係かは存じませんが、事情を呑み込んでいただければ必ず私と共にエイジ様を説得する側に回ってくれるはずです」
「そんな過分な期待をされても……!」
「覇勇者とは、覇聖剣を使う勇者のこと。勇者の中の勇者、最強の勇者です」
それはさっきも散々言っていた。
「聖剣は大きく二種類に分かれる。ただの聖剣と覇聖剣。覇聖剣の力は、それ以外の聖剣を遥かに凌駕する」
まさしく覇者の聖剣。
エイジはそう説明した。
「覇者の聖剣……!?」
「聖剣を管理する聖剣院は、組織に所属する剣士たちから優良な者を選び出し、聖剣の所有を認める。それが勇者だ。そしてその勇者からさらに実力飛びぬけた者を選定し、覇聖剣の所有資格ありと認めた者、それが……」
覇勇者。
勇者の中の勇者。最強の勇者。
「その資格は、聖剣院が定めたソードスキルすべてを会得した者。最高のソードスキル『一剣倚天』にて、剣神アテナから与えられた神剛石を両断することができれば、聖剣院より覇勇者と認められます」
そしてすべての勇者と、勇者を目指す聖剣院所属剣士たちの頂点に立つ。
「エイジ様は、聖剣院に入られた時より出色の才をお持ちでした。すぐさま青の聖剣を与えられて勇者となり、それより六年の期間を経て『試しの儀』に挑戦し、見事神剛石を断ち割ったのが半年前」
普通であればそこで覇勇者となり、他の勇者や剣士たちを率いる立場となるのだが……。
「エイジ様は覇聖剣の受領を拒否し、いずこかへと姿を消してしまわれました。聖剣院全体がどれほど混乱したことか……」
「だって僕はソードスキルを極めたかっただけで、覇聖剣はいらなかったんだもん」
「ソードスキルを極めたからこそ、覇聖剣で戦うべきではないですか!!」
エイジにくっつかんばかりの勢いで、セルンが押し迫る。
「ソードスキルのすべてを会得した覇勇者! 聖剣の中の聖剣たる覇聖剣! その二つが合わさって人間族最強の力が生まれるのです! エイジ様はその栄えある一方に選ばれたというのに、何が不満だというのですか!?」
「それで今、覇聖剣はどうなっているの?」
エイジの質問に、セルンは少しだけたじろぐ。
「……エイジ様が覇勇者となることで引退される予定だったグランゼルド様が、急遽覇勇者の任を続行することになりました」
「ならいいじゃないか。あの方はまだまだお若い。あと十年は現役でいられるだろう。僕が手放した青の聖剣はキミが引き継いでくれたし、何処にも穴はない」
「そんな問題ではありません!!」
そしてまた興奮する。
「エイジ様は覇勇者となる資格を得たのです! ならば覇聖剣を手にするのは当然のことなのです! 何故そのことをおわかりにならないのですか!?」
「僕がわからないのは、何故皆がそこまで聖剣や覇聖剣をありがたがるのか? ということだ。あんなものはモンスターの害を除くのに大した働きはしない」
「何ですと!?」
衝撃を受けるセルン。
「信じられませんエイジ様。剣の覇者たるアナタから、そんな不条理な言葉が吐き出されるなど」
「すべての剣技を極めたソードマスターだからこそ、このセリフに重みがあるんだろう。僕がすべてのソードスキルを極めた理由の一つだ」
理由は他にも色々あるけれど……、と小声で続ける。
「僕が本当にしたいのはね、モンスターから人々を守ることだ。覇聖剣を手にすることじゃない」
「覇聖剣をもってモンスターを撃滅し、人々を守る! それは覇勇者の務めです! エイジ様の望みは覇聖剣を手にすればすぐさま叶うことではないですか!?」
「本当にそう思うのかい?」
恐ろしく底冷えした声が室内に響いた。
その冷たさに、激昂するセルンも、先ほどから話に入れないギャリコも、背筋をゾッとさせて黙り込んだ。
「ならば言わせてもらおう。聖剣も覇聖剣も、今のところモンスターに対抗できる唯一の手段ではあるが、有効な手段じゃない。聖剣を知る者なら誰もが知っているその事実に、何故誰もが目を背けるのか……!」
見て見ぬふりをするなら、僕が現実を直視させてやろう。
そう言わんばかりにエイジは語り出した。





