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117 大量発注

「「は?」」


 ディルリッド王の言い出すことに、エイジもギャリコも当惑を露わにするしかなかった。


「作ってほしいって、魔剣を?」

「そう、それだ!」


 王の食いつきようは尋常ではなく、まるでビジネスチャンスを見つけた商人か、裸の美女に誘われた童貞であるかのようだった。


「ずっと疑問だったのだ……! 実際この目に見せられても信じることがまったくできなかった」

「……?」

「聖剣も持たず、勇者でもないものが、どうしてモンスターを倒せたのか!?」


 それはこの世界に住む者なら誰もが持つ疑問だろう。

 まして彼は王。誰より真剣に世界の成り立ちを考えねばならない立場の彼にとって、エイジの成したことは脳内に整っていたものをひっくり返す所業だったに違いない。


「直後にエイジの正体を知って、余はひとまず納得できた。英雄、聖人と名高い『青鈍の勇者』とあれば、モンスターを斬り裂く力量ぐらい備えていて当然。ましてそなたが覇勇者となる資格まで有しておったとは……!」


 聖剣院が新しい覇勇者誕生の事実を隠匿していたことも腹立たしいが、王にとってみれば、この清廉なる覇勇者の存在は何より頼もしいものだろう。


「しかしそれでも余の中には疑問が残った。たとえ覇勇者が最強の剣士だとしても、覇聖剣なくモンスターを斬り裂くことはできない。やはり目の前で起きたことは、不可解以外の何物でもない!」

「はー」

「そしてやっと完璧に納得しうる結論が、余の目の前に現れた! その魔剣なるものが、すべての鍵なのであろう!」


 王の興奮はもはや絶頂に達していた。


「その魔剣であれば、聖剣を振るわずともモンスターを駆逐することができる。どうか願い入る! 我が国にもその魔剣を一揃え拵えてくれまいか!!」

「ええッ!?」


 改めて頼み込まれ、ギャリコ当人が困惑した。

 それはつまり、王国による魔剣の大量発注ということではないか。


「聖剣は、人間族がモンスターに立ち向かう唯一の手段であるが、数が限られ、それを使える者はごく僅かしかいない……!」


 しかし魔剣であれば、素材さえあればいくらでも作り出すことができる。そして聖剣のように使う者に資格を求めない。


「それはつまり……!」


 つまり……。


「勇者しか持ちえないモンスターの駆逐能力を、たとえば我が国の騎士全員に持たせることができるということではないか!?」

「「ああーッ!?」」


 それを聞いた瞬間、エイジもギャリコも目から鱗が噴出した気分になった。


「たしかにそういえばそうだ……! 魔剣は、ギャリコとモンスター素材があり、いくらでも作り出せるんだからな……!」

「いくらでも……は、語弊だけど、アタシはこれからもジャンジャン魔剣を作っていくわよ? 作れば作るだけ鍛冶スキルも上がっていくし、けっしてキリムスビがアタシの最終到達点ってわけじゃないわ!!」


 力強く拳を握りこむギャリコ。


「ただ、大量生産となると考えたことがなかったなあ……! アタシの目標は、あくまで最高傑作を作り重ねていくことだったから」

「僕も、自分の使う魔剣さえあれば他は特に……!」


 などと言い出す二人に……。


「本当に想定内になかったんですかッ!?」


 セルンが、さすがに物思いに留まっていられずにツッコミを入れた。


「普通だったら誰もが考えるでしょう!? 聖剣と違って、無尽蔵に作り出せる魔剣。それを大量生産すれば、誰もがモンスターを倒せるようになるのですよ!?」


 セルンはとっくに気づいているような口ぶりだった。

 しかし、物事の中心にいる二人。ギャリコとエイジは……。


「アタシは、自分の最高傑作さえ作れれば……!」

「モンスターは、全部僕が倒せばいいじゃない」

「コイツら!?」


 天才たちの浮世離れした回答にセルンはただ呆れるばかりだった。

 凡人たちが、打算的な順序で導き出した答えなど、天才にとっては理解の範疇外なのかもしれない。

 彼らは彼らの向かうべき場所に進むこと以外、心底どうでもいいのだ。

 そういう意味では、たしかにエイジは剣の天才であり、ギャリコは鍛冶の天才であった。


「でも……、言われてみればその通りよね。魔剣は、材料さえあればいくらでも生産可能なんだし、それをたくさんの人に持たせれば、それだけモンスターを倒せる人が増えるってことよね」

「僕は、僕さえ最強の魔剣を持てばどんなモンスターでも倒せると思ってたからな。完全に盲点だった……!」


 これが天才だった。


「そ、それでどうするんですか……!? 作るんですか剣……!?」


 凡人を代表して尋ねるセルン。

 その立場が自身悲しげだった。


「是非ともそうしてもらいたい! 材料は、あちらに山ほど積まれているのだし!!」


 と王は、死してなおうず高いフォートレストータスの死骸を指さした。

 それこそ山ほどあるフォートレストータスは、甲羅部分だけ見ても優良な魔剣素材であることは先ほど証明できた。

 アレを元に、一体どれだけの魔剣が作成可能なのか。

 千や二千でも利かなそうだ。


「うーん……」


 しかしギャリコは気が進まなげ。


「アタシ自身、大量生産品てあまり作りたくないのよね……。元々アタシが目指しているのは究極至高の一点物だし」

「この魔剣キリムスビみたいにね」

「量産するとどうしても既製品になっちゃうし、一つ一つに手間を掛けられなくなっちゃう……。魂を込められなくなるというか、横着を覚えちゃうというか……!」


 どちらにしろ乗り気ではないようだった。


「な、ならば国王陛下、こういうのはどうでしょう?」


 セルンが完全にフォロー役に回っていた。


「別に魔剣作りはギャリコだけの専売特許ではないのです。モンスターの体を素材に武器を作る。その発想さえ共有できれば、あとは誰にでも実行可能です」


 リストロンド王国にだって、お抱えの鍛冶師は何人もいるだろう。

 その鍛冶師たちに命じて、フォートレストータスを素材に剣作りを命じればいい。


「それは無理よ」

「何故です!?」


 あっさりというギャリコに、セルンは悲鳴を上げた。『これ以上話をややこしくするなよ』と。


「セルン、アナタ鍛冶仕事がどれだけ大変かわかってないでしょう? どんな分野だって大変な仕事をこなすには、それ相応のスキル値が必要になるのよ?」

「うッ……!」

「ましてモンスター素材は、自然から産出される鉱物や足元にも及ばないほどの強度を持ってる。強度の高さは扱いにくさにも直結するわ。それをまともに扱える鍛冶師なんて、本職のドワーフ族にも何人いることか……!」


 ましてその中でも最高の覇王級モンスターの素材ともなれば。


「何とかできるのは世界中でアタシぐらいのものでしょうね」

「自慢げに言わないでください!!」


 鍛冶スキル値2190を誇るギャリコだからこそ、他のものには不可能で彼女にしかできないことはある。

 そうでなければスキル値など何の意味もないではないか。

 まして彼女には、『敵対者』ウォルカヌスに与えられたオリハルコンの鎚まであり、もはやギャリコは替えの利かない技量を持った鍛冶師なのである。


「覇王級モンスターの素材を加工できる鍛冶師は……」

「アタシぐらいのものなんじゃないかなー? っていうか簡単に真似されたらアタシのプライドが悲しくなる」


 改めてギャリコの特異さが知らしめられた。

 エイジ一行にある異形の存在は、エイジだけではなかったということだ。


 無冠の覇勇者エイジ。

 唯一無二の天才鍛冶師ギャリコ。


 この二人が合わさることで、過去に一度として例のなかった奇跡が引き起こされる。


「では、重ねて頼む! どうか我が国にその魔剣を! それをもたらしてくれるのが、そなた以外にいないならば!!」


 王が縋りつくように言ってきた。


「無論充分な礼は支払う! 聖剣院などにはびた一文支払うにも惜しい金品も、そなたになら糸目をつけずにジャブジャブ注ぎ込めるであろう! ……エイジ、そなたにも!!」


 何故かエイジにも飛び火する。


「今回、その手で我が国を救ってくれたのはそなただ! そなたの英雄的行為を讃え、国を挙げて感謝の式典を開きたい! 無論物質的な謝礼も惜しみはせぬ!!」

「いやー、むしろそういうのは死んでもやめてほしいというか……!」


 渋い顔つきにならざるをえぬエイジだった。

 彼自身、有名になってあちこちから擦り寄られてくるのが何より面倒くさいので、本当に名が売れるのを避けたかった。


「…………わかったわ」

「はい?」


 ギャリコが一人呟くように言う。


「職人は芸術家じゃない。ただ自分の作りたいものを我がままに作ればいいわけじゃない。クライアントの要求を満足させるのも職人の務めよ」


 何かがギャリコに火をつけたようだ。


「大量生産に求められるのは、安定した生産ペースと統一された品質管理。今まで考えたことのないファクターだけど。自分に足りないものを率先して取り込んでいけとお父さんもデスミス先生も言っていたわ!!」

「ギャリコが……、何故かやる気になっている……!?」


 そもそも山のごとくそびえ立つフォートレストータスの死骸は、このまま放置すれば腐るに任せるだけだった。

 魔剣作成家のギャリコにとっては宝の山が自然のままに消えていくのを、座して見守るだけなのはあまりに辛かろう。


「エイジ! フォートレストータスの甲羅をまた斬り出してきて! どれだけ剣を作れるか、記録に挑戦よ!!」

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