109 所在問答
「エイジ……、だと!?」
「エイジ様!?」
山の中腹にある展望台へと現れたのはエイジだった。
ついさっき、遥か下の平野部で、モンスターを真っ二つにしていたというのに。
「久しぶりだなフュネス。相変わらず勇者の肩書きをフル活用して甘い汁を吸いまくっているのか?」
「な、何をお~~ッ!?」
「お前やスラーシャにとって勇者の称号は、弱い者たちを守るためにあるのではない。その地位を利用して特別扱いを受けるためにだけある。何処まで行こうと自分のためだ」
エイジはズカズカと歩み寄ると、フュネスのサラネア姫を無理やり掴む腕を引き離した。
解放されたサラネア姫は、助けを求めるようにエイジの胸にしがみつく。
「エイジ様、ついさっきまで平地でモンスターと戦っていたのに、いつの間にこちらへ……!?」
「ソードスキル『木の葉渡り』を応用すれば、空を駆けるのと同程度のスピードで移動できる。障害物や急斜面の多い山道では、そういうことがやり易くてね」
おかげでギャリコのことは現場に置き去りとなってしまったが。
しかし……。
「こんなところでお前の見たくもない面を見ることになろうとはなフュネス。嫌な予感がして、全速力で駆けつけてきて正解だった」
「エイジ……! エイジィ~~……ッッ!!」
白の勇者フュネスの表情に、これまでにない暗く粘着質なものが浮かび上がった。
かつては同じ聖剣の勇者として面識もあるだろう二人。
しかしその二人の再会には、険悪さしかなかった。
「あの……、エイジ、いえエイジ様……!」
おっかなびっくりという風で割って入るサラネア王女。
「このたびは私たちを助けてくれてありがとうございます。……でも、あの、本当なのですか? アナタこそが噂に名高い『青鈍の勇者』……! 権力と名声を嫌い、ただ人々を助けることのみに剣を振るう勇者の鑑……!」
「そ、そうだ……!」
ディルリッド王までもが戸惑いがちにも話に加わる。
「余は、以前から何度も『青鈍の勇者』の引見を求めてきたが、そのたびに断られた。『青鈍の勇者』はその人となりも、姿かたちも、名前すら誰も知らない……!」
ただそうした徹底的な秘密体質から、極度の社交嫌いであること。その他には聖剣院随一の実力者であることぐらいしかわからなかった。
国王親子からの眼差しが、まったく変わっていることに気づいて、エイジは重苦しい表情になった。
「フュネス……、お前だな?」
「うッ……?」
「お前は口が軽い。そんなことだから浮気するとすぐバレるんだ」
「うッ、浮気などしていない!! 女性と楽しくお話しているのを妻が勘違いするだけだ!!」
再び睨み合う白と青の勇者。
しかし今度は顔ぶれが違う。今度の青の勇者は歴戦積み上げ、鮮やかな青もくすんで色褪せた『青鈍の勇者』。
「……たしかに、こんなところでお前のムカつく面を見ることになろうとはなエイジ」
「『エイジ』じゃないだろ? 『エイジ様』だろ?」
「ッ!?」
「お前が僕のことを覇勇者と認めてくれるならな」
エイジは、自分が駆けつけてくるまでの状況を、しっかり推測していたようだ。
「無理やり聖剣院の手柄にこじつけるため、僕の経歴を暴露するとはな。追い詰められたからとは言え、本当に軽はずみなヤツだ」
聖剣院が、リストロンド王国に数々送った理不尽な要求。
それを頂くためには、形ばかりでもモンスターを退けて、義務を果たしたのは聖剣院だと証明しなければならない。
しかし今回、モンスターを倒したのはエイジだった。
聖剣院は、ご褒美をもらう権利を手放さないためにも、エイジとの繋がりを徹底的に主張するしかなかった。
「それでも、僕の存在は聖剣院にとって隠匿すべきもの。それをこんな大声で触れ回って、後々のお叱りは覚悟の上なんだろうな?」
「煩い! ヒーロー気取りの偽善野郎め!」
「偽善か……、バカが好んで使いたがる言葉だ」
エイジの放つ気配が、身震いするほど冷たくなった。
「自分の気に入らない善行はすべて偽善か?」
「うッ!?」
「元来、偽物を非難する資格は本物にしかない。僕を偽善と罵るなら、お前たちは本当の善人でなくてはならない」
それで……。
「お前らのどこが善人だ?」
聖剣院の悪辣な振る舞いは、今回のリストロンド王国にまつわる一通りを見ても明らかだった。
「煩い煩い! 聖剣院は善だ! 正義に決まっているだろう! モンスターの魔の手から人間族を守ってやっているんだぞ!!」
「お前らの家には歪んだ鏡しかないらしい。まあ、最初から知っていたがな」
「それよりも……!」
エイジの難詰にすっかり揺さぶられたフュネスは、何もしてないのに息を荒げて顔中汗塗れだった。
「聖剣の覇勇者エイジよ、今回の覇王級モンスター退治まことにご苦労だった。その手際、たしかに覇勇者の肩書きに相応しい。このご報告を受け取れば聖剣院長はさぞやお喜びになるだろう!」
「だから言うことの矛盾するヤツだな」
フュネスとしては、ここで何としてもエイジが聖剣院関係者であることをアピールしたいところだろう。
「僕を覇勇者だと認めるなら、僕はお前の格上だぞ。呼び捨てにするんじゃない」
「うぅッ!?」
「僕を呼ぶ時は『エイジ様』だ。名ばかりの勇者風情が。土下座でもして敬えよ?」
「そんなことできるかッ! 勘違いするなエイジ! 俺とお前は元々同格の勇者だったことを忘れるな!!」
「こう言うヤツに限って、自分が上の立場になると威張り散らすんだよなあ」
とにかく皮肉とは、ある一定の知性を持つ相手にしか通じない悪口だった。
フュネスがそんな相手ではないと、早々に悟り、時間の無駄はやめた。
「忘れるなフュネス。僕はとっくの昔に聖剣院を辞めた」
「……ッ!?」
「だから今はもう、聖剣院とは何の関わりもない。そんな僕がモンスターを何百何千体倒したところで、聖剣院の損にも得にもならないんだ。そのことを弁えろ!」
「そ、そうだったのか……!?」
傍で聞いていて、ディルリッド王がなるほどと得心した。
「それで彼は、今は聖剣を所持していないのか。青の聖剣はそのままセルンに継承されて……。では覇勇者とは?」
「エイジ様が聖剣院を去られたタイミングが、覇勇者に就任する直前だったのです。エイジ様は全ソードスキルを極め、グランゼルド様の後継者と認められながら、その座に就くことを拒否したのです」
こうまでバレては黙っておく意味もないとセルンが、補足の説明をする。
「そうだったのか!? ……しかし何故そんなことを? 覇勇者といえば、ソードスキルを修する者にとって誰もが憧れる頂点ではないのか?」
「その理由は、アナタも今まさに実感しているはずです。勇者も覇勇者も、常に聖剣院という組織に縛られている……」
エイジは、聖剣院を見限ったのだと。
「そんな我がままが許されるか!!」
その中で白の勇者フュネスは吠え続けた。
「覇勇者となった以上、お前の力は聖剣院に捧げられなければならんのだ! 元より聖剣院は、お前の辞職など認めていない。お前が聖剣院に戻り次第、すぐさま覇聖剣受領の儀を再開する準備が整っているのだ!!」
「無駄なことをする……」
「お前がモンスターを倒した以上、これは聖剣院の成果なのだ! そこの姫は連れて帰る! エイジ、お前も聖剣院に連れ帰る!! これだけの戦利品を持ち帰れば、聖剣院長のオレの評価も鰻登りとなるだろうよ!」
「わからんヤツだなあ……!」
エイジの表情に濃厚な疲れの色が浮かんだ。
話の通じない相手と会話するのは、モンスターと戦う以上に疲れる、
「フュネス、お前少しも疑問に思わんのか?」
「何がだ?」
「僕が何故モンスターを倒せたかと言うことが、だ」
エイジの実力は覇勇者クラス。
だからこそ覇王級モンスターとて瞬殺できてもおかしくないが、フュネスは先ほどから重大な事実にまったく気づかない。
勇者は、聖剣と常にワンセットである事実を。
覇勇者ならば覇聖剣とワンセット。
どれだけソードスキルを極めようと、聖剣のない勇者にモンスターを倒すことはできない。
「そ、そういえば……!?」
「本当に気づいていなかったのか……!? 気づかないふりをしているのかと思ったがまあいい。僕は聖剣を持たない」
青の聖剣はセルンに譲られ、覇聖剣はいまだ覇勇者グランゼルドの手に留まっている。
「それなのに何故僕はフォートレストータスを両断できた? 答えはこの剣だ」
エイジはフュネスに向けて剣の切っ先を突き付けた。
戦場からそのまま携えてきた魔剣キリムスビ。
「この剣で、フォートレストータスを斬り裂いたというのか? こんな聖剣でもないナマクラ剣で?」
「ナマクラとは失敬な。これこそ僕が聖剣院を離れて見つけ出した答えだ。聖剣以外でモンスターを倒せる剣。聖剣を超える剣」
魔剣。
「僕はこの剣でモンスターを倒した。聖剣院にとっては聖剣こそが自分たちの寄って立つところ。その聖剣がまったく関わらなかったこの戦いに、やはり貴様らがご褒美をもらう理由などない!」
物乞いを追い払うような決然さでエイジは告げた。
「そうよ! どれだけ屁理屈言おうと、聖剣院は何の役にも立たなかったのよ! 尻尾を巻いてさっさと帰りなさい!」
サラネア姫も一緒になってフュネスを攻撃した。
もはやこの場の勝敗も決したかに見えた。
しかし……。
「もういい……!!」
追い詰められれば激発する者もいた。
「これ以上バカと話をしても疲れるだけだ。もういい! 理屈が通じないなら力づくで正義を押し通すだけだ! エイジ! お前を斬り刻んで引きずりながら聖剣院に持ち帰ってやる! そのバカ姫諸共な!!」
白の勇者フュネスの利き手から、純白の炎が上がった。





