プロトタイプアンサー 後編
10秒ほど沈黙の時間が流れ、メタボリックシンドローム予備軍というほど肥満気味な体型の新田健一が、ステージに上がり、ラブに泣きつく。
「頼む。殺さないでくれ」
ラブが沈黙する。それから新田健一は目を大きく見開き、ペラペラとした口調で捲し立てるように、ゲームマスターに伝えた。
「そうだ。俺の家は資産家なんだ。知っているだろう。新田オフィス。親父に頼んで10億円をやる。だから殺さないでくれ。金ならいくらでも出してもらうから」
敗者の言葉を聞き、ラブが覆面の下から笑みを見せた。
「無様ですね。何でも金で解決しようとする行動。ハッキリ言って金なんてどうでもいいんですよ。じゃあ、敗者の新田健一君には……」
ラブの言葉に重なるように、痩せ型な体型に眼鏡をかけた少年、小林優馬が号泣しながら、叫んだ。
「嫌だぁぁ。死にたくないぃぃ。うぁぁぁ」
その叫び声を聞き、ラブが咳払いする。
「叫んでもいいって言ったけど、うるさいですね」
ラブが呟き、スーツのポケットからケースを取り出した。それからゲームマスターはケースを開け、白色のチョークを握る。
次の瞬間、ラブは小林優馬に向かい、チョークを投げた。チョークは銃弾のように回転して、彼の心臓を撃ち抜く。
心臓から血液が溢れ、小林優馬は一瞬で絶命した。
再び男子高校生たちの目の前で殺人が実行された。小林の周りに立っている男子高校生たちは、全員目の前に横たわる遺体から目を反らす。
それからラブはマイクを左右に持ち直し、咳払いした。
「それでは皆様。ご覧ください。これが負け犬の末路です」
ラブは仮面の下で頬を緩める。その直後、ドアの前で待機していた黒ずくめの大男の内の2人が、ステージに向かい歩き始めた。
そして、2人がステージ上に現れた直後、新田健一のスマートフォンが震えた。
一人の黒ずくめの大男が、ラブの膝元で泣きつく新田健一を羽追い責めにして、もう一人の男が、彼が手にするスマートフォンにイヤホンを差し、彼のスマートフォンをタッチする。
「何をする」
新田健一が抵抗して、イヤホンを外す。
だがその直後、新田健一の体に異変が起きた。体が小刻みに震え、心臓が破裂しそうなほど鼓動が速くなる。
そして彼の顔が次第に青くなり、彼は口から、血液の噴水を吐き出した。
「一か月と一週間ぶりに生で観させてもらったけど、強烈ですね。そうそう、言い忘れていました。実はこの体育館の空気中にはある殺人ウイルスが漂っているんですね」
ラブの一言を聞き、生き残った45人の高校生たちは一斉に自分の口と鼻を塞ぐ。
その反応にラブが失笑した。
「今更無駄ですよ。君たちは既に殺人ウイルスに感染しているのだから。この空気中に漂っているウイルスは、どんなに吸い込んだとしても、命に害はないんだけど、ある条件を満たすと、体内に蓄積されたウイルスが増殖を始め、新田君みたいに死んじゃうということ。最初に言っておくと、感染症発症の条件は、メインヒロインに『ごめんなさい』と言わせること。彼にはメインヒロインになるはずだった島田夏海の声で『ごめんなさい』というセリフを聞かせたんですよ。だってイヤホン刺さないと、島田夏海を選択したプレイヤー全滅するから」
この殺害方法は、山口や小林よりもグロイ無残な死に方である。新田の遺体はそれから目を反らしているにも関わらず、吐き気を催す。
体育館の床が嘔吐物塗れになっていき、嘔吐物が放つ臭い匂いと、3人の遺体が放つ匂いが合わさる。強烈な臭い匂いを感じた男子高校生たちは鼻を塞ぐ。
だが、ラブは何事もなかったかのように、淡々と結果発表を続けた。
「Bの答えを選択したら、どんなリアクションをするのか。気になる方もいるでしょう。それでは、B評価のリアクションはこちらです」
スクリーン上に苦笑いする東郷深雪が映る。
『私って追試験を受けるような馬鹿には興味ないんだよね』
やっぱりと岩田波留は思った。
とりあえず今回のゲームに岩田波留が参加していたと仮定する。彼はAが不正解だと予想した。そして、予想通りAが不正解で、それを選択した人がいたから、何とか首の皮が一枚繋がった。実際に敗者決定戦のゲームに参加させられたら、このようになっていたと波留は思った。
その後でラブはマイクを右手から左手に持ちなおす。
「残りは10席。A評価とB評価のプレイヤー11名の中から最低1人が脱落します。それでは第2問です」
ラブが再びスマートフォンをタッチすると、スクリーンに次の問題が表示された。
『私の血液型って何型だと思う?』
『A。A型に決まっているだろうが』
『B。深雪ちゃんはB型だよね。マイペースな所がかわいいから』
『C。俺と同じ血液型のO型だよな』
『D。AB型ですよね。クールで美しいから』
ヒロインのプロフィールが頭に入っていたら、サービス問題。だが、岩田波留は東郷深雪というヒロインのことを何も知らない。情報不足で、どれが不正解なのかが分からない。
肉食系男子が好きだったら、Aが正解。
とりあえず褒めて好感度を上げるのであれば、Bが正解。
優しい人が好きならば、Cが正解。
知的な人が好きならば、Dが正解。
このように、この問題の答えには無限の可能性がある。
「神様、仏様。助けてください」
「うぉぉぉぉぉ」
「これだあぁぁ」
「死ぬのは俺じゃない」
様々な場所から、敗者決定戦参加者の奇声が飛んでくる。この11人の中から最低一人が脱落するのだから、無理もないだろうと波留は思った。
残り時間が迫る中で、岩田波留は頭の中で整理する。東郷深雪とは、どのようなヒロインなのか。判断材料は、先程の正解発表しかない。
『へぇ。結構勉強熱心ね』
『優しいんだね』
『私って追試験を受けるような馬鹿には興味ないんだよね』
『そんなこと言わなくてもいいじゃない!』
この4つのセリフの中に、東郷深雪というヒロインのことを知る手がかりが隠されているとしたら。そう考えた波留は唸る。
口調やアクセントは、普通の女子高生という印象。だが、まだ不確定要素が強い。
悩んだ彼は、一度深呼吸する。そうして彼は思った。これはリハーサルに過ぎない。ここで間違えても構わない。そうやった肩の荷を下ろした波留は、Bを選んだ。どれが答えでもおかしくないが、ヒロインを褒めておけば大体OKというのが、恋愛シミュレーションゲームの基本だから。
丁度その時ブザーが鳴り、解答が締め切られた。
「はい。そこまで。一問目と同様に、スクリーンをご覧ください。皆の絶望する顔が見たいから、S評価の答えから発表します」
スクリーンに笑顔を見せた東郷深雪の姿が映り、メッセージが流れる。
『ありがとうね。マイペースってよく言われるけど、やっぱりあなたに言われたら一番嬉しいかも』
「S評価の答えは、お察しのようにBでした。そしてこの答えを選んだ方が1人います。その方の名前は、赤城恵一様です」
その発表を聞いて、岩田波留は密にガッツポーズを取った。その内、黒色のベリーショートの男子高校生の自信満々な答えが聞こえてくる。
「簡単なことだ。第一問の答えがなんでAが不正解だったのか。その答えは敬語を使ったからだろう。東郷深雪は敬語を使うキャラクターが苦手と仮定すれば、Dが不正解となる。次のB評価の答えはAじゃないのか。ヒロインに対して冷たいと言う理由で。A評価の答えはC。S評価の答えはB。Bが百点満点だと思ったのは、女は可愛いと言う言葉に弱いから。消去法でA評価の答えはCになる。これが答えだろう? ラブ」
その少年の解説は、少々荒っぽいが正確であると波留は思った。
一方でラブは指を鳴らす。
「……正解です。初心者なのに凄い洞察力ですね。正攻法じゃないけど。この場で解説しちゃうと本選のゲーム展開に支障が出そうなので、詳しい解説はしませんが、赤城様は正しいですよ。でもね。これで一気につまらなくなりました。選択肢Dを選んだ人が死ぬって分かっちゃうから。もう少し精神的に追い詰めたかったのに」
その少年、赤城恵一が恋愛シミュレーションゲーム初心者であることを、岩田波留は今知った。初心者向けヒロインを攻略しようとしていることから、まさかとは思った波留だったが、これまで自信がなかったのだ。
経験を上回る洞察力と、理不尽なデスゲームで多くの高校生を殺してきたラブを許さないという正義感。この少年はできると思った波留は、彼の顔を覚えようと、少年の顔付きを観察する。
その間にラブはチラリと丸坊主の少年、石川太郎と後頭部が寝ぐせのように跳ねている川栄探の顔を見る。その2人の顔は絶望感によって顔が強張っていた。
「このまま正解が分かっているのに、東郷深雪の映像を流すのは時間の無駄だからね。あえて映像は流しません。ということで、不正解の選択肢を選んだプレイヤー、6番の川栄探様、8番の石川太郎様、以上2名は脱落となります。残りの10名の皆さん。良かったですね。恐怖の時間を味わう暇さえなく、本選進出が決定して」
「ちょっと待て。その2人にチャンスをやれよ。2人をB組かC組に所属させれば、丸く収まる」
赤城恵一は声を荒げ、ラブに抗議する。だが、ラブはプレイヤーの言葉に耳を貸さない。
「それじゃあゲームにならないでしょ? 自業自得ですよ。不正解を選んだあの2人が悪い」
「それは違う。お前が悪いんだよ。ラブ!」
ラブは恵一の挑発を気にせず、首を捻る。
「……死にたいんですか? あなたたちはいつでも殺せるんですよ? 生き残りたかったら、口を謹んでください」
ラブは怒りを露わにする恵一を他所に、マイクを握る。
「それでは敗者決定戦、プロトタイプアンサーを終了します。敗者決定戦を勝ち抜いた15名のプレイヤーの皆様はA組に所属決定です。これで残り43名の皆様が、本選進出を決定されました」
ラブのアナウンスと共に、ステージ上に現れた2人組の黒ずくめの大男が、ステージから降りた。その2人組は、体育館唯一の出入り口まで歩く。
ラブは前方のドアを指さし、プレイヤーたちに説明した。
「予選を勝ち抜いた43名の皆様。後ろにある大きな扉をご覧ください。只今から出入り口を解放します。勝者の皆様は、そこから体育館を脱出してください。尚敗者の五名の皆様は体育館に残ってくださいね」
ドアのパネルが赤色から緑色に変わり、2人組の黒ずくめの大男たちがドアをスライドさせた。
ドアは今まで開かなかったのが嘘だったかのように、簡単に開く。
それを待っていたかのように、敗者となった丸坊主の少年、石川太郎と後頭部が寝ぐせのように跳ねている川栄探がラブから逃げるように、開いたドアに向かい走る。
だが、その行動は、ドアの前に立つ黒ずくめの大男によって静止させられた。
敗者となった2人は成す術もなく、体育館に拘束される。
「ダメですね。現実から逃げようとするのは。それでは予選を通過された43名の皆様。体育館ステージから教室ステージに移動しましょうか。それと、敗者となった2人を助けようとしたら、問答無用で殺すから」
ラブがマイクを左手に持ち、右手の人差し指を立てた。その指先は前方を向いている。
その扉の隙間から見えるのは白い光に包まれた空間。
43名の勝者たちは、ラブの指示に従い、1人1人その空間へと足を踏み入れる。
そして43名のプレイヤーたちが全員体育館から脱出すると、ドアは固く閉じられた。