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121 神々の山々

 峻険アスクレピオス山脈。


 そこは人間族などにとっては、踏み入ってはいけない異域として恐れられていた。

 まず言って難所。

 高く険しい山々は踏み入る者を拒み、悪路で体力を奪いながら樹海に迷わせ、最後には谷底に飲み込もうとする。


 モンスターとの遭遇率も高いために、古くから生きて帰れぬ魔所と恐れられていた。


 そんな魔境の奥に、人類種が住んでいると発覚したのはつい数十年前のこと。

 これまで確認されている人間族、ドワーフ族、エルフ族竜人族ゴブリン族とのどれとも違うまったく新しい種族の発見に、世界中が驚いた。


 その種族の名は天人。

 もっとも清浄で、いと高き神に座に近いと言われる種族。


              *    *    *


「……天人は、特殊な力を持っていると言われています」


 女商人クリステナが言う。

 彼女がまだまだ旅の道行きに同行するのは、仕方ないことと言えども違和感だった。


「我々が目を付けたのはまさにそこで、彼らの力を何かしらの商売に活かせないかと、ずっと交渉してきたのです」

「何かしらの商売、って?」

「何かしら、です!」


 つまり漠然とした期待というわけか。


 しかしそれはエイジ一行とて大した違いはない。


 彼らの大目標、魔剣キリムスビの製作には成功したものの、あまりに斬れ味鋭い刃のために、それを収める鞘がなく、どんな素材で拵えようとも内側から斬り裂かれて納刀不可。


 これではけっして魔剣完成とは言えぬ、と頭を抱えていたところにもたらされたのが女商人クリステナからの天人の情報だった。


 その天人とやらの特殊な力をもってすれば、魔剣キリムスビを収める特別な鞘を作成できるのではないか。


 それもまた漠然とした期待である。

 しかし他に手立ての思い浮かばないエイジたちは、一縷の望みに縋って彼らの在所を訪ねる以外になかった。


 それがために現在、山登り中。

 同行のギャリコやセルンも、慣れぬ山道に難渋している……。


「見て見てエイジ!」

「遠くにも山々が連なっていますよ! 雪化粧でとっても綺麗です!」


 ……わけでもないようだった。

 エイジと共に山やら森やらを踏破してきて旅慣れた二人。辛さも感じず山登りを満喫しているらしい。


 か細く頼りない山道を馬車で登っていくことも不可能ということで、隊商は荷物を担いで山登り。

 エイジ一行もそれに交じって、かなり高いところまで登ってきた。


 既に鬱蒼とした樹海エリアは通り過ぎ、草が生い茂るばかりの高原が見渡す限り。

 かなりの高地まで来たということだった。

 それでも目的地はまだ遠い。


「こんな辺鄙なところに住んでいるとは……! 変態的だな天人というのは」


 こんな下界から隔絶された峻険に住みつく種族をエイジは想像できなかった。


 第一このような異域でどうやって生計を立てていくというのか。

 勾配だらけの高山部ではろくに畑も拓けず、雨も少ないからロクな作物も育つまい。

 当然飲料水の確保も至難となるだろう。


「不可能を可能にすることが、天人の凄さだと思います!!」


 傍を歩くクリステナが興奮気味に言った。

 彼女自身、もうすぐ目的地に着けるということで溌剌としている。


「天人には、我々地上人にはない独特の技術や能力があって、それがために常識では居住不可能な場所にも難なく定住できると推測されます!!」

「そうだね」

「その技術を地上に持ち込むことが出来れば、巨大な利益となることは間違いありません! それゆえ私たちは、いかなる困難にもへこたれずに進み……!!」


 商人の利益を求める貪欲さは凄まじい。

 しかし……。


「『地上人』ねえ……」


 何気なくクリステナが漏らした一単語に、エイジは印象を受けた。

『地上人』とは恐らく、天人に対してそれ以外の人類種をまとめた呼び名だろう。


 当の天人がこんないと高き領域に住んでいるのなら、対比してそう呼びたくなるのもわかる。


 しかしそれだけになお一層天人への隔絶された印象が強まるエイジだった。


「で、その天人さんの集落にはまだ着かないのか? もうだいぶ登っている気がするんだが……」

「せっかちですよエイジ様。アスクレピオス山脈は世界で一、二を争う峻険。その辺のお山と一緒にしたらいけません」


 つまり普通の山ならとっくに制覇しているような距離感でも、まだまだ中途に過ぎないと。


「それでも、普段は通ることのできない最短コースを登ってきているんです。まもなく着くとは思いますんで頑張りましょう!」

「最短コース?」


 しかも普段は通れないという。


「一体何故?」

「言ってませんでしたっけ? ここアスクレピオス山脈は、世界随一の難所として有名ですが、それは山脈の山道が険しいだけでなくて、モンスターが頻繁にす出没することも原因なんです」

「は?」

「だからこそ地上人は滅多に踏み入らないんですけど、長い研究の結果、比較的モンスターと遭遇しにくい登山道が発見されて、そこを進んだ結果天人の下へたどり着いた、という経緯です」

「…………」


 エイジはなんだか急に不安になった。


「それで、僕らが今進んでいるこの登山道は……?」

「最短なのが一番魅力の、通常ルートです」

「当然モンスターも……」

「普通に出ます」


 何故そんな危険なルートを選んだ、とエイジは心の中で唸ったが、その回答はすぐさま自分で思い当たった。


「僕がいるからか!?」

「そうです! 素晴らしいですよね覇勇者様同行の旅! 普段なら遭遇=死で絶対避けなきゃいけないモンスターにも自分から当たりに行けます!」

「自分から当たりに行くなよ……!」


 とエイジはボヤいたが、そう強気になるクリステナの気持ちもわかる気がした。

 普通ならば絶対に避けて通らなければいけないモンスターに対処するため、商人たちは日頃からどれだけ無駄な経費を支払っているのだろうか。


 その経費が売り物の価格に反映し、商人が相手にするすべての人類種に負担となっている。

 モンスターは、たとえ直に遭遇しなくても厄介極まりない、人類種全体にとっての災厄であることを改めて認識する。

 そして……。


「モンスターが出たぞー!!」


 必要な安全策を取っていない今回のルート。だからこそ当然のようにソイツらは現れた。

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