99 姫
エイジたち一行は、リストロンド王国へ向かう途中、謎の一団から追われる女性を行きがかり上助けた。
その助けた女性がリストロンド王国の王女だった。
ここまでの流れを要約するとそういうことになる。
「何故、王女様がこんなところに……!」
呆れるしかないエイジだった。
詳しい事情を聞くと、王女を追いかけていた一団は、王宮に仕える騎士たちであるらしい。
一度はエイジたちにボコボコにされ、それを経て回復はしたものの、念のため剣の類は没収中だった。
「我らリストロンドの騎士が、傭兵相手に蹴散らされるとは……!」
「恥じ入るばかりだが、姫様を確保してくれたのは助かった……!」
今ではすっかり意識も回復していた。
その横で、当のお姫様はまだ諦め悪く、拘束から脱して逃走しようとしている。
「このッ! 私を離しなさい! 王女様よ! この私に気安く触れていいと思ってるの!?」
もちろん身分の貴賤に関わりなく嫁入り前の女性にベタベタ触れては差し障りがあるため、拘束役はセルン、ギャリコの女性コンビにバトンタッチしている。
まだ自称であるとはいえ王女様を縄でがんじがらめにするわけにもいかず、今のところは二人に抑えてもらっている状態だった。
「ねえ、王女ってそんなに偉いの? こんだけ暴れるなら頭殴って気絶させた方が安全じゃない?」
「人間族じゃないギャリコがそう思うのも無理ないですが……、ここは我慢してください! 王族の頭はたいたりしたら国際問題に!!」
女性間でのゴタゴタは置いて起き、エイジたちはみずからボコボコにした騎士たちから聴取を試みる。
「じゃ、色々聞きましょうか」
「別のこのまま自称王女様を引き渡してもいいんだけど。あとになって込み入った事情が明かされたりして寝覚めが悪くなるのも嫌だしなあ」
慎重に判断するエイジやレストだった。
逆にクリステナなどは、下手に王家に睨まれ商売がしにくくなっては損害だと今は身を潜めている。
事情が明かされ、リスクのあるなしが明らかになるまでは傭兵隊長のレストに任せきりにするらしい。
「よかろう」
事情を尋ねられた騎士たちは、意外にもすんなりと答え始めた。
「経緯はともかく、姫を捕まえてくれたのは、お前たちだからな。それに、どの道出会った者には片っ端から注意を与えるよう上から申し使っている」
「注意?」
「そうだ、それが姫の暴走と関わりあることだから、語らないわけにはいかぬ。話を聞いたら、すぐさま姫の身柄を我々に引き渡し、お前たちは元来た道を引き返せ」
「どういうことだ?」
話を聞き、まずレストが真っ先に反応した。
「オレたちはセスター商会に所属する隊商の一行だ。ドワーフ族との商談をまとめ、買い付けた商品を運んで本店へと向かう帰り道。それなのに回れ右しろとは了見がわからん。オレたちに、首都に入るなと言いたいのか?」
「その通りだ」
騎士たちは口々に、驚くべき状況を語り続ける。
「現在、リストロンド王国の首都は非常事態宣言が出されている。住民には避難勧告が出され、続々と脱出中だ」
「何だって!?」
明らかに動揺しだすレスト。首都には彼の妻子がいる。
「何が起こった?」
代わりにエイジが冷静さを保った。
しかし、大方の答えは予想できていた。大都市に避難勧告が出されるとすればその理由は大体一つ。
「モンスターだ。覇王級モンスターの予想進路が、我が国の首都にぶち当たるという観測結果が出た」
「そこで我らが君主ディルリッド陛下は国土全体に非常事態宣言を発令し、首都を始めモンスターの予想進路上にあるすべての街や村に避難を命じた。初動が早かったために避難は問題なく済みそうだが、集落そのものは間違いなく壊滅だろうな……!」
耳を疑う情報だった。
それが本当だとするならばリストロンド王国存亡の危機ではないか。
「聖剣院へは報告したのか?」
エイジが素早く尋ねた。
「相手が覇王級なら、それを何とかできるのは覇勇者グランゼルド殿しかいない。聖剣院にグランゼルド殿の派遣を要請する。早ければ早いほど被害は最小限で収まる」
「…………」
「どうした?」
騎士たちが無言になるのへ、エイジは不快な予感を覚えた。
これまで繰り返し何度も味わった不快さ。
「聖剣院なんて最低よ!!」
そこに、拘束されたサラネア王女が割り込んできた。
ギャリコ、セルンに拘束されながらも力の限り暴れ、まるで見えない何かに噛みつかんばかりの怒声を振り上げた。
「お父様の行動は迅速だったわ! モンスターが発見されて、確認調査から我が国に向かっていることが確認されてから、すぐさま国内全土に状況を知らせた。国民の避難は大臣たちに任せて、ご自身は勇者の助けを得るために聖剣院へと向かわれたの!!」
「たしかに、極めてまともな行動だな」
エイジは素直に感心した。
誰でも正しいとわかる簡単な適切行動でも、非常事態にパニックに陥るべきところを堪えて、淀みなく遂行するにはそれ相応の知力と胆力が必要だ。
「……今生のディルリッド王は、明君としての評判高い御方だ。それくらいの判断は難なくやってのけるだろう」
声は重いが、レストが情報を付け加えた。
それは自分自身へ言い聞かせる言葉でもあるのだろう。それほどの明君が仕切っているのだから、首都に残してきた家族たちもきっと無事に避難している、と。
「でも、聖剣院のバカどもお父様の適切な行動を台無しにしたわ!! アイツらは本当に最低よ!!」
「「!?」」
そこに突如出てきた、エイジたちにとっては古巣への容赦ない罵倒。
エイジたちはもちろん不快さを感じたが、それは古巣が罵倒されたことへの不快ではなかった。
「ヤツら……! 何をしたんだ……!?」
いつの間にか、完全に語り手が騎士から姫君に移り変わっていた。
「お父様が考えられる限り最速で聖剣院に駆け込んだって言うのに……! アイツら、お父様をそのまま三日も待たせやがったのよ! 三日も! 一刻を争うって言う事態の最中に!!」
聞いた瞬間エイジは頭痛に襲われた。
「レストさんや、どう思う?」
「アイツらがまともな理由で人を待たせると思うか? 焦らしたんだろうよ。無駄に待たせて相手を焦らせ、出来るだけたくさんの見返りを強請り取ろうっていう魂胆だろうよ!!」
エイジも、レストとまったく同意見だったため、余計頭痛がした。
視線を騎士たちへ向けると、心底忸怩たる表情で彼らは唸る。
「我が主君は、覇勇者派遣の約束を取り付けるために、毎年聖剣院へ収めている寄付金の三倍の額を新たに寄付すると宣言した……!」
「それだけではない……! 我が国が誇る景勝地、ミオラ山を丸ごとそのまま聖剣院の寺社領として寄進することを約束させられ……! それどころか……!」
まだ何かあるのかとエイジは暗澹たる気分になった。
「……そちらの、サラネア姫を聖剣院に奉公させよと……!!」
「クズどもが……!」
奉公とは名ばかり。
エイジの脳裏に、両生類のように粘ついた聖剣院長の視線が思い出された。
「あのスケベジジイ……! まだ枯れていなかったのか……!?」
「救いようのない下半身バカなのは知っていたが。まさかお姫様までかどわかそうとは。しかも聖剣院本来の使命である、モンスター排除にかこつけて……!」
わかりきっていたことだが正真正銘のクズだと、エイジは胸中で唸った。
「それで逃げ出してきたわけか」
エイジの視線が再び姫に向いた。
「たしかに、あんなクソジジイに汚されるくらいなら逃げ出したくもなるわな」
「見縊らないで。私だってリストロンドの王族として生を受けた身。我が国土と民のためならイヌにだって我が身を差し出すわ!」
聖剣院の連中はイヌ以下だけど、と姫は嫌味たっぷりに言った。
その言動に、エイジは却って彼女に感銘を受けた。
気丈で、かつ誇りある姫様だと。
「それでも! 聖剣院のヤツらは汚すぎるわ! ヒトの弱みに付け込んで、相手の大事なものを根こそぎ奪っていこうなんて!! 剣神アテナは、あんなクソみたいな連中にいい思いをさせるため聖剣を遣わせたの! そうだとしたら正義はどこにあるの!?」
「グランゼルド殿はどうしている?」
エイジの質問に、騎士たちが答えた。
「我が主君から送られてきた急使では、他種族のイザコザの仲裁に出ていると……! 聖剣院長が出してきた無理難題と共に知らせてきた……!」
「だろうな、あの人がその場にいたら、こんな無道がまかり通るはずはない」
エイジは頭の中で考えを巡らせた。
グランゼルドが仲裁に出かけたというなら、それは恐らくゴブリン族とエルフ族のイザコザだろう。
グランゼルドはゴブリン族の覇勇者ディンゴと盟友関係にあり、ゴブリン族とエルフ族は犬猿の仲だ。
「それでも、急使を送ればグランゼルド殿は二日と開けずに駆けつけてくれるはずだ」
「それを止めているのは間違いなく聖剣院長のクソジジイだな。いくらグランゼルド様でも、与り知らない災厄には対処しようがない」
こうして聖剣院の内情を手に取るように把握する二人に、騎士たちもそろそろ不審を抱き始めていた。
鍛え上げられた正規の騎士を難なく一方的に打ちのめす腕前といい、一体何者なのかと。
「それでお姫様、アナタは一体どうするつもりだったんだ?」
王女の憤りに共感できた今、エイジは改めて質問した。
「臣民のために我が身を犠牲にする覚悟はある。しかし聖剣院の無道は許せない。その上で国を飛び出し、騎士と追いかけっこしながらここまで来た目的は?」
「決まっているわ! 誰も正義を示さないというなら、私自身で正義を示すまでよ!!」
サラネア姫は、雄々しく言った。
「私がこの身をもってモンスターに立ち向かうわ! きっと一瞬のうちに粉々に打ち砕かれるでしょう。しかしその死をもって世界中に知らしめてやるわ!!」
正義を。
「我が身をもってモンスターに対抗する勇気を! 聖剣院の不甲斐なさと卑怯さを私の命をもって喧伝してやるのよ!!」





