115 ギフト
同じ聖剣の覇勇者が、同じ技をもってぶつかり合い、一方だけが吹き飛ばされた。
その差を作り出した原因は何か。
「この魔剣が、まだ完成に至っていないということだろう」
「ええッ!?」
エイジの出した結論に、もっとも動揺したのはギャリコだった。魔剣の製作者であるからには未完成の烙印に、平静ではいられない。
「いや……、魔剣自体は完全に完成の域だ。これ以上の出来栄えの剣となれば、僕には想像もつかない」
「じゃあ、一体何故未完成……?」
「この剣には、足りないものがあるだろう?」
「あッ!?」
魔剣キリムスビには、それを収める鞘がいまだない。
そもそもエイジ一行は、それを求めて旅の途中であった。
「アイスルートと戦った時にも感じた。魔剣キリムスビは、僕を今まで想像したこともないような領域へ導いてくれようとしたが、そこへの道筋が繋がろうとした瞬間途切れてなくなった」
だからこそあの時もエイジは、魔剣を未完成だと評した。
「たった今、グランゼルド殿と打ち合った時にも同じ感覚を持ったよ。何かに繋がるようでいて繋がらなかった。その線が完全に繋がった時こそ、魔剣キリムスビは本当の意味で完成する」
「そのためにも鞘が必要だっていうの?」
「多分ね。この剣に足りないものを考えて、真っ先に浮かぶのがそれだ」
これはますます鞘作りのヒントを求めて、天人の住むという山脈へ向かう必要性に迫られるのだった。
「どうですかグランゼルド殿。僕が聖剣院を離れて培った成果は?」
聖剣を収めぬまま、立ち尽くす風のグランゼルドへエイジは尋ねる。
「今回の打ち合いは、僕らにとっても有意義なものでした。この魔剣が覇聖剣にも引けを取らぬものだと証明できた。そしてこの魔剣には、まだまだ秘められた可能性がある」
「…………」
「魔剣が、自分に秘められたすべてを曝け出した時、僕は覇聖剣を必要とせず覇勇者になることができる。そして僕は聖剣院の意思から完全に自由となり、モンスターとの戦いに明け暮れることができるでしょう」
聖剣院の政治的判断、もっと砕けて言えば私利私欲に影響を受けず、エイジはただ自分の義侠心にのみ従って戦うことができる。
ヒュン。
と閃光のごとき速さで何かがエイジ目掛けて飛んだ。
「ッ!?」
エイジのみぞおちに突き刺さらんとしたそれを、反射的に魔剣で弾き飛ばす。
キィンッ、と金属同士がぶつかる音。
ヒュンヒュンと空中で回り、地の落ちたのは覇聖剣だった。
「グランゼルド殿、いきなり何を?」
一言もなく覇聖剣を投げつけるとは、覇勇者にあるまじき不作法だった。
「私ではない」
グランゼルドが静かに言った。
「コイツが自分でしたことだ」
「え?」
地に落ちた覇聖剣が、風もないのにカタカタと揺れ出す。
そして少しずつ、少しずつエイジへ向けて独りでに進み出す。
「ヒィッ!?」
「剣が自分で勝手に……! こわ! こっわッ!?」
その怪奇現象に、傍らに並ぶギャリコやセルンも恐怖におののいた。
「これが覇聖剣だ」
放っておけばどこまでのエイジを追いかけそうな覇聖剣の柄を、グランゼルドは握って拾い上げた。
「覇聖剣は、既にお前を新しい主と見定めているのだエイジ。だから怒っている。何故自分を使わない? 何故別の剣に浮気するのか? と」
「偏執女みたいな剣だな……」
エイジが率直な感想を述べた。
「素直に信じがたいことだが、実際目の前で怪奇現象が起こっているし、神の作った剣だと言われれば、そんな奇跡もあるものかなと思えてしまう……!」
「本来私は、見限られた昔の男なのだ。しかし後継者が戻らぬ以上、嫌々ながら使われてやっている、というところだろうな」
グランゼルドは柄を握りしめる手に力を込め、黄金色の炎を発した。
覇聖剣はその炎の中に消えていくはずであったが、何故だかなかなか消え去ることなく、長い時間を掛けて未練がましく物質世界から去っていった。
「エイジ、覇聖剣から逃げることはできんぞ。聖剣院も私も関係なく、覇聖剣自体がお前を決して逃がさない」
その瞬間、エルフの森で出会ったエルフ族の覇勇者トーラの言葉が脳裏によみがえった。
――『覇の名を冠するものたちはね、他の聖なる武器とはまるで違うのよ』
――『覇聖剣は、自分が選んだ者をけっして逃しはしないということ』
エルフ族の覇の武器、覇聖弓に取り付かれた彼女はそう言っていた。
「お前が拒み続ければ、いずれ痺れを切らした覇聖剣がいかなる挙に出るかわからぬ」
「何か、恐ろしいことが起こると?」
「わからん。こんなことは今までなかったからな。しかし今しばらくは、覇聖剣も私を主として我慢してくれるだろう」
それにも終わりは必ず来るだろうが……。
「エイジよ。覇勇者となる前に整理を付けたいことがあるなら。それまでにすべて済ませておくことだな。誰にとっても悔いを残したまま進むことは好ましからぬことだ」
「…………」
再び老練の覇者と若き覇者の視線がぶつかり合った。
バチリと空気を焼き飛ばしそうな激しさで。
「僕は何を言われようと自分のやりたいようにやるつもりでしたが、アナタから認めていただけるのは嬉しいですよ。たとえ期限付きでもね」
「認めたわけではない。本当に認めるかどうかは、その剣が真の完成を見てから判断する」
魔剣キリムスビ。
この世界を支配する理の外から生まれた、明らかなる異形の剣。
その鋭利なる存在感が今、覇勇者にまで突き刺さった。
「これにて私は去る。この場に聖剣院の関係者がいていい道理はないからな」
「待ってくださいよグランゼルド殿」
踵を返すグランゼルドの背中に、エイジが声をかけた。
「セルンに一言ぐらいかけてあげたらどうですか?」
「……ッ!?」
その言葉に誰よりビクリとしたのは、セルンその人だった。
「…………」
胡乱な表情で再び向き合うグランゼルド。
「あの……、私は別に……!」
「セルン」
感情を伴わない。意識して感情を消し去ったかのような声。
「青の聖剣を出しなさい」
「はッ!?」
セルンの手には、フュネスを警戒した時に出した青の聖剣がそのまま携えてあった。
「気にする必要はない。切っ先を私に向けるのだ」
「は、はい……!?」
勇者の上に立つ覇勇者に命じられては拒めない。セルンは、本来モンスターの身に向けられるべき聖剣の切っ先を、グランゼルドに向けた。
その切っ先に、グランゼルドは手を置いた。
「ぐ、グランゼルド様!? 何を……!?」
「いいから、そのまま……」
グランゼルドは目を閉じて、触れ合う聖剣の感触だけに集中するかのようだった。
そして、唐突に口を開いた。
「…………ほう、レイニーレイザーを倒したのか」
「ッ!?」
「さらにソフトハードプレートまで。聖剣にて覇王級を打ち倒すことはなまなかなことではない。他種族の手を借りたとはいえ大金星と言えるだろう」
セルンは大いに驚いた。
グランゼルドが語るのは、まさにセルンがエイジと行動を共にするようになってから重ねてきた戦歴の中で、もっとも輝かしいものたちだった。
「……出たな。グランゼルド殿の覇剣ギフト」
「覇剣……、ぎふと?」
「覇聖剣を得た者だけに使えるスキルみたいなものだ。聖剣と同じように神から与えられたもの。スキルと同じようなものだが、人類種が何百世代と重ねた研鑽と進化の末に編み出されたスキルとは違うので、区別してギフトと呼ばれる」
グランゼルドが使ったのは、その覇剣ギフトの一つ『剣士の経歴』。剣を通じて、それを使う者の過去の戦歴を読み取り、言葉を隔てずしてまるで見てきたように把握できるという。
「『一刀両断』一辺倒のお前に集団戦を経験させることで兵法スキルの成長を促すか。なるほど斬新な方法だ。エイジ、お前に人を育てる才能まであるとは知らなかったぞ」
「褒めるならセルンを褒めてくださいよ。その子には才能があるんだ。それをわざわざアナタに言わなきゃいかんのですか?」
「ふっ……」
グランゼルドの手が青の聖剣から離れる。
「セルン。今しばらくはエイジの下にいるがいい。聖剣院には私から伝えていく」
「グランゼルド様! ……あの……!」
「エイジから多くを学び、いっぱしの勇者になれ。まともな勇者が一人もいないでは、それこそ聖剣院の未来は暗い」
セルンは、さらに何か言おうと口をパクパクさせていたが、ややあって、やめた。
言いたいことがあったのに言い出せなかった、そんな風だった。
「では、さらばだ」
麓へと続く道を降りていこうとするグランゼルド。
しかしそんな彼を、さらに呼び止めようと声が上がった。
「待ってください!!」





