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二重人格者に関すること

 その日の放課後、岩田波留は深い溜息を吐き、学校の図書館のドアを開けた。本来ならいつものように西山達を自宅に招き作戦会議を行うのだが、今の彼にはそれができない。彼らには作戦会議を1時間程遅らせると伝え、波留は図書室に向かった。

 その目的は、小倉明美攻略の手がかりを掴むため。恋愛シミュレーションデスゲームが始まってから、彼は妙だと感じていた。デスゲームの舞台であることを忘れれば、この世界は現実世界と同じだと。

 そこまで設定がリアルだということは、実際の二重人格のことを知れば、攻略は有利になるはず。そう思った彼は図書室で二重人格について調べ始める。


 数分程で図書室を隅から隅まで調べた結果、少年は都合よく1冊の本を見つけた。

『二重人格者に関すること』

 あからさまな本のタイトルに波留は思わず笑う。そして彼はその本を持ち、読書スペースの椅子に座って、読み始める。

『二重人格。俗に言う解離性同一性障害の人々は、幼少期に強い精神的ストレスを受けたことが多い。その精神的ストレスから守るため、別の強い人格が生まれる』

「守るため」

 岩田は小声で呟き、昼休みのことを思い出した。あの惨劇の発端は、頼りにすることに関する精神的ストレスかもしれない。冷酷な少女は小倉明美を守ろうとして、3人も殺したのかもしれない。そのページを読んだだけでは、納得できないと彼は思った。

 続けて波留はページを捲った。

『殆どの人間は1つの基本人格を持っている。しかし、解離性同一性障害の人々は複数の人格を持っている。彼らの心の中には交代人格が潜む。交代人格は基本人格の体を支配して行動するのだが、体が支配された時に起きたことを基本人格は覚えていない』


「突然目の前が真っ暗になって、気が付いたら誰かが傷ついていたってことが多いの。それで身に覚えのないことで酷い仕打ちを受けたり、怒られたりすることもあった。だから怖いんだよね。知らない所でワタシが何をやったのかが分からないから」

 そのページを読んだ彼は小倉明美と交わした言葉を思い出した。あの言葉は本に書かれた情報とリンクしている。その瞬間、波留はこの本に攻略法が書かれているのではないかと思い始めた。このまま本を読み進めることは、攻略本を頼りにしないという自分のポリシーに反するのではないかという迷いも生まれ、彼は本を閉じようとする。


 その時、波留の耳に聞き覚えのある声が届いた。

「岩田君?」

 波留の目の前にいつの間にか立っていたのは、小倉明美だった。彼女はゆっくりと微笑み、小声で彼に話しかけてくる。

「珍しいね。いつもなら西山君達と帰っているはずなのに」

「ちょっと調べたいことがあったから、先に帰ってもらいました」

 事実を打ち明けた岩田は小声で彼女に答える。その後で明美は彼が手にしている本のタイトルを見て、クスっと笑った。

「真面目だね。昼休みに私から二重人格のことを聞いて、放課後になったら図書室で調べるなんて。その本だったら高1の時に読んだけど、結構分かりやすいよね。あっ、そういえば図書室は私語厳禁だったわ」

「そういえば三橋さんとは一緒だったのではありませんか?」

「岩田君と同じように先に帰ってもらったよ。何となくここに来たら岩田君に会えると思って」

 明美は頬を赤くしながら、彼の右隣りに座った。

「えっと。放課後に図書室に行ったのは今日が初めてのはずですが……」

 少々イジワルな質問をしたと波留は後悔したが、それでも彼女は静かな図書室の中で笑顔を見せ答えた。

「本当は岩田君を探していたんだよ。昇降口の下駄箱を開けて、帰っていないことを確認してから学校中を探し回って。あの時言い忘れたことを伝えようと思ったから」

「何ですか?」

「えっと」

 急にドキドキとした空気が流れ、2人はお互いの顔を見つめた。この流れは良い感じの所を誰かに邪魔されるパターンではないかと思っていると、彼女は続けて口を開く。

「昼休みの時、体育倉庫前。人目を気にしてあの場所で事情を打ち明けた理由は、迷惑をかけたくなかったから。あのまま皆の前で事情を話したら、もう一人のワタシが余計なことを話すなって出てくるんじゃないかって思ったから。そうしたらまた迷惑をかけちゃう。それが嫌だったから、岩田君にだけ事情を知ってもらうために、あの場所に呼び出したの。それだけだから、また明日」


 何とか彼に伝えた少女は、手を振って彼の元から去る。その姿を見た岩田波留は違和感を覚えた。幾つもの恋愛シミュレーションゲームをプレイしてきた彼は、ヒロインをただの攻略対象として見ている。岩田波留自身は彼女達と恋に落ちていない。

 しかし、小倉明美だけは違った。ただの攻略対象のはずなのに、彼女の笑顔を見ると妙に胸が熱くなる。まさか自分は彼女のことが好きになったのかと波留は困惑した。

 これは文字通り命を賭けた恋愛シミュレーションデスゲーム。ヒロインに恋しなければ生き残れない。だとしたら、この恋心は生き残るための本能として目覚めた偽りなのではないかとも彼は考える。

 何とも言えない想いを抱えたまま、彼は貸出カウンターに向かい、二重人格に関する本を借りた。


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