00 覇者誕生
この世界には、一種の人類種につき一つの神がいる。
人間族を守護するのはアテナと呼ばれる剣神だった。
その神は、襲い来る脅威から人間族を守るために、形ある力を与えた。
聖剣である。
* * *
その日、聖剣院は厳粛なる空気に包まれていた。
何故なら今日ここで、重要なる『試しの儀』が行われているから。
この儀式の結果如何によって、次なる『勇者の中の勇者』が生まれることになる。
儀式への参列を許された関係者たちは例外なく沈黙を強いられていた。
流れ出す汗を拭うこともできず、口内に溜まった唾を飲み込むことすら躊躇される。
彼らすべての視線は一点に集中していた。
『試しの儀』が行われている儀式上の中央。そこには一人の威風堂々とした青年が、剣をかまえて立っている。
その正面にはやけに巨大な球体が、青年と睨み合うような位置に置いてあった。
大きさは、青年とほぼ同じぐらいに巨大。材質は何かしらの鉱石か。
剣をかまえる青年との位置関係からして「さあ斬ってみろ!」と言わんばかりの巨大鉱球だった。
スッと……。
息を吸う。
そして吐く、と思う一拍先を走って……。
ザンッ。
という手応えと共に巨大鉱球が真っ二つに割れた。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」」」」」
同時に沸き起こる歓声喝采。
周囲で見守る参列者たちが、長く強いられてきた緊張から解放されたように騒ぎ出す。
「見事! 勇者殿!!」
参列者の中でも一際年老いて偉そうな人物が、青年へと歩み寄る。
やたらと馴れ馴れしく。
「剣神アテナが聖剣と共に与えたもうた神剛石の鉱玉を断ち割る方法はたった一つ! 聖剣にて繰り出される究極至高の一太刀のみ!!」
その老人――、聖剣院の院長は、年甲斐もなく浮き立っていた。
それもそのはず。今まさに、自分の権力をさらに強化する手駒が、また一つ出来上がったのだから。
「即ち! 究極ソードスキル『一剣倚天』! その最高奥義をもってしか神剛玉を断ち割ることはできない! それがどういうことかおわかりかな参列者の皆様!?」
喜びに沸き立っていた観衆たちはピタリと静まり、厳粛な雰囲気を取り戻した。
それは院長の呼びかけへの肯定的な対応であった。
「ここにいる若き勇者エイジ殿は、今まさに『一剣倚天』を会得したということ! さらに、それをもってすべてのソードスキルを修得完了したということ! 全ソードスキルを網羅せし、ソードスキルの覇者……。つまりは覇勇者!!」
しかしすぐ、我慢できぬというかのように再び喝采が湧きだした。
もはや厳粛な式場はお祭り騒ぎの体だった。
「今まさに、勇者エイジは勇者を超える覇勇者になった! ここに参列する皆さま一人一人がその証人です! どうか新たなる覇者、新たなる英雄に、惜しみない祝福を!!」
ただでさえ煩かった拍手が、益々煩く打ち鳴らされる。
その中でたった一人、静寂を保つ人間がいた。
剣を下げたまま、何も言わずに佇んでいた。
「では勇者殿、見事試練を仕遂げたからには、次なる段階に進むとしましょう」
「…………」
恭しく語りかける院長に、彼はやはり何も応えない。
「アナタは、すべてのソードスキル修得を完了し、剣の覇者となられた。よって、今アナタが握っている青の聖剣は、もはやアナタに相応しくない」
「…………」
「速やかに我ら聖剣院へご返却いただきたく」
脇から慎ましやかに、侍従が出てきた。
彼は何も言わず、すぐさま持っていた剣を手渡した。
彼はそこで何も持たぬ徒手となった。
「しかし心配はござらぬ! 何故なら覇勇者となったアナタには、より相応しい聖剣! 聖剣の中の聖剣! 覇聖剣を所有する資格を得たのですから!!」
別の方向から別の侍従が、これまた慎ましやかに出てきて、その手にはさらに別の聖剣が、恭しく握られていた。
それこそ覇聖剣エクスカリバー。
先ほどまで彼が握っていた聖剣とはまるで違う。輝きの強さも、放たれる神気も、ただの聖剣より段違いに上だった。
「この覇聖剣の所有者になった瞬間、アナタは人間族最強の守護者となります。いかなる時も人間族を守るために陣頭に立って戦い、恐るべき魔物どもに必ず勝利しなければなりません。その覚悟はおありかな?」
ちょっぴり脅しかけるような院長の問い。
彼の返答も待たずに、院長は話しを続ける。
「聞くまでもない! この勇者エイジ殿は、これまでも勇者として何百万という魔物どもを聖剣にて両断してきたのです! そのエイジ殿が覇聖剣を手にすれば、斬り伏せられる魔物は何千万ということになりましょう! まさに人類最強の守護者!」
「新しい覇勇者よ万歳!」
「覇聖剣の新たなる所有者万歳!」
「聖剣院に栄光あれ!」
「人間族に永遠の繁栄を!!」
周囲から様々な種類の喝采が飛んだ。
今日は彼らにとってまさに記念すべき祝いの日だった。
勇者は、モンスターへの対抗手段というだけでなく、他種族との抗争を圧し、人間族の中での聖剣院の権力をますます増長させることだろう。
今の時点で、各都市の市長も、王ですら、聖剣院に文句ひとつ言うことができない。
若い新しい覇勇者が誕生することで、聖剣院の天下はこれからもまだまだ続くことになる。
そう思われた時だった。
「では勇者エイジ殿、覇聖剣を受け取りなされ」
「嫌です」
「は?」
その場で初めて口を開いた彼の名は、エイジといった。
両手両肩には、まだ神剛玉を叩き割った反動のしびれが残っていた。しかし体全体は躍動の名残を覚えていて、奥義修得の気分はいい。
「エイジ殿……? 今何と仰られた?」
「覇聖剣などいらない、と言いました」
会場内が、一瞬にして硬直した。
一体何を言い出すのか、と。
「僕が聖剣院に入ったのはあくまで、すべてのソードスキルを修得することが目的です。たった今『一剣倚天』を修得して、僕の目的は達成された」
だからもうこの場に彼の用はない。
「僕はこれにて、聖剣院より退院させていただきます。これまでお世話になりました」
「待たれよッ!!」
大急ぎでエイジへ呼びかける院長。
去りゆく背中に縋りつかんばかりだった。
「すべてのソードスキルを備えた者にとって、覇聖剣の所持は義務ですぞ! そんな我がままが許されるものですか!? 力ある者には義務があるのです! アナタの義務は、覇聖剣をもって人間を守るために戦うことです!!」
「聖剣院を守るために、ではなく?」
エイジから吐き出されるちょっとした皮肉に、院長は怯んだ。
「言われっぱなしなのは癪だから、お答えしましょう。僕も、力ある者の義務を怠るつもりはありません。聖剣院にて培ったこの力、この世界を守るために余さず役立てるつもりです。アナタたちとは別の方法で」
「別の方法!? そんなものあるわけない!!」
院長はもはや怒り狂う形相だった。
「いかに聖剣の勇者と言えども、いや聖剣の勇者だからこそ、剣がなくては何もできない! 剣のない勇者などただの人だ! そして覇勇者の力を余さず振るえる剣は、覇聖剣以外にない!!」
「……」
「アナタが人間族の役に立ちたいというなら、覇聖剣を握って戦うより他ないのです! さあ! グダグダ言っていないで早く覇聖剣を受け取るのだ! そして剣神アテナの前で忠誠の誓いを立てよ!!」
「たしかに、覇聖剣以外に僕の全力に耐えきる剣はないだろう」
今の時点では。
「だからそれこそが、僕の次の目標だ」
「はい?」
「作り出すんですよ、この手で、覇聖剣以上の剣を」
* * *
それだけを言い残し、勇者エイジは――、いや覇勇者エイジはその肩書きだけを残して聖剣院から去った。
当然聖剣院は大混乱。
失踪した覇勇者を連れ戻すため大規模な捜索隊が派遣されたが、満足いく結果を持ち帰ったものは誰一人としていなかった。
それから半年が経った。
『聖剣以上の剣を作る』
そう言い残したエイジはどこに行ったのか。
剣を作り出すためには技術が必要であり、技術がなければ学ばなければならない。
剣を作る技術。
鍛冶。
エイジが自分で『聖剣以上の剣』を作りたいならば、鍛冶を誰から学ぶべきか。