111 壮大なるゼルド
勝負は決した。
自分の剣で自分の太ももを突き刺してしまったフュネスは大負傷。痛みに耐えきれず、その場を転げまわる。
「痛い! 痛い痛い! 死んじゃうよ! 太ももには太い血管があるんだ! そこが破れたら出血多量で死んじゃう!」
「大腿動脈はもっと内側に刺さらないと斬れないから大丈夫だよ。自分のケガにだけは大袈裟なヤツだ」
戦意も失ったフュネスにもう危険はなかろうと、観戦者たちは皆エイジへと駆け寄る。
「見事ですエイジ様! まさか『幻惑剣』に『幻惑剣』で返すとは!!」
「コイツの手の内は知ってるからね。何しろ元同僚だし」
フュネスの使う『幻惑剣』の恐ろしさだけはしっかり認め、警戒していたエイジである。
「『幻惑剣』単体をここまで鍛え上げ、勇者の必殺技にまで昇華させたのはフュネス以外過去例がないんじゃない? 『幻惑剣』って本来はモンスターには通じない、モンスター戦においてはクズスキルだし」
それを聖剣の助けを借り、モンスターに通じる『幻惑剣』を編み出したのはたしかに偉業だった。
ただしそこまで努力した理由が『モンスターと斬り合うのが怖くて近づきたくないから』と言うものであるが。
「おいフュネス、ここまでやったからには気が済んだだろう。それともまだ挑んでくるか?」
「負けました。降参です……! だから手当てしてええ……!!」
「ホント根性ないなコイツ……!?」
そんな根性なしでも勇者になれる今の聖剣院のシステムは、その観点から見ても異常と言うことなのだろう。
「よろしいですか国王? コイツは今回リストロンド王国に突っかかってきたわけで、その処分はアナタの判断に任せるべきだと思うますが……」
「手当てしないわけにはいくまい」
ディルリッド王は、釈然としない表情を浮かべながらも言った。
「こんな者でも人間族を守る勇者の一人だ。それを死なせてしまったら新しい問題になるだろう。こちらにまったく落ち度がなかったとしてもな」
「御意です。じゃあ応急処置してから麓まで引きずって行き、そこで転がしてあとは聖剣院の兵士に任せますか」
まさか勇者が一人でのこのこ聖剣院の外を出歩いたりはせぬだろうし。
山を下りれば取り巻きの一団ぐらい待ち受けていることだろう。
「それよりも、『青鈍の勇者』エイジ殿」
「うわ」
畏敬の念で瞳を輝かせるディルリッド王に、エイジは及び腰となった。
「国王として、改めてお礼を言わせていただきたい。『青鈍の勇者』殿、我がリストロンド王国を救っていただき、本当にありがとうございました」
深々と、王冠を頂いた頭を下げる。
「我が国に迫るモンスターの脅威も、聖剣院の横暴も、すべてそなたの力で退けることができた。この国の民一人一人の運命を預かる者として感謝に堪えぬ」
「いいえいいえ、通りすがりの成り行きですから」
「真の勇者とは、まさしくそなたのことを言うのであろう。あらゆる災厄を打ち砕く強さはもちろん。戦いに見返りを求めぬ高潔さ。祭り上げられるを潔しとせぬ克己心。いずれも見事なものだ」
エイジの正体に気づいたディルリッド王は、大袈裟なまでのエイジの持ち上げようだった。
もちろん最悪の危機を脱することができて浮かれた気持ちもそうさせるのかもしれないが。
彼にとって今やエイジは救世主だった
「余は、今まで何度もそなたに会いたいと望んできた。欲得ずくばかりの聖剣院の関係者で、そなただけが唯一清廉なる者に思えたからだ。……無論、グランゼルド殿というもう一人の例外もいるが」
一応フォローを入れる王。
「そのそなたがグランゼルド殿の後継者となるは、納得の人選に思える。そなたが新たなる覇勇者となってくれれば、聖剣院に振り回される我が身としては非常に安心できるのだが……」
「その話はやめましょう。僕と聖剣院の関係が修復されれば、アナタたちだって困るでしょう?」
「そうであったな。……だが、我が国を救ってくれたそなたには出来る限りの礼をしたい。まずは共に王宮へ戻ろうではないか、そなたのために饗宴を開かせてもらいたい」
エイジとしては辞退したかった。
そういうのが嫌であるために現役時代頑なに社交には出なかったし、聖剣を返上して下野してもなかなかその素性を明かさないエイジだったのである。
本来の目的もあることだし、用が済んだからにはさっさとこの国から離れたいエイジだった。
「でもなあセルン? 先を急ぐことだしなあ?」
「次の目的地へは、クリステナ殿の準備が整わない限り出立できないのでは?」
相変わらず空気を読まない弟子だった。
「エイジ様! どうか一緒に王宮に来てください!!」
サラネア王女までエイジに縋りついてくる。
いつの間にか呼び名が様付けになっていた。
「アナタは、私の命の恩人です! 是非とも最大限のおもてなしをさせてください! 今は他の都市に避難している母や、臣下一同にアナタのことを紹介したいわ!!」
「それが一番困るんだが!!」
救国の英雄は、そのまま人気者だった。
色々ゴタゴタしていると、麓へと続く下り坂からよたよた登ってくるドワーフの女性。
「やっと追いついた……!」
エイジと共に平原の戦場に出ていたギャリコだった。
「もうエイジ! 酷いわよ置いていくなんて!!」
「ええ!? ギャリコもう追いついたの!?」
平地の戦場から、山の中腹にあるこの展望台まではそれ相応の距離。
達人の域を超えたソードスキルを修めるエイジならともかく、身体能力的には常人レベルのギャリコが、遅れたにしてもこの程度の時間で踏破できるとも思えなかったが、事実ギャリコはここにいる。
「展望台の方から嫌な気配がしていたから急いで向かったんだけど。無事を確認できたらちゃんと迎えに戻るつもりだったよ……!」
「本当にそうでしょうね?」
「それよりもギャリコ、移動が早すぎませんか?」
セルンもその点疑問を持った。
「フォートレストータスとの戦闘場所からこちらまで、ドワーフの足でなら到着までに日が暮れる距離ですよ? それなのに今ギャリコがここにいるとは、ちょっとした怪奇現象です」
「言いたい放題言うわね……!? 別に理由はあるわよ。親切な人に送ってもらっただけ」
「「親切な人?」」
その言葉に、エイジもセルンも訝しむ。
「エイジに置いてかれて、モンスターの死体の前で途方に暮れてたらね。何か知らないおじさんが現れて『このモンスターを倒したのは誰だ』って聞いてくるの。もう余所へ行っちゃったって答えたら、『どこに行ったか教えてほしい』って……」
ギャリコは適当に、展望台がある方向を指し示したが、その人物が『お礼に』とギャリコを抱えてここまで連れてきてくれたそうだった。
「それで、ビックリするほど早くここまで来れたと?」
「そのおじさん凄いの! まるでエイジみたいに剣で空を駆け抜けていって……。それであっという間にここまで来れちゃった」
「それはいいけどギャリコ。そんな簡単に知らない人についてっちゃダメだよ」
ギャリコを一人にしておくのが急激に不安になるエイジだった。
「で、その知らないおじさんというのはどこにいるんです? 共にここまで来たのでしょう?」
「それが、麓に屯ってた兵士たちを見たら、そっちの方に行って。私には『先に登っててくれ』って言いだして……」
「「!?」」
エイジとギャリコの視線が、すぐさま地べたに這いつくばるフュネスを向いた。
フュネスはケガの痛みに泣き疲れてグッタリしていたが、先ほども話していたように、彼は共に連れてきた聖剣院の兵士たちをどこかに待機させているはずだ。
「ギャリコがここに来る途中見た兵士が、フュネスの取り巻きだとしたら……!」
「ソイツらに話しかけにいったおじさんっていうのは、聖剣院の関係者ッ!?」
しかもセルンを抱えて高速移動してきたというなら、エイジに匹敵するほどのソードスキルを保持していることになる。
「……あ、来たみたいよ、その人」
「「!?」」
ギャリコが指し示す、麓への道。
そこにある姿にギャリコもエイジも戦慄を覚えた。
「あの人は……!?」
「まさか……!? 何故今!?」
一歩一歩、しっかりと山道を登ってくる足取りは、まるで神が一日ずつ世界を創るかのようだった。
「え? 何? 何? 二人ともあの人知っているの?」
他種族であるギャリコだけが、事態の意味するところに気づけない。
エイジ、セルンだけでなくディルリッド王までも、その人影に気づいて身を震わせ始めた。
「まさか……、あの人が直々にこの場に現れるとは……ッ!?」
「どうしたんですのお父様?」
その人は、全身にピッシリと几帳面に鎧を着こんだ、齢五十に達するかと思われる壮年男性。
白髪の混じり始めた髪をすべて後ろへ送り、整髪料か何かでピッシリと固めた様子は、守護神を思わせる風格だった。
ゆっくりとしっかりと山道を登り切り、エイジたちの前に立つ。
その威圧感は、あのフォートレストータスの巨体と比べても遜色ないほどだった。
「アナタがここに来るとは、意外ですねグランゼルド殿」
「えッ!?」
エイジが唱える名前に、ギャリコが反応する。
エイジたちの交わす会話の中に何度となく現れた、名前だけの存在。
でありながら、誰もがその名に畏敬を込めて唱えていた。
聖剣の覇勇者グランゼルド。
その実体が今、この場に現れた。
今年一年「覇勇者辞めました」をご愛読くださりありがとうございました。
来年1/5までお休みを頂き、次の更新は1/6からとさせていただきます。
来年もよろしくお願いいたします。





