表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/287

118 公式発表

 それからギャリコは一心不乱に剣を打ち始めた。


 材料は覇王級、フォートレストータスの甲羅。

 先ほどグランゼルドのために打った鼈甲の剣を再び、しかも今度は大量に作成する。

 それはギャリコの鍛冶師魂に訴えかける新たなるチャレンジだった。


「鍛冶スキル『フレイムヘッド』!!」


 ギャリコが振り上げるハンマーの頭な、おのずから赤い光を発し、超高熱を放つ。

 それこそ彼女が鍛冶スキル値を上げることで獲得した新しいスキルで、ハンマー自体に高熱を持たせることで、炉がない場所でも鍛冶仕事を容易にする。


「三十八振り目、上がったわ! エイジ! 早く材料持ってきてくれないと、こっちの手が空いちゃうわよーッ!!」

「ひぃーッ! ちょっと待って!?」


 エイジは、既に息絶えたフォートレストータスの死骸によじ登って、魔剣キリムスビを振るっていた。

 天下無双の魔剣が、今はただ素材確保の工具に成り下がっているが、魔王級モンスターの体を傷つけられるものが他にない以上仕方のないことだった。


「……ソードスキル『一刀両断』!」

「別にセルンまで手伝わなくてもいいんだよ?」


 そして巨大亀の亡骸の上にはもう一人、青の勇者セルンが体中汗だくになりながら聖剣を振るっていた。


「いえ……! 私は今回特に活躍しなかったので、これくらいの役には立たなければ……!!」

「真面目だねえ……」


 それでも格においては覇王級に一歩下がるただの聖剣で、覇王亀の甲羅を斬り裂くのは容易なことではない。

 というより不可能だろう。


「ソードスキル『一刀両断』!!」


 しかしセルンは、同じ個所に『一刀両断』の斬撃を何度も重ねかけることで、その不可能を可能にしていた。

 当然無理筋な方法なのでスタミナ表示著しいが、何度も繰り返すことでコツを掴み、より効率的で、より疲労の少ない、より高威力の『一刀両断』を放ち始めるセルン。


「……この作業が終わるころにはソードスキル値上がってるんじゃないだろうか?」


 見守りながらエイジは思うのだった。

 そんな作業が一昼夜は続き……。


              *    *    *


「できたー!」


 五二一本。

 それがギャリコが限界に挑戦して打ち上げた量産型鼈甲の剣の総数だった。


「もう無理ー! 手が動かないー! 精根尽きたー! 眠いー!」


 つすべてを投げ出すギャリコだった。

 セルンも素材斬り出しの作業を先に負え、疲れ切った体を休めている。


「はいはい、よく頑張ったな……」


 一人まだまだ余力を残したエイジは、試しに量産された鼈甲の剣を一振り握ってみた。


「素材は覇王級……。つまり魔剣キリムスビと同等なわけだ。だが……」


 エイジはその場で剣を一振り二振り、虚空に舞わせて使い心地をたしかめる。

 エイジほどの剣士になると、それだけで剣の出来不出来を把握することができた。


「……さすがギャリコ。当たり前のように業物だ。しかし魔剣キリムスビに比べれば大きく劣る」

「亀の甲羅は硬いってイメージだけど、ハルコーンの角には劣るみたい。それに甲羅は純粋に金属じゃないし、研ぎ澄ませてよく斬れるってのに適した素材じゃないんでしょうね」


 ギャリコがぐったりしながら言った。


「同じ覇王級でも、素材としての強さはピンキリだってのはレイニーレイザーの時に確認してたし……」

「ハルコーンの角は元々鋭利な凶器だったから。武器に加工するのにこれほど適した素材はなかったんだろうな」

「そういうこと。ウォルカヌスの祝福もあるし、魔剣キリムスビはまだまだ当分アタシの最高傑作であり続けるわね」


 結局のところ三人はまだフォートレストータスと激突した平原部に留まっていた。

 そこへ、一度王宮へ戻っていたディルリッド王が再びやって来た。


「おおッ!? まさかここまでの数を取り揃えてくれるとは! 本当にそなたらには感謝の言葉もない!」

「五二一の鼈甲の剣……。グランゼルドさんに上げた一点物に比べれば注ぎ込んだモチベも少なくて品質も劣りますが、モンスターと戦うには充分な出来栄えです。どうかお納めください……!」

「うむうむ! それでは早速、皆で王宮へ戻ろうではないか! 準備もすっかり整っておる!!」

「準備?」


 何の準備かわからず、ギャリコもエイジも首を傾げた。


「決まっているだろう! 救国の英雄をお披露目し、皆で讃えるための記念式典の準備だ! 覇勇者エイジ、鍛冶師ギャリコよ! 主役のそなたらがいなければ何も始まらん! 共に来てくれるであろうな!?」

「えええええええッッ!?」

「それはちょっとッッ!?」


 二人揃って目立つのが苦手な二人は何としてでも避けたいところだったが、ギャリコは疲労困憊で手足もろくに動かないし、エイジもそんな彼女を捨て置けなかった。


「セルンも是非ともに出席してほしい! 近隣諸国の要職にある者も招き入れ、盛大に祝うつもりだ! 何しろ我が国は、滅びへ真っ先に向かうところを救われたのだからな!! これを祝わずして何を祝おうというのか!?」

「ぎゃああああああッッ!? エイジ助けて! 助けてええええッ!?」

「うわわわわ……ッ!? 待って王様! ギャリコを荷物のように運んでいかないで! ……ああ、疲れ果てて眠っているセルンまで!? これじゃあ追いかけるしかねええええッ!」


 結局三人は、王の引き連れた騎士たちによって、馬車に放り込まれるように乗せられて、王宮へと運ばれていくのだった。


              *    *    *


 リストロンド王宮は、最初にエイジたちが訪れた時から見違えるほどに賑わってた。

 エイジ、ギャリコ、セルンは一昼夜の間、魔剣を量産し続けてきたが、その間別方面では危険の去った国土に避難民たちが続々と帰還していた。

 皆、恐怖からの解放で大いに浮かれ、その喜びは王宮だけでなく首都全体に満ち溢れている。

 ただ、その中心はやはりここ王宮だった。


「……皆の者、今日、この喜びをこの場にて分かち合えるのは、まさに奇跡だ」


 王宮内がすし詰め状態になるほど人でいっぱい。

 それこそ覇王級モンスターを退け国家存続を確立したリストロンド王国を祝福する式典の現場だった。

 リストロンドの国民は上は大臣から下は庶民の子どもに至るまで出席が許され、隣国よりの招待客まで顔を並べている。

 たった一夜を経たぐらいでよく準備できたものだ。


 ともかく式典の場にてもっとも注目される国王ディルリッドは、その王器に相応しい威厳をここぞとばかりに発揮して、聞く者すべてが耳を傾けずにはいられない魔性の声色をもって言う。


「我が国が存亡にかかわる危機にあったこと、皆もよく知るところであると思う。近隣諸国の責任ある方々は、我が国からの避難民を受け入れてくださり心から礼を言いたい。そして事無く我が国民が家に帰れたこと、まこと嬉しく思う」


 国難を乗り越えた王の言葉は、その場に列席する誰もの胸に深く響いた。

 ディルリッド王は、この危機を乗り越えより大きな王の格を身に付けたと言っていい。


「……しかし、喜びの言葉だけで今回の騒乱を締めるわけにはいかない。喜びの言葉よりも必要な言葉は、感謝の言葉だ。この者たちへの……」


 王に促されて、渋い顔つきの三人が壇上へ上がった。

 セルンなどはまだ疲れてエイジの背に乗って眠りこけていた。

 ギャリコも「お褒めの言葉よりベッドでの睡眠をください」と表情が物語っている。


「この度、モンスターの脅威から我が国を救ってくれた者たちだ」


 その王の言葉に、出席者の人混みからドヨドヨと動揺が広がった。

 深い事情を知らない部外者や一般市民は、てっきりモンスターを倒したのは人間族の覇勇者グランゼルドだとばかり思っていたから。


 グランゼルド以外に誰がモンスター史上最大の覇王級モンスターを討ち破れるだろう。

 いきなり王と並んで現れたみすぼらしい格好の男と、美人ではあるがそれ以外に印象もない二人の女性は、場違いだと皆に思わせることしかなかった。


「ここでハッキリ宣言する。覇王級モンスター、フォートレストータスを討ち破ったのはこの者たちだ」


 その宣言に、式典内は様々な感情が飛び交った。

 ただ困惑する者もいれば、端から王の言うことを嘘だと決めつける者。何かを察し隣のものと密談を交わす者。何も理解できていない者様々だった。


「……あのー、国王陛下? やっぱり今日のところは発表は待った方が?」

「皆も聞いたことがおありだろう? 聖剣院に所属する勇者の一人。誰もが知っていて、誰も知らない謎に満ちた勇者がいることを」


 ざわざわざわざわ……、会場のどよめきは収まらない。


「名も知られぬその者は、仮初に『青鈍の勇者』と呼ばれた。その者の振るう青の聖剣が、あまりに多くの戦いを経て、あまりに多くのモンスターを斬り捨ててきたため、刀身の鮮やかな青色が濁り曇ったことから名付けられたという」


 聖剣は、使い終わるたびに実体を失って別次元に収納されるため、現在セルンが使っている青の聖剣は実に色鮮やかにリフレッシュしているが。


「その実力は四勇者の中で最強。覇勇者グランゼルド殿にすら匹敵すると言われながら、我らの前に一度も姿を現してはくれなかった人間族最大の守り部。誰もが一度は会いたいと思ってきたことであろう。……さあ皆の者!!」


 悪乗りするかのような警戒な口調。


「今日はその念願を叶えつつ、我らが救国の英雄を讃えようではないか!! ここにおわす若者こそが『青鈍の勇者』ことエイジにあらせられる!!」


 その瞬間、動揺も困惑も推察も無知も、驚愕一色に塗り潰されて式典の場は狂騰した。


 リストロンド王国を救った英雄は、覇勇者グランゼルドではなく『青鈍の勇者』エイジ。

 今まで長らく謎とされてきた『青鈍の勇者』の本名と共に、その英雄譚は国外に広く知れ渡っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同作者の新作です。よろしければこちらもどうぞ↓
解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ

3y127vbhhlfgc96j2uve4h83ftu0_emk_160_1no

書籍版第1巻が好評発売中!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ