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112 覇者の裁き

「この人が……人間族の覇勇者……ッ!?」


 もっとも驚いたのはギャリコだった。

 元々聖剣院に所属していたエイジなどと違って、彼女だけはこの偉大なる剣聖と初対面だったのだから。


 しかも最初の遭遇ではその正体を知らず、ただのおじさんとしてここまで案内してしまったのだから、驚きはより一層大きい。


「ドワーフのお嬢さん。先ほどは世話になったね」


 すべての剣士の頂点に立つ覇勇者は、親しみ深い、気さくですらある口調でギャリコに話しかけた。


「キミに道案内してもらわなければ、素通りして王宮まで行ってしまうところだった。それでは大きな時間のロスになりすぎるからね。今回一刻を争う事態になっていたので、キミを見つけたことは大きな幸運だった」

「いえッ!? あの……ッ!?」


 気の利いた言葉の殺到に、どうしていいかもわからぬギャリコだった。

 彼女の知る覇勇者といえば自族のドワーフ覇勇者ドレスキファ程度のものだが、彼女に比べればなんと完成された人格だろうか。


「そして……」


 挨拶が済み、本題はここからとばかりに視線を前に戻す覇勇者。


「フォートレストータスを斬り裂いたのはお前だな」

「そうです」


 挨拶すらすることなく本題を話し始めるエイジとグランゼルド。

 本来地上に二人といないはずの、二人の聖剣の覇勇者。


「お前の他に誰が出来ようかという話だがな。死体の切り口を見たが、また腕を上げたようだ。頂点を極めながらなお成長をやめぬ。恐ろしい才覚としか言いようがない」

「恐れ入ります」


 エイジが一言も茶化すことなく畏まっているのは異様な光景だった。

 セルンもただひたすら硬く縮こまったままであるし、快勝に沸き上がった場が、一番遅れてきた一人によって完全に制圧されている。


「それで、グランゼルド殿はどのような用向きで?」


 それでも若き覇勇者エイジは必要以上に怯むことはない。


「アナタがゴブリンとエルフの仲裁に出かけていることは聞きました。アイツらは本当に仲が悪いですからね。揉めに揉めて、お帰りはずっと遅くなると思っていましたが」

「聖剣院も、お前が思っているほど酷く腐ってはいないということだ」


 しかしその口調には、隠しきれぬ心苦しさが滲み出ていた。


「聖剣院の中で良心ある者が、聖剣院長の監視を掻い潜り、私に報せを届けてくれた。ディンゴやトーラ殿にはありのままを伝え、中座させてもらったよ。そして大急ぎでここまで駆けつけた、というわけだ」

「そういうことなら僕が出しゃばる必要はなかったですね」

「何を言う。これは根源的に、本来お前の仕事だ。しかし……」


 重鎮グランゼルドの偉形が、しばしエイジのから離れて別の方を向く。

 それは今彼らの立っているリストロンド王国の主、ディルリッド王とその娘サラネア姫に向けてだった。


「うおッ……!?」

「ふぃ……!?」


 一国の王と姫ながら、覇勇者の圧倒される威厳に一歩も二歩も後退する。グランゼルドに正面から向かい合って委縮しないのは、それこそエイジぐらいのもの。


「このたびのこと、こちらへ向かいながら仔細把握させていただいた。頭を下げるより他ございませぬ」


 そう言って真実、深く頭を下げる。

 申し訳ないの気もちを、言葉だけでなく態度でまで表した。


「そんな! 覇勇者であるそなたに頭を下げてもらうなど……!」

「それだけの不実を聖剣院は犯した。悪しきモンスターより人間族を守ることは、聖剣院に課せられた義務。行わなければ罪となる事柄に進んで見返りを要求し、ましてその見返りの量が法外とは、呆れて言葉も出ぬ」


 意外なほどに誠実な対応だった。

 これまでの傲慢で悪辣な聖剣院。それがウソであるのかと思いたくなるほどに。


「先に貴国と取り交わした誓約書は、このグランゼルドの名をもって破棄させていただきたい。貴国からは既に充分な寄付金を毎年頂いている。その資金は聖剣院運営に当てられ、モンスターとの戦いに不可欠なものだ」

「いや、そのような……!」

「これからも愚かな我々を、どうかお見捨てなきようお願いいたす」


 グランゼルドからの実直な一言一言をぶつけられ、ディルリッド王は息苦しそうに襟元を直した。


「たしかに、グランゼルド殿がこちらにお越しになるまでは、余の心中は聖剣院への怒りに荒れ狂っていた。もう聖剣院に金輪際、びた一文寄付してやるかと思っていた」


 そう思う王に誰も意見できないだろう。

 今回の聖剣院の所業を思えば。


「しかしグランゼルド殿の言にも一理ある。どんなに腹が立とうと、聖剣院にはこれからもモンスターを駆逐してもらわなければいかんのだからな。……ただし!」


 あえて声を荒げて王は言う。


「だからこそ、聖剣院にはこれまで以上に健全な運営をお願いしたい! ヒトの足元を見る聖剣院長! 強請りを行う勇者! どちらも人間族には必要ない!!」

「仰る通り」

「聖剣院には、体質改善の然るべき計画提示をお願いする。それを見て納得するまでは、翌年以降の寄付金の支払いも未定とさせていただこう!!」

「一切承知致した」


 一言の言い逃れもなく、相手の怒りを一心に受け止めるグランゼルドだった。

 王との会談をそこまでとして、覇勇者はさらなる次の処置に動いた。

 地面に無様に転がっている白の勇者に。


「ぐ、グランゼルド様……! 助けてください……! 剣が、剣が足に……!」

「たわけが」


 みずからの聖剣を足に突き刺し、痛みで動けなくなったフュネス。

 その白の聖剣の柄を、グランゼルドは迷わず握る。


「えッ!? 何をする……!? まさか抜く気ですか!? やめて! 抜いたらきっと血がいっぱい出て……! せめて麻酔をしてから……!?」


 しかし重鎮は聞く耳もたない。

 フュネスの太ももに足をかけ、踏みつける反動と合わせて刺さった剣を引き抜く。


「ぐぎゃああああああ~~~~~ッ!?」


 抜き取った痕はポッカリと空いた穴。しかし元々鋭利な剣で貫かれたために、言うほど大きな貫通孔ではなかった。

 出血も深刻なほどではなく。フュネスの口から出る悲鳴の方がよっぽど大ごとであった。


「痛い! 痛い! 死ぬ、死ぬぅ~~!! 出血多量で死ぬぅ~~~ッッ!!」

「その程度の出血で死ぬものか。勇者となるほどに修羅場を重ねていながら、どれほど傷で自分が死ぬか察しもつかんのか」


 グランゼルドは、手にした白の聖剣を軽く血振りするが、その間にも聖剣は白い炎をまとって物質世界から消えていった。

 認められた当人の手から離れれば、聖剣はすぐさま世界から去る。


「私も甘くなったものだ。十年前の私なら、剣を抜くついでに足を斬り落としていたところだ。そうすればこんな資格ない者から聖剣を取り上げることができる」


 そしてジロリと、老練覇者の視線が若き覇者へ向けられる。


「エイジ、お前はどう思う?」

「ここでフュネスを殺したところで、次に選び出される勇者がまともなヤツだと言えるんですか?」

「その通りだ。問題はもっと根本的なところにある。聖剣院の腐敗は、もはや深刻なところまで来ている。それを正さぬ限り、何人名ばかり勇者を縊り殺したところで、さらにお粗末な者が後釜に座るだけだ」


 忸怩たる表情で覇者は言った。


「私が覇勇者の任についてから二十余年。腐敗に塗れた聖剣院の改革を目指しながら事態は一向に改善しない。むしろ悪くなるばかりだ」


 今回の騒動も、その一部。


「私が睨みつけている間は大人しくしているが、少しでも目を離すとこうだ。どこからでも甘い蜜を吸おうと悪巧みに奔走する」

「それがアイツらの本質なんでしょう」

「これ以上ヤツらを放置するのは人間族全体への、剣神アテナへの罪だ。聖剣院を、本来あるべき形に立て直すことが、私の最大にして最後のお勤めだと思っている」


 聖剣院の改革。


「生涯何度も失敗を繰り返した私だが、唯一最高の成果だと思っているものがある。その成果も、今は気まぐれを起こしてフラフラしておる。本来の役目を忘れてな」

「けしからん話ですな」


 エイジが空々しく言った。


「そうだろう。私は、その男を後継者となるべく育て上げてきたつもりだ。ソイツも期待に応えて、心技を兼ね備えた達人へと完成した。我が悲願、聖剣院の改革を成すためには、その者の助けがどうしてもいる」


 覇勇者グランゼルドは、腰の鞘から剣を抜き放つと、その切っ先をエイジに向けて突き付ける。


「急いで駆け付けたのは聖剣院長の悪行を正すため、そしてモンスターの脅威を打ち砕くためだった。そこに長らく探していたお前に鉢合わせするとは、まさしく剣神アテナお導き……」


 そして、すべての剣の頂点に立つ覇者は告げた。


「私と共に聖剣院に戻るぞエイジ。そして私のあとを継ぎ、聖剣の覇勇者となるのだ」

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