予選前半戦
何が起きたのか。男子高校生たちは理解できない。目の前にあるのは不良少年の生首と、生々しく綺麗に切断された首の断面。
それを見せられた岩田波留の口腔に、酸っぱい胃液が広がる。何度も首が切断されるというショッキングな場面が頭を過り、少年は床に手を置き嘔吐した。彼と同じように嘔吐する高校生は多い。
間抜けに腰を抜かし、恐怖から一歩も動けない少年。
その場から安全な場所へと逃げ出すために、奇声を挙げ、ドアに猛スピードで体当たりする少年。
恐怖から怯え、女々しく涙を流す少年。
顔が強張り、声すらも出せず呆然とその場に立ち尽くす少年。
十人十色なリアクションを冷めた眼差しでラブは見ている。大量の嘔吐物と血液の匂いが漂う体育館のステージの上で、ラブは手を叩いた。
「20番の山口武様が脱落です。あっ、ご自由にどうぞ。吐いたり、泣きわめいたり、叫んだりしてもいいよ。どうせここは仮想空間だから」
ラブからの爆弾発言に男子高校生たちが驚く。
「どういうことだ?」
どこからか誰かの疑問の声が聞こえ、ラブは淡々とした口調で答えた。
「そのままの意味ですよ? ここは仮想空間なの。あなたたちを体ごと仮想空間に監禁したということね。だからいくら叫んでも、助けはこない」
ここは仮想空間。本当にそうなのかと岩田波留は疑惑を抱き、不敵に笑うラブと顔を合わせる。
「恋愛シミュレーションゲームと聞いて安堵した皆様。残念ながらゲームオーバーは現実世界の死というお約束は健在ですので、お忘れなく。それでは最初に予選を行います。予選は普通にプレイしていたら、ゲームオーバーにならないから、安心してください。予選ゲーム前半戦のゲームは、メインヒロインセレクト」
どうやらゲームオーバーと死亡は同義という、デスゲームのお約束は守られているらしい。その事実を聞いた瞬間、岩田波留の心の隙に、不安が忍び込んだ。これまで亡くなったデスゲームのプレイヤーの中には、確実に何人かは恋愛シミュレーションゲーム経験者がいる。それなのに、デスゲームを全クリできる男子高校生が1人もいないという事実。
自信はあると思ったが、本当にそうなのかと、波留は不安に陥る。
その間もラブは、淡々と予選ゲームのルールを説明していった。
「まずは、皆様の制服のポケットに仕込んでおいたスマートフォンを取り出してください。そのスマートフォンは、予選と本選のゲームに使うので、大切に使ってくださいね。今は『メインヒロインセレクト』っていうアプリしか入っていないけど、ゲームが進んだら、メールアプリとか必要最低限なアプリは解禁するからね。因みに皆様が持っていたスマートフォンは全て回収して、破壊しておきました。それでは皆様、スマートフォンに表示された唯一のアプリ『メインヒロインセレクト』をタッチしてください」
ラブは明るい口調で破壊という言葉を使う。メールアドレスは家族としか交換していない岩田にとって、それはどうでもいいこと。
今はラブの仕掛けた恋愛シミュレーションデスゲームを勝ち抜くしか、生きる道はない。
勝ち抜く自信と見えない不安が入り交ざり、岩田波留は、『メインヒロインセレクト』という名前のアプリをタッチする。
その画面には、13名のヒロインに関する文字情報だけが映し出されている。
「ルールは超簡単。恋愛シミュレーションゲームのメインヒロインを13人から1人選ぶだけです。恋愛シミュレーションゲーム未経験者の方も多いと思いますので、あえて説明しますが、本選では仮想空間内に住んでいる13人の内1人のメインヒロインを攻略していただきます。そして、攻略に失敗したら死亡。攻略メインヒロインは変更できませんので悪しからず。制限時間は2分間。ゲーム開始の前に1つだけヒントです。難易度Cは初心者向け、難易度Bは中級者向け、難易度Aは上級者向けです。選択はヒロインの名前をタップすればいいからね。話し合いは禁止。制限時間内に選べなかった優柔不断君は即死亡ということで、ゲームスタート」
最初のゲームは重要だと岩田波留は思った。恋愛シミュレーションゲームのメインヒロインは、誰でもいいというわけではない。
ツンデレや先輩といった属性や容姿など自分の好みのヒロインを選ぶことが、恋愛シミュレーションゲームの醍醐味。だが、これは恋愛シミュレーションデスゲーム。本当にそのような選び方でいいのかという疑問を感じながら、少年はメインヒロイン候補のプロフィールを読んでいく。
『ナンバー01。病弱な後輩。島田節子。無印。難易度A。B70 W55 H76』
『ナンバー02。底辺アイドル。倉永詩織。無印。難易度A。B76 W57 H85』
『ナンバー03。歴女な一面もある文系女子高生。島田夏海。A組。難易度C。B82 W56 H79』
『ナンバー04。マニュアル人間の理系女子高生。三橋悦子。B組。難易度C。B76 W58 H80』
『ナンバー05。体育会系元気ガール。樋口翔子。C組。難易度C。B74 W56 H80』
『ナンバー06。内気な野球部のマネージャー。堀井千尋。A組。難易度B。B71 W54 H80』
『ナンバー07。演劇部のマドンナ。日置麻衣。B組。難易度B。B78 W60 H83』
『ナンバー08。中二病家庭教師。大竹里奈。無印。難易度B。B86 W58 H84』
『ナンバー09。ツンデレ転校生。石塚明日香。C組。難易度A。B76 W54 H79』
『ナンバー10。退学ギリギリお嬢様。平山麻友。A組。難易度A。B71 W53 H77』
『ナンバー11。アニオタガール。佐原萌。無印。難易度B。B71 W51 H75』
『ナンバー12。二重人格者な学級委員長。小倉明美。B組。難易度A。B92 W60 H83』
『ナンバー13。ヤンデレ外国人。木賀アリア。C組。難易度A。B85 W60 H82』
合計13人のメインヒロイン候補。どれも肩書だけは魅力的だと岩田波留は思った。だが、攻略に失敗すれば死亡という事実に岩田波留は悩みつつ、状況を頭の中で整理してみる。
登校中に拉致されて、気が付いたら仮想空間らしい体育館の中にいた。そこに集められた男子高校生は、ラブによって無作為に選ばれたらしい。ここで行われるのは、恋愛シミュレーションデスゲーム。
最初のゲームは、メインヒロインを選ぶ重要な内容。ヒロインの内訳は、初心者向けヒロイン3人、中級者向けヒロイン4人、上級者向けのヒロイン6人。
ここで重要になってくるのは、恋愛シミュレーションゲームをプレイする高校生は稀であるということ。無作為に選んだのであれば、初心者が大多数のはずだと岩田波留は思う。
今後どのようなゲームが行われるのかは分からないが、これがデスゲームであることを忘れてもいけない。
「第13回ラブバトルロワイヤルを開催します」
最初のラブの一言が、岩田波留の頭を過り、彼は確信する。恋愛シミュレーションデスゲームは、誰かを蹴落とさなければ生き残れないと。
そうなれば初心者向けヒロインである3人を選ぶ者が多いはず。自然と競争性が過熱する。初心者向けヒロインを断念した彼は、残り10名のヒロインのプロフィールに目を通す。だが、この時点で残り時間は、30秒に迫っていた。
死への恐怖が思考を鈍らせているのではないかと少年は思う。
「制限時間内に選べなかった優柔不断君は即死亡ということで……」
ラブの言葉が頭を過り、岩田波留は思わず唇を噛んだ。このまま選ばなかったら、即死亡。ラブは容赦なく殺すだろう。その恐怖によって、岩田波留の思考は一瞬固まる。
残り時間15秒。少年のスマートフォンの画面には、佐原萌と小倉明美と木賀アリアのプロフィールが表示されていた。
数秒後には絶命してしまう彼は、悩んでも仕方ないと悟った。最後は自身の直感に頼るしかない。そう思った彼は、小倉明美を選ぶ。
岩田波留が彼女をメインヒロインに選んだのは、制限時間5秒前だった。間もなくしてスマートフォンが振動して、ラブがマイクを握った。
「制限時間終了のようです。それではゲームの結果発表をします。とりあえずスマートフォンの画面をご覧ください」
ラブがステージの真下に集まる男子高校生を見下ろした時、プレイヤーのスマートフォンの画面が更新され、このような文字が表示された。
『ナンバー01。病弱な後輩。島田節子。2名。10番。百谷次郎。17番。千春光彦』
『ナンバー02。底辺アイドル。倉永詩織。2名。3番。桐谷凛太朗。31番。松井博人』
『ナンバー03。歴女な一面のある文系女子高生。島田夏海。8名。6番。川栄探。13番。滝田湊。15番。谷口宗助。16番。新田健一。24番。小林優馬。35番。矢倉永人。44番。多野明人。48番。赤城恵一』
『ナンバー04。マニュアル人間の理系女子高生。三橋悦子。3名。14番。達家玲央。18番。中田蒼汰。26番。西山一輝』
『ナンバー05。体育会系元気ガール。樋口翔子。5名。12番。高橋空。22番。竹下達也。30番。前田奏太。32番。宮脇陸翔。42番。後藤隼人』
『ナンバー06。内気な野球部のマネージャー。堀井千尋。7名。2番。市川陸。8番。石川太郎。9番。島崎海斗。21番。三好勇吾。23番。中村晴樹。25番。村上隆司。40番。櫻井新之助』
『ナンバー07。演劇部のマドンナ。日置麻衣。3名。7番。小嶋陽葵。19番。中西優斗。33番。武藤幸樹』
『ナンバー08。中二病家庭教師。大竹里奈。4名。4番。入山朝日。28番。古畑一颯。38番。石田咲。43番。鈴木大河』
『ナンバー09。ツンデレ転校生。石塚明日香。1名。39番。内田紅』
『ナンバー10。退学ギリギリお嬢様。平山麻友。2名。11番。杉浦薫。29番。高坂洋平』
『ナンバー11。アニオタガール。佐原萌。3名。26番。阿部蓮。36番。藤田春馬。37番。藤田冬馬』
『ナンバー12。二重人格者な学級委員長。小倉明美。5名。1番。飯田悠斗。5番。岩田波留。34番。森川瑠衣。46番。大家碧人。47番。横山雷斗』
『ナンバー13。ヤンデレ外国人。木賀アリア。2名。41番。北原瀬那。45番。長尾紫園』
その結果を見せられた岩田波留は、意外だと思った。予想よりも恋愛シミュレーションゲーム経験者が多い。48人中14人が難易度Aのヒロインを選んだ事実は、少年を驚かせる。もしかしたら、自分の周りの恋愛シミュレーションゲーム経験者が少ないだけなのか、それともラブが無作為に男子高校生を選んだのかという事実が嘘なのか。
波留は疑いの眼差しでラブの姿を見上げる。
一方のラブは覆面の顎に手を置き、ゲームの結果の感想を述べる。
「面白いですね。同じ難易度Cなのに、マニュアル人間の理系女子高生、三橋悦子が3名と不人気なのは。一番人気はナンバー03、歴女な一面もある文系女子高生の島田夏海で8名。一番面白いのは、ナンバー12、二重人格者な学級委員長、小倉明美が5名なことですか。ツンデレ転校生を攻略したいのが1人って何かおかしくありませんか。適当な感想はここまでにして、後半戦のゲームを開始します」
ラブは覆面の下で不敵な笑みを浮かべる。丁度その時、47人の高校生たちのスマートフォンが一斉に震えた。