101 空白の王都
「それで……」
話がまとまり、リストロンド王国に迫る覇王級モンスターを退治することとなったエイジたち。
率先して言い出したのはセルンだが、当然他の者にも否やはない。
エイジにとってはモンスターを倒すのが存在意義のようでもあり、ギャリコはそんなエイジを鍛冶でサポートするのが今では存在意義のようなものだった。
女商人クリステナにしても、商会の本拠地があるリストロンド王国が壊滅しては破産どころの話ではない。
「どうしましょう! どどどどどどどっどうすれば!?」
陰に隠れていたクリステナも、今では人目もはばからず大慌てだった。
「それよりも」
こうした中でやはりというか、もっとも冷静なエイジ。
「覇王級モンスターの進路を予測したと言っていたな? もしかして王国にいつごろ到達するかとかも予測できているのか?」
「あ、ああ……?」
質問されて、騎士たちが戸惑いがちに答える。
「王宮学者の分析では、首都に到達するまでにあと十日。領土最外縁の村落が、あと四日ほどで踏み潰されるとのことだ」
「首都に十日……!? 思ったより余裕がありますね……!」
日数を聞いてホッと胸を撫で下ろすクリステナ。
「それならば、やはり一度首都へ向かいましょう。本店に行って避難状況を確認し、家財をどうするかお爺さまに相談して……」
「それよりも……!」
エイジが、右往左往するクリステナを抑えていった。
「リストロンドに迫っている覇王級モンスターは、フォートレストータスだな?」
「「「「!?」」」」
エイジの推察に、サラネア姫や騎士たちが驚きに硬直する。
「……たしかにそうよ。私の愛するリストロンドの国土や民を蹂躙しようとする憎きモンスターは、フォートレストータスよ!」
「しかし何故、ヤツが相手だとわかったのだ?」
姫も騎士も、襲ってくるのは覇王級モンスターと明かしただけで、明確な種は一言も言及していないはずだった。
「予想進路なんてものを簡単に割り出せるモンスターなんて、そう多くない」
エイジはこともなげに言った。
「そうですよね。大抵のモンスターは神出鬼没で、いつどこに現れるか予測などできません」
「それでも色々な特徴から、どのような進路を取り、どう進むか予測できるモンスターも何種かいる。さらに進行速度などからどの地点にいつごろ到着するか、そこまで正確に推測できる覇王級はフォートレストータス以外にない」
ハルコーンのように稲妻のごとく急襲してくるモンスターもいれば。
アイスルートのようにひたひたと忍び寄ってくるモンスターもいる。
レイニーレイザーのように翼持ち、天を自由に舞うモンスターなど、いつどこに現れるか予測不可能だろう。
「フォートレストータスは、そう言った連中に比べればわかりやすい、ということだ。ただし、そのわかりやすさこそがアイツの最大の恐ろしさだ」
「またしても厄介なヤツと出会いましたねエイジ様……!」
モンスター退治の専門家として、勇者の直感が冴え渡っていた。
「アレを相手にするとなれば、たしかにグランゼルド殿にお出ましいただかなければどうにもならないだろう。同じ覇王級でも、アイツの強さはトップクラスだ」
覇王級はモンスターを分類する中で最強格の位置づけであるが、最強階級であるがゆえにその内部でも強さがピンキリに分かれる。
レイニーレイザーのように勇者級程度の強さしかないのに別の理由から覇王級にランク付けされるようなモンスターもいれば。
ハルコーンやデスコールと言った正真正銘の強者もいる。
「フォートレストータスは覇王級の中でも最強候補の一角です。今まで以上に気を引き締めてかからなければ……!」
「しかし時間的余裕があるのがアイツと戦う時のいいことだ。最初の村を潰すまでにも四日かかるというなら、ここはやはりリストロンドの首都に向かおう。そこで出来る限り情報を集める」
既にエイジたちのいる位置からリストロンドの首都までは一日かからない距離であったため、サラネア姫や騎士たちと共に首都へと向かうことになった。
サラネア姫も、やぶれかぶれでモンスターに特攻する気も失せていた。偶然にも聖剣院の良心セルンに出会えたことが、状況全体へプラスに働いた。
「しかしエイジ様……!」
首都へと向かう道すがら、セルンはエイジに語りかける。
「私はいまだに信じられません。聖剣院が自族の王国を救うために、そこまであこぎな嫌がらせをするものでしょうか?」
「…………」
若く可憐なセルンらしい疑問だった。
「前の話にもあったように人間族は世界中に流通する商品の仲介をすることで利益を得ています。大きな王国は、その流通網のセンター的役割を担う。リストロンド王国はその中でも特に大きな中継地点です」
そのリストロンド王国が滅びれば、人間族全体が被る被害は計り知れない。それを守れなかったとなれば聖剣院は世界中から批判の袋叩きに会うだろう。
「聖剣院自身にとっても、この件は死活問題です。もし失敗したら己の存続に関わるというのに……!」
「それでもヤツらは、確信しているのさ」
吐き捨てるようにエイジは言った。
「自分たちが誰からも見捨てられはしないと。どう見方を変えてもモンスターが人間族にとって最大の脅威であることは違いないし、それに対抗できるのは聖剣だけだ」
聖剣院が聖剣を管理する限り、人々は聖剣院に頼る以外生き残る方法がない。
だから致命的な失敗を何度繰り返しても、聖剣院はその存在価値を失うことがないと確信している。
だからこそ現実問題よりもみずからの欲望をいくらでも優先できる。
それが聖剣院だった。
* * *
半日ほどかけて、エイジたちはリストロンド王国の首都に到着した。
「想像したより、随分と寂しいな……!」
首都と言えば、国内でもっとも繁栄し、賑やかである場所。
しかしエイジたちが、その目で見たリストロンドの首都は、人もまばらにしかおらず、荒涼とした辻風が吹き抜けていくばかりの寂しさだった。
雰囲気的には大都市よりも小村と言った風だが、街自体の規模が大きいため人がいないことでガランとした余計に強い。
「既に避難しているのよ」
同行するサラネア姫が言った。
「フォートレストータス襲来が明らかになってから、お父様はすぐさま避難勧告を出したと言ったでしょう。住民の大半は、モンスターの予想進路外にある街へ移動してもらったわ。あとは諸々の理由で僅かな人数が街に残っているだけ」
「避難直後にしてはパニックの形跡がまったくないな。無人の店先も綺麗なものだ」
ここまで完璧かつ速やかな避難を、緊急事態の最中に行えるのは指導者である王だけでなく、民もまた高い意識を持って行動している証拠だった。
「尊い国だなリストロンド……。モンスターなんぞに滅ぼされるのはあまりに惜しい」
「当然よ。この国の王女に生まれたことは私にとって最大の誇りだわ」
サラネア姫が、挑戦的な口調で言った。
「リストロンド王国は、数ある人間の王国でも特に古い歴史を持っているの。長く続くからこそ大きく繁栄し、商業だけでなく武力でも、周辺国から一目置かれているわ」
「リストロンド騎士団は有名ですからね」
とセルンが話に加わった。
リストロンド王家が率いる騎士団は規模も大きく、個々の勇猛さでも知られるという。
国内各地でモンスター出現の報を受ければ、聖剣院に届け出ることなくみずから出陣するとか。
「無論、聖剣なくばモンスターを倒すことはできませんが、死力の限り抵抗して追い払うぐらいなら、精鋭集団をもってすれば可能です」
リストロンド騎士団は、そうした手段を用いて国内に起こる兵士級、兵士長級モンスターの暴威を退けてきたという。
彼の国は実際に、他者に頼りより前にみずからの力をもって害悪へ対抗してきたのだ。
「おかげで周辺国からも評価を受け、腰の重い聖剣院よりも頼りにされることが多くなったわ。案外、今回の聖剣院の嫌がらせにも、そのことが関わっているのかも……」
兵士級なら何とか追い払える騎士団も、覇王級が相手ともなればお手上げ。
唯一の対抗手段たる覇勇者に縋るより他ない。
それが今の、リストロンド王国が立たされている苦境だった。
「エイジ様!」
女商人クリステナがエイジたちの下へ駆け寄ってくる。
「申し訳ありません……! ここからは私、別行動をさせてください……!」
「どうした?」
「お爺さま……、いえ商会長がまだ街に残っていまして、最後まで責任もって商会を見守ると言いまして……!」
クリステナは、ドワーフの都から買い付けてきた商品の扱い、自分自身の避難などを商会長と相談して決めるのだという。
「悪いが大将、オレも一回離脱させてもらうぜ」
レストも駆け寄ってきた。
「商会が、オレの家族も従業員と一緒に避難させてくれたらしい。もう少し詳しい話を聞いてから、また合流するぜ」
「わかった。しっかりと奥さんたちの無事をたしかめてこいよ」
こうしてこの場に残ったのは、エイジ、セルン、ギャリコの定期メンバーと、出会ったばかりのサラネア王女のみ。
「じゃあ王宮へ向かいましょう。何か新しい情報が入ってきているかもしれないし。青の勇者が来てくれたことを皆に知らせて元気づけてあげたいわ」
「わかりました、共に参りましょうリストロンド王宮へ」
こうしてエイジたちは王宮へ向かうことになった。
迫りくる脅威を打ち破らない限り滅亡が確定した王国の攻防が、もうすぐ始まる。





