第一回イベントゲーム
大きなアラーム音と静かなクラシック音楽と共に、岩田波留は目を覚ました。なぜかベッドの上で眠っていた彼は体を起こし、周囲を見渡す。
室内にあるのは学習机と本棚。クローゼットのみ。学習机の上にはスマートフォンが置かれていた。音楽はスマートフォンから流れているようで、波留は反射的にそれを止めるために、机の上にあるスマートフォンを取った。その瞬間、目の前で無慈悲に殺された男子高校生の遺体がフラッシュバックして、波留は体を小刻みに震わせた。
そのスマートフォンは、彼の物ではない。それは、恋愛シミュレーションデスゲームに参加させられた男子高校生に与えられた悪魔の端末。
それを握りしめていると、彼の手の中で端末が振動した。何事かと波留は画面を凝視する。
『1分以内に、ドキドキ動画ってアプリの中にあるドキドキ生放送って文字をタッチしてね。第一回イベントゲームのルール説明が始まるよ。遅刻はゲームオーバーだから、気を付けて!』
調べると、このようなメールがラブから届いていたことが分かり、波留は慌ててスマートフォンにインストールされていたドキドキ動画というアプリをタッチする。指示通りに画面に映る『ドキドキ生放送はこちらから』という文字をタッチすると、白い部屋の中で後ろ手に何かを隠すように立っているラブが映し出された。
間もなく制限時間を迎え、ラブは覆面の下で笑顔を作り、画面越しに話しかけた。
『皆様。お目覚めでしょうか? あのクラッシク音楽とアラーム音で起きなかった人はいないでしょうね。えっと。動画の閲覧者数は、42名。あれれ。誰かな? 動画を見ていないのは。命令を聞かない悪い子は殺しちゃうよ♪』
やはり恋愛シミュレーションデスゲームに強制参加させられたという事実は夢ではないと、彼は把握した。そして、画面に映るラブは相変わらずに、男子高校生を殺そうとしている。その態度に波留は戦慄した。
一方のラブは、プレイヤーの心情を無視して、淡々と話を進める。
『じゃあ、点呼でもしようかな。とりあえず動画を見ている人は、通し番号をコメントとして送信してみて。あっ、通し番号はスマートフォンの待ち受け画面に書いてある奴ね。文字は英数字か漢字。お好きな方をどうぞ。制限時間は30秒』
ラブの指示に従わなければ、殺される。そういう思考が波留の頭を支配して、彼はすぐにコメント
を打ち込んだ。
スマートフォンの画面上に、幾つもの数字が流れていく。それを見てラブは、腕を組む。
『ああ、そうですか。分かりました。4番の入山朝日様。2回コメントを残していますよね。成り済ましは困りますよ? 間違いなのか、他人を助けるための行動なのかは、分からないけど。さて、このまま入山朝日様を処刑すると思った皆様。残念ですね。まだ彼は殺しません。どうですか? 少しは眠気から覚めましたか?』
ラブは笑えない冗談の後に、右手の人差し指を立てた。
『それと、36番の藤田春馬様と37番の藤田冬馬様も困りますね。同じスマートフォンで動画を見ているじゃないですか? スマートフォンの共有も困りますね。面倒臭いけど、動画は自分が所有するスマートフォンで閲覧してください。ということで、36番の藤田春馬様と37番の藤田冬馬様、そし成り済まし行為を行った入山朝日様。以上3名の皆様には、ペナルティを加えさせていただきます。本選のゲームが始まっていないのに、ゲームオーバーにしちゃうと、面白くないからね。それでは、生き残っている43名のプレイヤーの皆様が全員、この生放送を閲覧しているみたいなので、第一回イベントゲームのルールを説明します』
安堵する暇もなく、ラブは一呼吸置き、笑顔で説明を続けた。
『その前に、皆様がいるのはどこなのか。それを説明しましょうか。皆様がいるのは、仮想空間内にある、自分の部屋です。皆様はこの部屋で寝泊まりをしてください。ドアを開ければ普通に外出できるからね。クローゼットの中に、制服があるからそれを着て、学校に行ってください。あっ、それと生放送のコメントは自由に書き込んで構いませんよ。コメントの内容に激怒して殺すなんて、子供じみたことはやらないから』
ラブの甲高い笑い声がスマートフォンから流れる。それから数秒後、業を煮やした誰かのコメントが動画に流れた。
『早くイベントゲームのルールを説明しろ』
そのコメントを読んだラブは、仮面の下で頬を緩め、一回咳払いした。
「さっきのコメントは、21番の三好勇吾様ですね。すみませんが、もう一つだけ重要なことをお伝えしなければなりません。それはお小遣いについてです。皆様には毎月1万円のお小遣いが、仮想空間内の母親から支給されます。後でお母さんに聞いてください。そしたら1万円貰えますから。お小遣いは是非デスゲーム攻略にご活用ください。因みにお小遣いは前借りできないから、注意してね。前置きが長くなりましたが、第一回イベントゲームのルールを発表します」
動画閲覧に集中していた波留は息を飲む。これは恋愛シミュレーションデスゲーム。おそらく恋愛シミュレーションをモチーフにしたゲームが行われることは明白。一体どのようなゲームが行われるのか。自分の命を賭けたデスゲームにも関わらず、波留は心のどこかで行われるゲーム内容に期待していた。
そんな中で画面上のラブは両手を前に突き出した。そのラブの手にはスケッチブックが握られている。
ラブはスケッチブックを一枚捲る。そこには文字が書き込まれていた。
『やっぱり動画じゃ見えないかな。カメラは……』
ラブは一歩ずつ前方のカメラに歩み寄り、カメラのレンズを、スケッチブックで覆った。
そうして赤城のスマートフォンに大きな文字が映し出される。
『カセイデミルって書いてあるんだけど、ちゃんと映っているかな』
手書きの文字をバッグにラブの声が映る。それを見た波留は正直に『ちゃんと見えるよ』とコメントを残した。
『コメントありがとうございます。良かったです。それでは早速、第一回イベントゲーム、
カセイデミルのルールを説明しますね。ルールはこれまでのゲームと同様、単純明快です。皆様には1週間以内に好感度経験値を4000程溜めていただきます。好感度を上げる方法は、自由です。期限内に目標経験値を獲得できなかったプレイヤーの皆様は、ゲームオーバー。因みに甘ったるいオンラインゲームのように、経験値2倍キャンペーンなんて奴は存在しないからね。もちろん経験値は譲渡不可能』
冷酷なルールにも関わらず、岩田波留は自信満々に頬を緩ませた。経験値を稼ぐだけのゲームなら、恋愛シミュレーションゲーム上級者が有利なはず。これまでプレイしてきた恋愛シミュレーションゲームの経験を生かせば、確実に勝てると波留は思った。
ラブは淡々とした口調で、説明を続ける。
『それと、毎晩クラスごとのランキングで、誰がどれくらい経験値を稼いだのかを公表しますよ。1週間後の最終ランキングでベストスリーにランクインしたプレイヤーには、アイテムをプレゼント。ランクインしなくてもゲームオーバーにはならないから、安心してゲームクリアを目指してね』
カメラからスケッチブックを離し、画面上に不気味に笑うラブの顔がアップで映り込んだ。
『ペナルティを与えるってお伝えしたプレイヤーの皆様には、死亡フラグケージを50%溜まった状態でゲームをプレイしてもらいます。あっ、この生放送動画は、ドキドキ動画にアップされるから、いつでもルール確認ができますよ。それでは、皆様の生存を、心より祈っています』
突然画面が砂嵐に切り替わり、ラブによる第1回イベントゲームのルール説明動画は終わりを迎えた。