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123 魔法使い

「エレリルファイア!」


 その呪文にいかなる意味が込められていたのか。


 しかしその言葉自体に実質的な力があるかのように虚空より炎が生まれ、蛇の群れへと降り注いだ。


「シャアアアアアアアアッッ!?」


 ヘビモンスターたちの上げる断末魔。

 大炎は驚くほど丁寧にヘビの群れを包み込み、一匹も逃すまいと完全に閉じ込めてから押し潰すように焼き尽くした。


「なんだこれは……!?」


 さすがのエイジも今まで見たこともないこの情景に、呆然とするより他ない。


「炎が……、モンスターを攻撃している……!?」


 としか思えない光景だった。


 炎は、充分にヘビモンスターたちを焼き尽くした。

 赤く輝く炎の奥に、黒焦げの長い蛇身が少しずつ輪郭の確かさを失って焼け崩れていく様が見受けられる。


 やがて炎も、役目を果たして地獄に帰っていくかのように小さくなって消えていった。


 そして最後に残ったのは。


「……何故、人間族がここにいるの?」


 一人の少女だった。

 形的には人間族に似ているが、とても人間族とは思えない異常な肌の白さが印象的だった。

 よく肌の白さを比喩して新雪とか大理石などと言われることがあるが、それらを通り越した白粉を塗りたくったような異常な肌の白さ。

 しかしそれは、本物の白粉のような化粧の白ではなく地肌なのだと質感からわかる。


「お爺様のところに交渉に来ているという商人ですか? であれば特別に教えた安全ルートを通るよう何度も念押しされているはずです。そこ以外を通って、たとえモンスターに殺されても責任はとれないとも!」


 少女はどうやら起こっているようだ。

 クリステナ隊商がとった軽率な行動に対して。


「本当に地上人って愚かだわ! お爺様はなんでこんな相手と交渉を持とうというのかしら」

「というとアンタは、噂に名高い天人さんか?」


 エイジが尋ねると、少女は挑戦的に胸を張った。

 だからこそわかる、乳房の慎ましやかさ。


「私は天人族の大魔導師エメゾ。アナタたち流に言えば覇勇者と言ったヤツです」

「覇勇者……!?」


 こんなところで即覇勇者にお目にかかれるとは。

 というか天人族にも神から聖なる武器を与えられた覇勇者がいることは、考えてみれば当然と言える。


「じゃあもしかして!」


 今まで押し黙っていたギャリコが食いつく。


「アナタの持っているその杖が、天人族の聖なる武器!?」


 生粋の武器製造マニアであるギャリコにとって、それは我慢できない興味なのだろう。

 エメゾと名乗る天人族の覇勇者は、杖を持っていた。

 杖を武器と見なすかどうかも、意見が分かれるところだった。


 本来杖と言えば、足腰の弱くなった老人が自身を支えるために使う道具で、仮にそれで人を殴ったとしても本来の用途から外れる。

 しかしエメゾの答えは明確だった。


「そうよ。この杖こそ覇聖杖アスクレピオス。天人族の神イザナギがお与えくださった。すべての魔法杖のオリジナル」

「……!?」

「何故そこで不思議そうな顔をするのよ?」


 エイジたちの知らない魔法という言葉が、この少女にとってはさも当たり前であるかのようだった。


「まあいいでしょう。私自身は不本意だけど、人間族の客人は手厚くもてなすようお爺様から言いつけられています。ここからは私が集落までお送りしますが、指示には絶対従ってもらいます。死にたくなければね」


 高圧的に言って来るが、たとえそれが癇に障ったとしても逆らうことはできない。

 元々天人族が、モンスターと遭遇しにくい安全ルートを教えたのはこちらの安全を慮ってのことと思われるし、それを顧みず最短ルートを通ってモンスターと遭遇してしまったのはこちらなのだから。


「って言うか安全ルート発見したんじゃなくて教えて貰ったのかよ……!」


 先ほどのクリステナの証言との食い違いに呆れかえるエイジだった。


「さあ、さっさとついて来て! またモンスターと遭遇したら手間を増やすのは私なんですから!」


 やたら急かしてくるエメゾであるが、その前に……。


「やることがある」


 エイジが腰から鼈甲の剣を抜く。


「あの炎。たしかにこれまで見たことがなくて大変驚かされたが、足りなかったようだな」

「足りない?」

「あのモンスター群を全滅させるには」


 彼らの目前には、モンスターを焼き尽くすことで出来た灰が山と積まれていたが、その灰の中からニョロリと、一匹の蛇が這い出てきた。

 その最初の一匹に続いて、二匹、三匹、四匹五匹六匹七匹八匹九匹……!


 次々這い出てくる。


「ひえええええええええッ!?」


 恐怖のままに悲鳴を上げるその他大勢を余所に、冷静な者も当然いる。


「炎攻撃はたしかに強力でしたが、あの数のモンスターを全滅させるには足りなかったようですね」


 とセルン。


「半分は焼かれずに生き残ったようだ。二百の半分で百か」


 エイジは思った。

 まあここまで減れば……。


「余裕で抑え込める量だ」

「下がりなさい!!」


 そこへ飛び出す現地の覇勇者。


「油断したわ。もう一度渾身の火炎魔法で焼き尽くしてやる! 余計な手間を掛けないようアナタたちは下がって……!」

「それには及ばない」

「えッ!?」


 エメゾを押しのけエイジは進み出る。


「叱られたばかりだからな。天人さんのご機嫌を直してもらうためにも、ここはこっちが汗を掻こうじゃないか」


 先ほどエイジが切り刻んだヘビ型モンスターは三体だった。

 今回はざっと百。

 単純でも三十倍以上の量。


「ここは一つ気張るとしますか」


 呼吸を整え、エイジは放つ。


「『威の呼吸』」

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