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104 要塞亀

 こうしてリストロンド王国を襲うモンスターの対処はエイジに一任されることとなった。

 エイジは早速ギャリコを引き連れて、モンスター撃破の準備へ向かう。


 パーティの一人であるセルンは、残念ながら戦闘禁止と言うことで留守役となった。

 その代わりと言うところか、セルンは国王ディルリッドと王女サラネア親子にピッタリと寄り添うことになった。

 念のための護衛という形だった。


 しかし何故護衛する必要が出てきたかと言うと……。


「やはり、王宮へ戻られた方がよいのでは? モンスターとの戦いは何が起こるかわかりません。充分に距離をとっても、目の届く範囲にいるというだけで危険は払拭できません」

「いいや、絶対に見届けなければならん」


 王は、悲壮な決意を固めていた。


「我が国の命運、それが決まる瞬間を、余はこの目でしっかりと確認しなければならん。それが支配者として、この国を過去歴代の尊王たちから受け継いできた余の義務なのだ」

「私も、王女としてこの戦いを最後まで見届けるわ……! 私自身の未来に関わることでもあるんだから……!」


 国王親子はそう言って、王宮にて報告を待つことだけをよしとしなかった。

 出発間際のエイジたちと散々に押し問答した挙句、セルンが護衛につき、充分に安全と思われるほど距離をとって観戦することとなった。


 今、王と王女が勇者セルンを伴って立っているのは、標高高い山岳より突き出た、切り立った断崖。

 そこは人の手によって綺麗に整えられ、一種の展望台に仕立て上げられていた。


「ここがリストロンド王国随一の景勝地と称えられるミオラ山ですか……!」

「そうよ、そしてここが王家所有の特別展望台。ここからなら、遥か遠くのモンスターとの戦いも安全に見届けることができるわ……!」


 そんなリストロンド王家自慢の展望台も、今回のモンスター災禍によって手放すことになる。

 件の、聖剣院との交渉によって明け渡さなければならなくなった領地こそが、ここミオラ山なのだから。


「この王家所有展望台は、五代前の芸術王スピラノが建てた、歴史的にも価値ある建造物。特別な日には一般市民にも開放し、多くの人々から愛される場所なのだが……!」


 実際、名所旧跡というのは、その国の人々の誇りの拠り所となることが多い。

 その場所を奪うことは、人々の誇りを奪うことと同意にもなりうる。


「聖剣院のヤツらは、それを我が国から奪い去ろうとしている……! そんなことになるぐらいならモンスターに踏み潰されて更地にしてしまう方がましだわ!!」


 国王親子の聖剣院への憎悪は、形となって目に見えるほどだった。

 セルンは聖剣院に属する一人として、そんな王たちに同意する気持ちと恥じ入る気持ちで実に複雑だった。


 とにかく、この展望台からならば遥か遠くの平地で行われる、エイジと覇王級モンスターとの戦いを充分安全に見届けることができる。


「……で、あのエイジという御仁はいずこに?」

「恐らくあの辺りではないかと」


 セルンは、展望台の向こうに広がる雄大な風景の、平野部の辺りを適当に指さす。


「フォートレストータスの予想進路から、もっとも余波被害の少なそうな平地を割り出し、そこで迎え撃つことになりました。あとはモンスターの方が、そこへやってくるのを待つばかりです」

「そうか……! 我が国の命運が、我が娘の純潔が、この戦いの勝敗にかかっているというわけだな」


 王は重々しく言った。

 戦いの結果によって、彼が進む未来は大きく違ったものとなる。沈鬱となっても仕方のないことだった。


「……だが本当に、あの者はやってくれるのだろうか?」


 それはもちろん、エイジに対する心配だった。

 これから最前線にてモンスターと斬り結ぶ、無名の剣士エイジ。


「本当に彼がモンスターを倒してくれるというのか? 勇者でもない、ただの人が……!?」

「セルン、勇者であるアナタがあまりにも強く太鼓判を押すから了承してしまったけれど、やっぱり不安でしょうがないわ。リストロンド王家の命運を、ただの人に任せてしまうなんて」


 国王親子には、いまだエイジの正体は明かされていない。

 エイジの手にかかれば、覇王級モンスターですら赤子の手を捻るように粉砕できる根拠も説明されないまま。


「セルン、やはりどうしても説明してくれないの? あのエイジがどういう人か?」「すみません」


 セルンとて、洗いざらい明かして王女たちを安心させたい気持ちは強いが、それ以上にエイジ本人の気持ちもよく知っているのが辛いところ。


 王族とか、豪商とか、とにかくそう言った社会的地位を持つ者に関わりたくない、絶対に。

 常にそう思っているエイジなのである。


 セルンも、エイジやギャリコとの旅を始めた当初はそうした機微に思い至らず、口を滑らせそうになったことも多かったが、今ではようやく学習できた。

 ということで、一生懸命慣れない弁舌を駆使して、秘密を隠し通そうとするセルンだった。


「ですが、これだけは確実に言えます。エイジ様は必ずモンスターに勝ちます! 勝って、アナタ方に降りかかる理不尽を一つ残らず払いのけてくださるでしょう!!」

「凄い自信だな……!?」

「聖剣も持たない一般人に、何故そこまで……!?」


 セルンが自信満々なのはいいことだが、その根拠の見えない自信に命運を託さなければいけない側は堪ったものではない。

 今はただ、神に縋る思いでエイジに縋るしかない国王親子だった。


「事ここに至っては腹を括るしかない……!」


 国王の腹に力を入れた声が響いた。


「彼は必ずモンスターに勝って、この危機から我々を解放してくれる。聖剣院に一泡吹かせてやるのだ!」

「そうですお父様! 聖剣院なんかへの奉公を逃れられるなら、いっそあの人のお嫁さんになります! 救国の英雄ならばそれぐらいの褒賞は当たり前よ!」


 お姫様は軽はずみなことを言う。


「そのためにもあの変な人にはモンスターを倒してもらわないと! それで肝心のモンスターはいつになったら来るのよ!? 全然姿が見えないじゃない!!」


 展望台から覗く広大な風景を前にサラネア姫は言った。

 本日の天気は快晴。

 地平の向こうに折り重なる山々のコントラストは、リストロンド一の景勝地に相応しい雄大さ。

 そこに禍々しいモンスターの影あれば、絹織物にたらした染みのごとく目につくはずだった。

 しかし見当たらない。

 それともこのような遠景では、人間そこらの大きさなど見分けはつかないということか。


「いいえ」


 セルンが訂正する。


「モンスターは既に、ここからハッキリ見えています。我々はその姿を、その目に捉えています」

「ええッ!?」


 言われて姫は、ますます食い入るように遠景に凝視する。

 しかし、やはり目標は発見できないようだ。


「どういうこと!? やっぱりこんなに遠くからじゃ、モンスターが小さすぎて景色に紛れてしまうの!?」

「逆だ」


 父であるディルリッド王も、サラネア姫に発見のヒントを与える。


「遠すぎて発見できないような距離なら、最初からこの展望台を観戦場所には選ばぬ。ヤツは巨大なのだ。あまりにも巨大なのだ。だからこそこんな高い山に登って見下ろすだけで、ヤツを確認することができる」

「え……?」

「見るのだ、姫よ」


 王が指さす先には、やはりただの風景しかなかった。連なる山々がただひたすらに雄大だった。


「でもお父様、そこには山しか……!?」

「そうだ、山だ」


 巨大な山。


「その山のように巨大なものが覇王級モンスター。フォートレストータスの全体なのだ……!!」


              *    *    *


 フォートレストータスは、全モンスターの中でも最大級を誇ると言われている。

 頭から尾までの長さは、大都市の全面積から溢れるほどだとされ、全高は山一つに匹敵する。

 全体的な体積も山そのものであり、サラネア王女でなくとも多くの人々は山だと見間違う。


 本物の山との違いは、移動すること。


 ゆっくりとではあるが前進し、ただ前進しかしない。

 曲がる必要がないからだ。

 全モンスターの中でも最大級を誇る体躯には、それを押し留める障害物など存在しない。


 だからこそそのモンスターは、進路上にあるものは街だろうと村だろうと等しく踏み潰し、壊滅させて前へと進む。

 前にしか進まないから、進路も簡単に予想できる。


 リストエンド王国が滅亡するのは、たまたまフォートレストータスの前方にあったから。

 ただそれだけのことだった。


              *    *    *


「……あれが、モンスターだって言うの!?」


 やっと目標モンスターを確認できたサラネア姫は、その想像を絶する異形に瞠目するばかりだった。


 山が、気をつけて観察しなければわからないほどの微速ではあるが、たしかに移動している。

 巨大な、山と見紛うほどの亀の甲羅。


「フォートレストータスは、亀形のモンスターです。ただし山のように大きな、巨大亀」


 その甲羅は苔生し、樹木まで生え、そこに住む鳥までいるという。

 だから余計に注意しなければ山と見間違う。


 移動する山。

 進路上にあるものをすべて踏み潰していく。

 特大質量の大災害。


「それがフォートレストータス。全モンスター最大級の体格をもって、最強候補に名を連ねるモンスターです」


 最大と最強は、同義になりえる。

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