127 神の敵は神
「しかし……、神なる者って。ウォルカヌスは神に匹敵するだって言うのか……!?」
天人族大長老の推理を鵜呑みにすれば、そうという結論にしかならない。
ドワーフの都、地下奥底で出会ったウォルカヌス。
力だけでなく心情まで巨大。たしかにあそこまで巨大な存在は、神に匹敵すると言っていいかもしれない。
「もう少し詳しいお話を伺いたい。協力できることがあるかもしれん」
思ったより協力的な大長老のお言葉に甘えて、エイジとギャリコはドワーフの都の地下での出来事を詳らかに語った。
ウォルカヌスの、魔物としておくにはあまりにも不可解な大らかと優しさを。
その話を一通り聞き終わり、天人の大長老は物思うように黙り込んでしまった。
「……『敵対者』」
そしてポツリと言った。
「そのウォルカヌスとやらは、たしかに己を指して『敵対者』と言ったのじゃな?」
「は、はい……!?」
「何か気になることでも?」
詰め寄るエイジたちに、大長老は思わぬ一言を放った。
「同じじゃからの。我らが神も」
「え?」
「我ら天人族の神。魔法神イザナギ様もまた他の神々より『敵対者』と呼ばれておる。『敵対者』とは神の別の呼び名でもあるのじゃ」
「アナタたち天人族の神が『敵対者』……、と言うことは……!?」
「みずから『敵対者』を名乗ったウォルカヌスも神だというんですか? それでは……!?」
この世界には、一つでなく複数の神々がいる。
人間族を作り出した剣神アテナ。
ドワーフ族を作り出した鎚神ペレ。
エルフ族を作り出した弓神アルテミス。
竜人族を作り出した槍神スサカハ。
ゴブリン族を生み出した斧神バフォメット。
それらの創造神が、自分の子らをモンスターの脅威から守るため、聖なる武器を与えたという。
それらが人間族にとっての聖剣であり、ドワーフ族にとっての聖鎚その他。
本来であれば人類種は、自分たちを生み出したこれらの神以外に神が存在するなどとは夢にも思っていない。
「いやいや……! ちょっと待ってください!!」
衝撃の事実、という風の状況にセルンが我慢できずと割って入った。
「話が逸れていませんか!? 私たちは、魔剣キリムスビの鞘を作れるかどうかを大長老殿に窺っていたはずです! それが神だの何だのと、スケールが無駄に大きくなりすぎています!!」
「た、たしかに……!」
セルンから軌道修正されると、何か釈然としない気分のエイジ。
「その問題は、大いに関係がある。何しろこの剣が、ここまで聞かん坊となってしまった原因は間違いなくウォルカヌスの祝福によるものじゃ。原因の半分、というところではあるがの」
「そんな……!」
「皮肉なものよ。この剣は、『敵対者』の祝福を受けたがゆえに覇聖剣に匹敵する力を得たにもかかわらず、同じく『敵対者』の祝福のせいで使い手に逆らう剣となってしまった」
ギャリコという当代随一の名匠によって拵えられた名剣が、神性を与えられ神剣になった。その神性が、剣の元となった魔物の魂を呼び覚まし、妖刀へと変わってしまった。
エイジのような絶人が使い手でなければ、触れることすら叶わなかっただろう。
「恐らくウォルカヌスとやらも、自身の祝福でここまで剣の有り様がこじれてしまうとは思いもしなかったろうの。モンスターとは存在自体、真に業が深い」
「どうにか……、ならないんですか?」
ギャリコが縋るように尋ねた。
大長老が言うように、魔剣キリムスビの発する異常が、神に匹敵する者と最強モンスターのダブルブレンドであれば、なるほど通常の素材で抑え込めるはずがない。
しかもギャリコは既に、幾種かのモンスター素材で鞘の作成を試みたがまったく成功しなかった。
それも今ならば納得できる。
最強モンスターに神の力まで加わっていたら、モンスター素材単体の力で足りるわけがないではないか。
「手段は、ないではない」
天人族の大長老が言った。
「エメゾ。降神の儀式を行う。準備せい」
「えッ!?」
その言葉に、孫娘であり天人族最大の戦力であろう大魔導士エメゾが驚く。
「何を言っているのですおじいさま!? 降神の儀ですか!? 我らが創造神と言葉を交わすあの儀式のことですよね……!?」
「それ以外に何がある。つべこべ言わずに従え」
そこまで言われるとエメゾも抗議をやめ、そそくさと退室していった。
「あの……、大長老? 何を?」
客人としてわけがわからなくなっているエイジに、大長老は告げる。
「神の関わる問題は神に助言を求めるより他あるまい。我ら天人を生み出せし創造神。天神にして魔法神イザナギ。彼の神においでいただき、助力を乞おう」
「ええッ!?」
とんでもないことを言いだした。
「残念ながら、我ら天人族が直接交信を行える神は、我ら自身の創造神にして守護神イザナギ様より他ない。イザナギ様が有効な打開策を知ってくれていればいいのじゃが……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 神と交信するって、そんな簡単にいいんですか!?」
「しかもアナタたちの神様でしょう!? 他種族のアタシたちのために、そこまでしてくれるなんて……!」
恐れ多すぎて、喜ぶ前に委縮してしまうエイジにギャリコだった。
「遠慮はいらぬ。天人族の大長老として、アナタ方にイザナギ様への謁見を許可しよう。あとはアナタ方自身から頼んでみるがいい」
「頼むって!? 何を」
「ウォルカヌスなる神が祝福を与えたその魔剣。それを収める鞘作りの助力を」
* * *
「何だかとんでもないことになった……!」
気づけば場所は変わり、天人族の儀式場のような場所に案内されたエイジ、ギャリコ、セルンの三人。
四方は壁に囲まれ機密性のとれた室内。ガランと何もない中央にシンプルな祭壇が築かれている。
「ここで、神を呼ぶんですか?」
「然り」
「どうしてこういうことになった?」という気持ちを拭いされないエイジ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「わかっておる。『何故ここまで親身に助けてくれるのか?』というのであろう?」
『親身』と、自分で言うのもどうかと納得しがたいエイジだった。
ただ会って間もない上に、同種族でもないエイジたちへ懇切丁寧に助力してくれるのは、さすがに訝しく思わないわけにはいかない。
「そうよな……、今一つだけ言えることがあるとすれば、我らが創造神イザナギ様も同じように呼ばれておるのよ」
「?」
「『敵対者』と」
「!?」
それはどういうことかと追及するより早く、儀式の準備が出来てしまった。





