100 勇者の謝罪
「なんと苛烈な……!?」
リストロンド王国の姫サラネアの放った言葉に、エイジたちは感心する以上に畏怖を覚えた。
「みずから死ぬことで、聖剣院の傲慢を世界中に知らしめるというのか……!?」
「そうよ! でもそれだけじゃない。人々の勇気を呼び覚ましたいの!!」
「勇気……!?」
今この世界で、どれだけの人類種がモンスターに正面から立ち向かうことができるだろう。
神より与えられし聖なる武器でしか倒せないモンスター。
人々はいつしかその事実に諦めを覚え「逃げるしかない」「屈服するしかない」と当たり前のように思っているのではないか。
モンスターの頂点に君臨する覇王級相手ともなればなおさらに。
「それに真っ向から反抗しようというのか……!?」
「私だって現実は見えているわ……。私みたいなか弱い女の子が立ち向かったところで、モンスターに勝てっこない。恐らく一瞬のうちに殺され、この身は粉々となるでしょう」
それでも……。
「諦めようと達観しようと、モンスターはこっちの都合におかまいなく襲ってくる。私たちは、それに抗わないといけないの! もっとも頼りとすべき聖剣院が傲慢で腐り果てたからには、みずからの手と足で戦わないと!!」
「…………」
「この私が先頭に立ってそれを示すの! たとえ死んでも、聖剣院の奴隷になって惨めに生きるよりはマシよ! 人間族全体を覚醒させる犠牲になる方が遥かにマシだわ!!」
嫁入り前の女の子が放つにしては、あまりにも苛烈なものの考え方だった。
「これが王族の考え方か……!?」
そう評価するより他なかった。遥かな過去より連綿と血統を受け継ぎ、徹底的に鍛え上げられた義務感で強制された無私なる存在。
それが人間族にだけ存在する、王族と言う人種だった。
「うう……、姫様……ッ!!」
「おいたわしい……! しかし、それ以上にご立派な……!!」
元々リストロンド王国に忠誠を捧げている騎士たちなど感涙にむせび泣いている。
「…………どう思うよ、大将?」
レストもさすがに戸惑いながら、かつての上司に意見を求めることしかできなかった。
「無謀だ」
エイジも、そう言い捨てるしかなかった。
「命を力にできようと、出来ることには限りがある。覇王級モンスターに太刀打ちできないのは無論のこと、その死をもって人間族全体を覚醒させるなんて、そんなことが可能なのか……!?」
むしろ、結局「人類種など何をしようとモンスターには勝てない」という事実を再確認する結果となり、諦めを助長させるだけではないか。
「だったらやっぱり、聖剣院に私を捧げて慈悲を乞えとでもいうの!? 私たち人間はアイツらの気まぐれに振り回されながら生きるしかないというの!?」
「それは……!」
言葉に詰まるエイジだった。
当然彼の、その問いに対する答えは「否」だ。
そうでなければ与えられる覇聖剣を拒否し、聖剣院から脱退などしない。
「エイジ様。何を迷う必要がありましょう」
戸惑うエイジを咎める声は、澄んだ女性の声だった。
「セルン……!?」
「今、私の胸中は恥じる思いでいっぱいです。みずからが所属する聖剣院が、これほど腐り汚れきっているとは……!!」
セルンの吐いた言葉の一部に、サラネア王女は「え?」と反応する。
「アナタ今なんて言ったの? たしか『聖剣院所属』って……!?」
「申し遅れました姫君。名乗らせていただきます」
セルンは、王女から身を離すと、礼儀に則って真正面に立った。
「私の名はセルン。聖剣院より青の聖剣を賜った青の勇者です」
その手から青い炎を放ち、その中より切っ先から刀身まで真っ青に輝く剣が現れる。
それこそ聖剣院が管理する一と四振りの剣の中の一振り。東方を守る建前を課せられた青の聖剣だった。
「ヒッ……!?」
その真っ青な刀身を見て、サラネア姫は喉の奥から奇妙な音を放った。
当然それは、嫌悪の情が出したものだろう。
「アナタ……、聖剣の勇者……!? じゃあ、聖剣院の意思で……!?」
「違います。本来勇者は、何処にいようと文句を言われぬ存在。使命であるモンスター駆逐を果たすため、みずから獲物たるモンスターや、救うべき人々を探し求めて世界中を放浪するのは、むしろ自然なことなのです」
それも今や形骸化した建前となっているが。
「今ここでアナタたちと遭遇したのも、数奇な偶然と言うしかありません。しかし私は、その偶然を幸運と呼びたい。己が所属する聖剣院の罪科を、この手で贖う機会を得たのですから」
「罪科……!?」
「サラネア姫。聖剣院の所業は、自分たちの権能を笠に着た強請りたかりそのもの。アナタのご指摘はごもっともです。私もまた聖剣院に所属する者として、この恥知らずな行いに汗顔の至りとする他ありません」
セルンは一度聖剣を消し去り、真っ直ぐサラネア姫を見詰める。
「聖剣院一同に成り代わって、お詫びさせていただきます」
そして謝罪の言葉と共に頭を下げた。
深く深く。腰を直角に曲げて、バランスを崩して前のめりに倒れそうなほど頭を下げる。
「ええッ!?」
その態度にむしろ不意を突かれ、挙動不審になってしまう姫君。
「そんな……! アナタ本当に、聖剣院長の命令でここへ来たんじゃないの? 要求を履行させるための、監視役とか何とかで……!?」
「まったくそんなことはありません!!」
叫ぶようにセルンは否定する。
「私自身、聖剣院長の卑劣なる所業に腸が煮えくり返っています! あの人のしたことは、我々自身に対する侮辱です! 私たちが世界中を駆けずり回ってモンスターと戦い、積み重ねてきた勝利を一挙に無意味にしてしまう行為です!!」
セルンがここまで激するのを、エイジはやや意外な思いで見詰めた。
彼女自身真っ当な神経の持ち主であるのはちゃんとわかっていたが、聖剣院に蔓延する腐敗にここまで憤懣を溜めこんでいたとは思わなかったのだ。
「エイジ様!! ギャリコ!!」
「はいッ!?」「な、なにッ!?」
名前を呼ばれてエイジもギャリコもビクリとなる。
「こうなれば我々で、リストロンド王国を襲うモンスターを撃破しましょう! 我々が勝手にしたことならば、王国も聖剣院に見返りを送る必要はありません!!」
たしかにそうではあるが。
「いいのか? 勝手なことをしたら聖剣院長に睨まれるぞ?」
「アナタがそれを言うのですか?」
そこを指摘されるとぐうの音も出ないエイジだった。
「問われるまでもなく、私は青の聖剣を賜った勇者です。聖剣院にて唯一の義人『青鈍の勇者』の後継者です。である以上は、私が従うべきは聖剣院の意向よりもみずからの良心!」
「勝手に後継者を自称しないで!」
「大丈夫セルン!? この旅を経てエイジに毒され過ぎてない!?」
ギャリコも揃って、このセルンの英断というか暴走をむしろ心配するほどだった。
「何なの……? この人たち……!?」
サラネア姫は、ギャリコまで混乱に加わって今や誰からも押さえつけられていないから逃げようと思えば逃げられるが、もうそんなことをせず立ち尽くすのみだった。
完全に敵だと思っていた聖剣院の勇者から、このように熱く救いの手を差し伸べられて、頭が混乱していた。
「……王女様。オレからも恐れながら申し上げます」
一人冷静になれる立場にいたレストが、苦笑交じりに告げる。
「彼女……、セルンのことを信用してあげてください。聖剣院とて全員がクズやバカではない。覇勇者グランゼルド様を始めとし、腐敗しきった組織の中でも世界をよくしていこうともがく者たちが幾人かいます」
「それが……、あの女勇者さんだと?」
「御意」
そうでなけれな、人間族はとっくにモンスターによって滅ぼされているであろう。
「姫様、我々からも申し上げます!」
サラネア姫を追っていた騎士たちも、今は恭しく拝跪する。
「噂話に聞いたことがあります。聖剣院に真っ向から反発し、己が義侠心のみに従って聖剣を振るうという『青鈍の勇者』の噂を!」
「あおにび、の勇者……?」
「御意。聖剣院より青の聖剣を賜りながら、それをただひたすらモンスターを倒すためだけに振るうという……! その実力、モンスターの撃破数、いずれも覇勇者グランゼルドの下に就く四勇者の中で群を抜いて首位!」
騎士たちは一団となって姫君を追っていたが、他の騎士たちも「オレも知っている」とばかりに口々に話に加わる。
「モンスター退治にかかりきりで、社交に出ることは一切なく。その姿、顔かたちを知る者はいない」
「王家が主催するパーティや式典にも出席せず、いかなる王、豪商も会ったことはないという……!」
「かつて我が君、ディルリッド陛下も『青鈍の勇者』を一目見てみたいと面会を申し込みましたが、遠征中とのことで断られたとか」
「姿かたちどころか名前まで伏せられ、にも拘らずその名声は他種族にまで響き渡っている。それゆえ、実力的にもグランゼルド様に次ぐ新たな覇勇者、最有力候補とも言われています」
それが……。
エイジと騒いでいる美しき女勇者を見詰める姫。
「あの女性だというの?」
「いえ、それはまた違う人でしてね……!」
レストの控えめな訂正も、控えめゆえにあまり効果はなかった。
「素性、経歴など謎に包まれた『青鈍の勇者』ですが、まさか女性だったとは……!」
「しかもあのように美しい……!」
取り巻きの騎士たちも、セルンの横顔を見惚れるように見詰めた。
「いや、違くて……!!」
レストの訂正はやはり効果がなかった。
「とにかく!」
セルンが振るって言う。
「天人の下へ向かう前にやるべきことができました! 新たな覇王級モンスターを討ち果たし、リストロンド王国を救う。人間族の王国を守らずして何が人間族の勇者ですか!!」
「わー」
「ぱちぱちぱちぱちぱち」
脱力するしかないエイジとギャリコだった。





