122 勇者の安心
「当然の成り行きとはいえ、何か釈然としない!!」
女商人クリステナが、今回モンスター遭遇率の低い迂回ルートを選ばずに最短ルートを選んだのは、同行のエイジを頼りにするからである。
モンスターが現れたって、覇勇者なら一捻りだろう。
そんな楽観によって選ばれた、現地到達までの所要時間、それに伴う経費のもっとも少ない最短ルートが。
そしてそれに伴うリスクが当然のように襲い掛かってきた。
「モンスターだあああああッ!? 逃げろおおおおおおッ!?」
現れたのはクラスタボアという大蛇型のモンスターだった。
人間一人余裕で絞殺し、丸呑みにできる体躯を持ち合わせている。
階級は兵士級。
最下級ではあるものの、聖剣を持たない普通の剣士にとっては討伐不可能の天敵。
見た目に反して動きも俊敏なため、一度遭遇すると逃げ延びるのが非常に困難と言われている。
飲み込んだ獲物を消化するのに長い時間をかけるため、パーティの誰か一人が食べられている間に出来る限り遠くへ逃げよ、というのがセオリーである。
ただし今回、それが一挙に六匹。
群れるのは兵士級モンスターの特徴だった。
「さあ、エイジ様お願いいたします! 人間族が誇る聖剣の覇勇者の御力を今こそ!」
「仕方ないなあ……!」
便利使いされている気がしても、不満は表さないエイジだった。
隊商に同行させてもらっているだけでなく、日々の食事や寝床までクリステナが提供してくれたのも、こうした危機に対処してくれるのを期待したがゆえ。
なし崩し的にクリステナ隊商の用心棒の位置に付いたからには、危機の時にこそ戦わねば貰えるご飯も美味しくならない。
「セルン!」
「はい!」
もう一人の実働戦力に呼びかける。
「右翼の三匹、キミに任せるぞ! 隊商の人命を第一優先だ! 目の前だけでなく全方位に注意を配れ!」
「承知!」
飛び出していくセルンは、今やその実力は普通の覇勇者に匹敵する。
いまさら兵士級数匹に後れを取るとは微塵も思えない。
「ギャリコはその場で待機! 自分の身を守ることを第一に考えて! 君にケガされたら色々困る!」
「わかったわ!」
そしてエイジ自身もその場から飛び出す。
飛翔した彼の眼下に三体のクラスタボアがいた。
「この程度の相手。呼吸スキルを使うまでもない……!」
エイジの呼吸スキルは、呼吸を整えることで筋力、敏捷、耐久の身体能力三大スキルを倍々に増加させるスキル。
それを使用しない平常時のエイジは、軒並み二桁程度の低いスキル値しか持たない。
無論それだと普通の人類種にすら力負けしてしまう弱さだが、エイジにはそれに加えて値四千を超える超絶的なソードスキルがある。
卓越した技量は、率直なパワーの代用をいともたやすく務める。
だからこそよく斬れる剣さえあれば、エイジに余計な力は必要ないのだ。
「ソードスキル『五月雨切り』」
目に見えぬほど激しい斬撃の嵐が、大蛇三匹を瞬く間に細切れにした。
エイジが、常識では考え難い極限以上のソードスキル値を保持するのも、呼吸スキルで、常人並みの筋力を平常時維持している部分が大きいなのだろう。
筋力が足りなければその分技量が伸びるしかない。
「覇勇者様ああああ!? 助かりましたああああ!!」
「やはりアナタは人間族の救世主です! 末永くオレたちをお守りくださああああああ!!」
救われた隊商のメンバーが泣きながらエイジに縋ってきた。
人間族の商人が単独で行商することなどないので、当然隊商のメンバーがたくさんいる。
リストロンド王国でエイジの正体が大々的に触れ回られてから、エイジに寄せられるこの手の慕われ方がハンパではない。
エイジ自身、ずっと影役に徹してきたので、こうした庶民の期待に対応する方がモンスターを殺すことより気疲れする。
「セルンの方は……?」
あちらも心配ない。
「ソードスキル『一刀両断』!!」
エイジより手際が悪く時間をかけるものの、もっとも安定したソードスキルで一匹ずつ確実に潰していくセルンの戦法にはまったく心配するところがない。
最後の一匹を潰し終わって、なんの山場もなく戦闘終了した。
「すげええ!! モンスターの群れが一瞬で!!」
「本当なら死を覚悟しないといけなかったのに! 本当に勇者は素晴らしい! 覇勇者も素晴らしい!!」
「どうか我々を末永くお守りくださいー!」
隊商の全メンバーから賞賛の嵐。
モンスターを倒すのは勇者として普通であるが、それが普通の人々にとってどれだけ希少で有難いことであるかを実感させられる一幕だった。
「セルン、とりあえず手でも振っておあげなさい」
「エイジ様も何か反応してください」
何故か戸惑う二人だった。
エイジは戸惑いつつも、大蛇をなますに斬り刻んだ鼈甲の剣を鞘にしまった。
彼本来の得物である魔剣キリムスビは、いまだ鞘を作り出せないため、特別な造りの箱に何重にも厳重にしまってある。
しかしそれでは咄嗟の対処に間に合わないため、緊急用に数ランク落ちる魔剣を腰に下げていた。
「襲ってきたのが兵士級だったから充分間に合ったが、覇王級だったりしたら相当辛いな」
やはり魔剣キリムスビは、今のままでは到底完成しているとはいえず、完成のために一刻も早く鞘の製造が待たれる段階だった。
「でも、いくら対処策があるとしても危険地帯をかまわず進むことには感心せんな」
「そんなことはありませんよ! エイジ様とセルン様がいる限り! ウチの隊商は安全です、余計な経費や回り道もいりません! サイコーです!!」
女商人クリステナは、喜び勇んで言うが、安全に対する経費こそ一切ケチってはいけないのではないだろうか。
「大変ですー! またモンスターがー!!」
「おほほほほほ、どれだけ来ようとエイジ様がいらっしゃる限り我が隊には一人の犠牲者も……!」
「今度は二百匹ですー!!」
「え!?」
報告者の言う通り、今度の相手もクラスタボアだがその数は数十倍。
無数の蛇が津波のような塊になって迫ってきていた。
「あの数はヤバくないですかエイジ様?」
「そうだなあ。いくら僕とセルンが頑張っても二、三匹は取り逃しそう」
そして一匹でも防衛戦を突破したら即全滅に繋がりかねないのがモンスターの怖さだった。
「ぎゃーッ! どうすればいいのーッ!?」
今更ながらに慌てるクリステナ。
しかし、人間族の隊商はモンスター蛇の群れに揉み潰されることはなかった。
その前に蛇の群れは瞬時にして焼き払われたからだった。
そこに突如として現れた。
天人族の覇勇者。