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125 天魔

 魔法。


 それは天人族のみが使いこなす異常の力。


 自身の内や、大気中に満ちる魔力を基に、様々な術式を応用して様々な現象を引き起こす。


「じゃあ、さっきクラスタボアを焼き尽くしたのも……?」

「エレリルファイアは、もっともオーソドックスな攻撃魔法よ。魔力を炎に変えて、敵を焼き尽くす。魔導士の技量が高く、流入する魔力が大きいほど大きくて高熱の炎になるの」


 天人族の集落タカマガハラの中を進みながら、天人族の勇者エメゾはギャリコの疑問にいちいち律義に答えている。

 排他感を匂わせる態度ながらも、受け答えは意外に丁寧だった。


「天人なら、大抵の者は魔法を使うことができるわ。もちろん才能による優劣もあれば得手不得手もある。戦闘の得意な魔導士もいれば、研究事務に専従する魔導士もいて、それぞれ仕事を分担している」

「そして出来上がったのがこの都市と……!?」


 もはや都市と言っていい、天人族の集落はここに一つしかなく、すべての天人族がここで暮らしているという。


 街並みの立派さは、人間族の勢力圏にある集落とすら比べるべくもない。

 前にエイジたちの立ち寄ったリストロンド王国首都と比してなお、規模はともかく文明の洗練具合は勝るとも劣っていなかった。


「これがすべて魔法とやらの産物だとすれば、驚くべき力だな……!?」


 エイジですら素直に感心するのみだった。

 そしてエイジの心の中に、いよいよ期待がむくむくと膨らみ出していた。


 これほど高い技術力を誇るのであれば、本当に魔剣キリムスビの鞘を作り出すことができるのではないか。

 少なくともその糸口をつかめるのではないか、と。


「あの……、エメゾさんは天人族の覇勇者なのですよね? では、他に赤青白黒の聖なる武器を持つ四勇者が……?」

「いないわよ」


 その横で、セルンが出す新たな質問に、エメゾがぶっきらぼうに答えていた。


「えッ!? いないッ!? 何故……!?」

「必要ないからよ。私たち天人族は、魔法さえ使えれば誰でもモンスターを駆逐できる。魔法こそが天神イザナギ様がお与えくださったモンスターへの対抗手段なの」


 本来ならば、神が人類種に与えた数少ない聖なる武器だけが、モンスターに対抗する寄る辺だというのに。

 天人にはその制限が一切ないというのか。


「そもそも私が覇勇者だって言うのも、アナタたちの価値観に合わせて名乗ってあげたに過ぎないこと。私は、私の種族の中では大魔導士と呼ばれている」

「大魔導士……!?」

「魔導士の上に立つ者。天神イザナギ様が唯一、私たちに直接お与えくださった覇聖杖アスクレピオスを受け継ぐ最強の魔導士。それが天人族の長老会によって選出される大魔導士よ」


 大魔導士は、他の種族と照らし合わせればたしかに覇勇者に相当するポジションだろう。


「じゃあ……、それ以外の杖は……!?」

「私たち自身が、覇聖杖を模して作った模造品。魔法を使うにはどうしても魔力を伝導変換させる媒体として杖が必要不可欠だから。私たちは長い間研究を重ねて試行錯誤を繰り返してきたけれど、まだ覇聖杖を超える性能を持った杖は作り出せていないわ」


 当然だけど、とエメゾは最後の言葉に付け加えた。


「しかし、自分たちの常識を他種族に説明するって、案外疲れるのね。まさか天人以外の人類種が魔法を使えないどころか存在自体を知らないなんて……!」

「ハハハ……!」

「まったくで……!」


 苦笑いで応えるしかないエイジたちだった。


「でも、こっちだって意外だわ。けっこうあっさり魔法のことを教えてくれるなんて」

「私も思いました。今までまったく交流のなかった種族と聞いていましたので、閉鎖的なのだとばかり思っていましたが勝手な想像だったようですね」


 と、セルンも相槌を打つ。


 こんな山奥に住みつき、他種族の交流を一切断って存在すら知る人ぞ知るレベルの天人族だから閉鎖的という先入観を持たれるのも致し方ないが……。


「礼儀でしょう?」

「ああ、いえいえ、そんな……!」

「こっちから聞きたいことがある時は、まず相手の質問にも答えないと」

「え?」


 エメゾはさらに何か言いたそうであったが、そのタイミングでお喋りは終わってしまった。


「エイジ様、セルン様! お帰りですか!?」


 女商人クリステナがエイジたちを出迎えた。

 里をぐるりと一回りの観光を終えて、元の場所へ戻ってきたのである。


「天人族の里はいかがでしたか? 初めて見るものばかりでさぞ珍しかったでしょう!?」

「ああ、まったく。無理言って交渉前に見回れてよかったよ」


 エイジたちにとっては基本常識さえ共有しがたい他種族の地。

 出来るだけ早急に基本的な情報収集はしておきたかった。


「では改めて。こちらが天人族の大長老様です」


 クリステナから紹介されて、軽く会釈する老人。

 長く伸びる髪や髭が既に総白髪となっているが、その白髪がむしろ輝くほどに透明で、銀髪に近い。


 なので老人と言うには違和感があるほどに印象が瑞々しい。


「おじいさま、エメゾただ今戻りました」

「ちゃんと客人は案内できたか?」

「当然です。私も大魔術師に選出されたのですから、いい加減子ども扱いはやめてください……!」


 他種族においては覇勇者に相当する天人族の大魔導士エメゾは、種族のまとめ役を務める大長老とは血の繋がった祖父と孫の関係であるという。


 孫娘を一通り愛で終えて、大長老はエイジたちへと向き直る。


「話は、商人殿より窺っておる。人間族を代表する覇勇者が、このような田舎まで何用か?」


 単刀直入であった。

 場合によっては、それだけで押し込められてしまいそうな率直さであったが、それで怯むエイジではなかった。


「まず誤解されませんよう。僕はかつて聖剣院の剣士でしたが、今はキッパリ縁を切っております。ゆえに覇勇者ではありませんし、人間族を代表もしていません」

「つまり、聖剣院の使いとして来たのではないわけじゃな?」

「左様です。ここへは僕自身の欲求のために来ました。僕が求める覇の成し方のためにアナタたちの知恵をお貸しいただきたい」

「我らの知恵を。つまり、どういうことですかな?」


 こうしてエイジたちは語り始める。

 人類種の手で、神の力を超える武器を作り出す過程を。

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