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10 追いつくしがらみ

 アイアント襲撃騒動からほんの数日。

 エイジの生活は、それ以前とほとんど変わりなく過ぎている。


「エイジ! 喉渇いた水持ってこい!」

「エイジ! 小腹がすいたパン買ってこい!」

「エイジ! 甘味が欲しいハチミツ買ってこい!」


 と坑道エリアの先輩ドワーフからいつも通りの使いっ走り扱い。


「…………」

「…………」

「…………ッ!」


 が。


「すみませんでしたッ!」

「オレら生意気言ってました! エイジさん顎で使おうなんて百年早かったでした!」

「酒ですお納めください!」


 さすがにエイジがアイアントを倒した事実が、まったくの無影響で終わることはなかった。

 その英雄的成果、獅子奮迅の戦いの様相はドワーフたちの口を渡って集落中に広がり、知らぬものは一人もいないというほど。


 自然、坑道内でのエイジの地位も鰻登りだった。


「やめてください! 跪かないでください! 今でも僕は坑道エリアで一番新入りに下っ端なんですから!」


 そう思っているのは本人だけである。

 ドワーフたちの瞳は、既に尊敬の輝きで眩しいほどであった。


「そんなこと仰らずに! お疲れでしょう肩を揉ませてください!」

「イスを用意しましたお座りください! 何ならオレ自身がイスになりましょうか!?」

「これから坑道掘り進めますけど、右と左どっちに向けて掘りましょうか!?」

「ご指示をくださいアニキ!」


「アニキ!?」と、激変してしまった自身の環境にエイジはただただ困惑する。

 そんな様子を、ギャリコは諫めるでもなく助長するでもなく見守るのみだった。


「仕方ないわよ。ドワーフはただただ単純なんだから。一月もしたら皆忘れて元の状態に戻っているわよ」

「一月もかかるのか……!?」


 エイジにとって唯一の救いがあるとすれば、集落中に広まったのはアイアントとの奮戦の模様のみで、核心的な秘密――、エイジが元は聖剣院の勇者だったという経歴は、依然秘密のままということだった。


「それまで明らかになったら、こんな騒ぎじゃすまないでしょうね」

「本当バラさないでよ。そこまで明らかになったらきっと僕、集落にいられなくなる」


 アイアントの一件を通してギャリコだけがその事実に気付けたのは、五年前に現役勇者だったエイジに助けられた過去があったからこそ。

 同時に「命を助けられたんだからきっかけなくても思いだせよ」とツッコミ受ける事案でもあった。


「いいわよ。恩人の頼みは受け入れてあげないと。それに……」

「それに?」

「二人だけの秘密があるって、なんか素敵かなって……!」

「?」


 そんなエイジとギャリコの様子は、当然同じ職場のドワーフたちにも目撃されて……。


「エイジのアニキ、なんかスゲェぞ!」

「いつの間にお嬢とタメ口で話せる仲に……!?」

「もしかして二人はそんな関係に!? ウチの集落でトップテン入り美人のギャリコお嬢を落としちまうなんて人間族ハンパねえ!」

「いや!人間族じゃなくて、きっとエイジのアニキが凄いんだよ! オレ一生アニキについていくぜ!!」


 単純なドワーフたちは、単純であるがゆえに燃え上がりようは盛大。

 いまや坑道エリアにおけるエイジの株価は最高値を更新しようとしていた。

 そこへ、新たな問題が舞い込む。


「大変、大変だー!」


 坑道入口の方から、エイジには見慣れぬドワーフが転がるように駆け下りてきた。


「誰だ……!?」


 エイジが見知らぬドワーフということは、坑道エリア担当外のドワーフということだろう。

 普通、担当外のドワーフが坑道内まで降りてくることはない。坑道は危険な場所だからだ。


 その非条理を押して外のドワーフがやって来た。

 そのこと自体がただならぬ気配を告げていた。


「どうしたの……!? まさか、またモンスターが!?」


 ギャリコの推測に、坑道中の緊張が跳ね上がる。

 問題の飛び込みドワーフは、汗をいっぱいに含んだ髭を搾りながら言った。


「いいや、違う。でもモンスターと同じぐらい厄介かも知れねえ、アイツら……」

「アイツら?」

「それで親方が、エイジを呼んできてくれと。アイツらを何とかできるならエイジしかいないって……!」

「だからアイツらって誰のことなのよ? 勿体つけてないでハッキリ言って!!」


 ギャリコから迫られて、当人もやっと核心の部分を告げていないことに気づき、声を改めた。


「アイツらは……、人間族だ。人間族の軍隊だ!」


              *    *    *


 エイジとギャリコが共に坑道から出て駆け進む。

 集落の外れまで到達すると、たしかにそこにいた。ドワーフとまったく毛色の違う整然とした鎧を着こむ集団が。

 数十人規模が、綺麗に列をなして並んでいる。

 パッと見の体型からしても短身太身のドワーフとは違うと一目でわかる。あの太さ高さあらゆる面から見て平均的な体格は、まさしく人間族の特徴そのものだった。


 そんな人間族の兵士と思しき者が、ドワーフの代表であるダルドル親方と何やら押し問答していた。


「我々の目的はただ一つである。剣の最強たる覇勇者様の探索。そのために集落を検めさせよと命じている」

「そんなことできるわけないだろう。テメエらみてえな物々しい連中に仕事場へ踏み込まれちゃ作業ができなくなっちまう」

「聖剣院より賜った我らの聖務の前では、薄汚いドワーフの作業など中止して当然である。速やかに我々の覇勇者様探索に全面協力せよ。さもなくばこんな小集落、探索のついでに踏み潰してもよいのだぞ」


 人間族の兵士がダルドルへ示す態度はあからさまに横暴なものだった。


「アイツら……ッ!!」

「エイジ?」


 エイジから発せられる怒気。

 普段怒ることなどまったくないエイジのまったくない彼の異変に、ギャリコは戸惑い恐れる。


「こんなところまで来て人間族の恥を晒すのか!? 一発殴って追い返して……!!」


「おやめなさい!!」


 エイジが飛び出そうとするその寸前、別の方から発せられる声が、集落端の険悪な空気を吹き飛ばした。

 整列する人間軍の中で際立つ、美麗なる女戦士がいた。


 他の兵士より一際綺麗な鎧をまとい、表情も一兵卒にはない凛々しさを称えている。

 あれほどの気迫、あれほどの凛々しさを持ちながら、ただの兵士ではあるまい。

 しかも男でなく女であることから、視線を逸らすことのできない華やかさまで備えていた。


「その言い方はなんですか!? 我々は窺いもなく押し掛けた側、礼を欠いているのはこちらです。まずは非礼を詫びつつ協力を要請しなければ、スムーズに進むものも進まなくなってしまうではないですか」

「しかし勇者様……!?」


 勇者様、と兵士は言った。

 親方ダルドルに対して居丈高に振る舞っていたのが、オオカミに唸られたキツネのような卑屈さである。


「ここでドワーフごときに舐められては、聖剣院の威厳が……!」

「誰彼かまわず威張り散らすことで示せる威厳などありません。聖剣院の威厳は、悪しきモンスターを打ち砕いてこそ示せるのです」


 鎧をまとった女性は清く凛々しく剣気を発し、部下であろう人間の兵士どころか、居合わせたドワーフまでをも畏怖させる。


「あの人……! 一体誰……!?」

「アイツ……!」


 呟くギャリコに答えるかのように、エイジもまた呟いた。


「勇者になったのか……、セルン」

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