120 残る者たちへ
ディルリッド王との会談を終えて外に出ると、見知った者と出会った。
「ソードスキル『風車刃』!!」
彼は剣の稽古中で、試し切りの丸太を瞬時にして輪切りにしていた。
斬撃によってできた丸太の断片は十二、三もの数に上る。一合にて繰り返し斬りかかる彼の必殺技『風車刃』の特徴だった。
「練習ごときに楽しそうじゃないかレスト」
その人物に、エイジは気さくに声をかけた。相手も反応して振り返る。
「その剣の使い心地が、そんなにいいのか?」
「ああ、いいね。コイツに比べれば今まで使ってきた剣は何だったのかって思うよ」
彼の名はレスト。
かつて聖剣院で青の勇者を務めていたエイジの直属の部下だった。
エイジが聖剣院を出奔したことで、彼も巻き添えになるように辞職。現在はフリーの傭兵に転職していたが……。
「リストロンド騎士団への入団が決まったそうだな」
「そういうことだ。そうじゃなきゃこの剣を使って稽古なんぞする理屈なんぞなかろう」
そう言ってレストが掲げたのは、琥珀色に輝く刀身を掲げた。
それは鼈甲の剣(量産型)。
ギャリコがフォートレストータスの甲羅より鍛え上げた五二一振りのうちの一振りだった。
「本当に凄いなこの剣は。据え物の丸太相手でも斬れ味の段違いさが実感できる。コイツに比べれば、今まで使ってきた普通の鋼剣はノコギリみたいなものだった……!」
「素材が普通のものというより、作る側のやる気が伴わなかったからな。聖剣の輝かしさに押されて『剣なんか作ってもバカにされるだけだ』って鍛冶師の意識が強かったから」
その意識を改革したのもギャリコの手柄だった。
鍛冶師の中でも『スペア作り』『練習品作り』と蔑まれてきた刀鍛冶が、ギャリコの仕事で脚光を浴びた形となる。
「聖剣院時代からずっと夢見てきたことがある。実際何度も寝てる間もその光景を夢で見て、目覚めたあと虚しい思いを味わったことが何度もある」
「……どんな夢だ?」
「この手でモンスターを斬り殺す夢さ。アンタのサポートをするでなく、自分が主役となってモンスターを倒す夢だ」
それは聖剣院に所属する剣士なら誰もが夢想することだった。
モンスターは聖剣でしか倒せない。
いつかみずからが勇者に抜擢され、聖剣を振るってモンスターを倒す。しかしその夢想を実現できるものは、当然のようにごく一握りしかいない。
「聖剣院を辞めた時、それはもう夢の中だけのことだとキッパリ見切りをつけたんだがな。まさか今になって、それが現実になろうとしているとは……!」
「ギャリコの作った魔剣なら問題なくモンスターも倒すことができるよ。レストの腕前なら、勇者級とのタイマンだって可能だろう」
聖剣院ではただの兵士で終わったレストだが、その実力は充分勇者に匹敵する。
かつて勇者候補の一人にまでのし上がり、フュネスと白の聖剣を巡って争ったと言われる彼である。
充分な力を持ちながら、それ以外の様々な要因、思惑によって勇者の栄光に与れなかった者が、歴代な何百人といることだろうか。
それも聖剣院が持つ歪みの一つだった。
「でも、この魔剣のおかげでオレもこれからモンスターをぶった切り三昧だ! 長年の夢が叶う上に収入は安定! いいことづくめじゃねえか!」
「不安定な傭兵稼業から宮仕えへの華麗な転身。おめでとうレスト。これで奥さんも安心できるね」
モンスター襲来によって避難していた彼の妻子も、無事首都へと戻ってこれたらしい。
家族の下へ帰り、騎士団という輝かしい新職場を得た剣士レストの前途は開けていた。
「そういうアンタはどうなんだい大将?」
急に自分の方へ話を振られて、エイジはビクリとする。
「王様から話は来たんだろう? アンタぐらいの優良株がフリーでフラフラしてたら、誰だって声をかけるぜ」
「まあね、でも断った」
「それを聞いてホッとした。前の職場で俺のことを辞職に追い込みやがった厄病神が、こっちでまで上司面されたんじゃ溜まったもんじゃない」
「根に持つねえキミは……!」
実際のところはまったく恨んでいないくせにと、エイジは苦笑するしかなかった。
「こっちの方は任せとけ、いい剣を作って貰った以上。人間族の縄張りはオレたちが守ってみせる。怠け者の聖剣院に代わってな」
「期待させてもらおう」
そう言ってエイジとレストは、互いの拳を合わせた。
「アンタは好きなことをやりな。自由に忙しなく飛び回ってる方が、ずっと本来のアンタらしい。疲れて帰ってくるべき場所は、オレがしっかりと守っておく」
聖剣院では上司と部下の関係だったが、年齢的には一回り上のレストは、エイジのことを弟のように見てきた。
自分より何倍も出来のいい、それゆえにすることなすことがいちいち危なっかしい弟。
そんなエイジを、レストは自分の子供の成長と同じぐらい楽しみに見守るのだった。
* * *
さらにエイジが人を捜し求めてうろついていると、目標とする人を発見はできたが、同時に別の人物も一緒にいた。
「だから、お願いします! 私も一緒に連れて行きなさい!!」
このリストロンド王国の姫サラネアが、何やらセルンやギャリコに詰め寄っていた。
「どうしたの二人とも?」
エイジが探していたのは、旅の仲間である女性二人だったが、何故そこにお姫様まで一緒にいるのか。
「あっ、エイジいいところに!」
助けが来たとばかりにギャリコが駆け寄る。
「このお姫様が、アタシたちの旅に連れてけってしつこいのよ!」
「はあッ!?」
そのサラネア姫当人は、下っ端では埒が明かないとばかりに今度はエイジに突っ込んできた。
「『青鈍の勇者』エイジ様……! 今この人たちにもお願いしたいたところだけど、私をアナタたちの旅に同行させて!」
「ウソよ! お願いとか言いながらアレは完全に命令する雰囲気だったわよ!」
「拒否したら処刑するとか言われて、さすがにビビりました……!」
それぞれの方面ではひとかどの人物であるギャリコ、セルンをビビらせるのは流石王家の血筋というべきか。
「私は、今回のことでつくづく思ったの! 人間族を覆う様々なシステムは歪み切っていると! その歪みを誰かが正さないといけないって!」
聖剣院の横暴を目の当たりにすれば、誰でもそう思うことだろう。
「それができるのは、私の見た手ではエイジ様のみです! 私も王族の一人として、その手助けをしとうございます!! どうか私も同行させてください!!」
「えーえーえー……?」
サラネア姫が、生まれの境遇に相応しい王族的責任感を備えた女性であることは出会った時に確認できていた。
そして烈女でもある。
王国の正義を示すために、女だてらにモンスターへ玉砕することを試みるような彼女なのだ。
この上何を言い出したところでおかしくない。
「あのー、姫? お父上……、というか国王陛下のご意向は……?」
「どうせアナタを召し抱えようとなすったんでしょう? お父様はそういうところ考えが浅いんだから……!」
姫、父親にして国王に歯に衣着せぬ物言い。
「エイジ様の旅は、人間族どころか人類種全体の運命を変えるための旅だわ。それを中断させてエイジ様を囲い込み、我が国だけの利益に限定しようなんて、お父様は王器が小さすぎるわ!」
「そ、そこまで言わなくても……!」
事態が落ち着いて、改めて姫の威厳に圧倒される。
エイジは、息を深く吐いて落ち着いてから、言う。
「姫、僕らの旅はアナタの言うほど大層なものではありません」
「でも……」
「僕らは、僕らそれぞれの個人的目標のために一緒に旅をしているんです。それなのに危険も多い。王族のアナタを巻き込むわけにはいかない」
ギャリコは、みずからの手で究極最高の剣を作り出すために。
エイジは、その剣を手にして聖剣院とは何の関係もなくモンスターを倒すために。
セルンは、エイジの下勇者の力をさらに高めるために。
それらは世界全体に繋がりがあるものの、あくまで個人的な目標だと当人たちは断じる。
「……わかりました。では、一つだけ私の質問に答えてくださいエイジ様」
「何でしょう?」
「アナタは、セルンとギャリコのどちらと結婚するの?」
「はいぃッ!?」
尋ねられたエイジだけでなく、傍で聞いているギャリコ、セルンも大困惑。
サラネア姫は一体何を尋ねようとしているのか。
「だって、男女が二人きりで旅するとなったら……。そういうことになる可能性じゃないでしょう?」
「二人きりじゃないです! 三人います!」
「だから! エイジ様はギャリコとセルンのどちらを選ぶのかと聞いてるんです!! ギャリコは、アナタのためだけに剣作りをして名実ともにパートナーだけど、セルンもアナタから聖剣を受け継いだ愛弟子として一心同体な感じがします!!」
滅茶苦茶言い出す姫だった。
「あるいは両方ですか!? いいえいいんです! エイジ様ほど正解に貢献する英雄ともなれば正妻はおろか側室の住人や二十人いて当たり前です!!」
「何言ってんのこの姫!?」
「これが王族脳というものですか!?」
一般庶民とはかけ離れたものの考え方にギャリコもセルンも戦慄した。
「だからこそ! やっぱり私もエイジ様の旅に加えてほしいんです! 将来リストロンド王国を預かる身として、頼れる伴侶は喉から手が出るほど欲しいかた!」
「僕のハーレムメンバーじゃないよ旅の仲間は!!」
どうやらそれが姫の魂胆だったらしく、どんなに説得しても聞き分けようとしない姫に、国王に出て説教してもらうまで発展してしまった。
* * *
そんな感じの人々に見送られて、エイジ一行は再び旅立った。
目指す先は今度こそ謎の人類種、天人族の住むアスクレピオス山脈。