2日目の作戦会議
4月7日。火曜日。入学式開催のため、休校になった岩田波留は、午前10時に目を覚ました。欠伸をしながら、リビングに向かうと、そこに人の気配はなかった。その代り机の上に置手紙がある。
『おはようございます。今日は休みのようなので、起こしませんでした。食事は冷蔵庫の中にある物を食べてください』
母親からの手紙を読んだ波留は、深い溜息を吐く。登校中に拉致された日の朝も、リビングの机の上に母親からの置手紙があったことを、彼は思い出す。
回想している少年の腹が鳴る。空腹感に耐えられない彼は、冷蔵庫の中を物色した。
その時、突然インターフォンが静かな一軒家に鳴り響く。この時間に誰が来たのかと思いながら、彼は冷蔵庫のドアを閉め、玄関へ足を進めた。
玄関のドアを開けた先に立っていたのは達家達3人の三橋悦子攻略組の面々。
「おはようございます。岩田君」
達家が挨拶を済ませた後で、西山と中田も頭を下げた。
「今起きた所です。パジャマ姿を晒してごめんなさい。ところで、皆様揃って何の用ですか?」
「決まっているっすよ。三橋悦子の件で相談に来たっす」
西山の発言から訪問の目的を察した波留は、彼らを自宅に招き入れる。そうして、昨日と同じように波留の自室にて、作戦会議が行われた。
「早速だけど、岩田君。今日はどうすればいい」
中田から発せられた問に、波留は思わず唸った。
「とりあえず、このゲームはヒロインと接触しなければ、好感度を上げることは困難です。休日は、街中を探索してヒロインを探さないといけない。だけど、三橋悦子はマニュアル人間。真面目な性格だから、休日は家に籠って勉強している可能性の方が高いでしょう」
「それなら、今日は好感度が稼げないのですか? 折角昨日は、メインヒロインアンサーで370稼げたのに」
不安そうな顔付きになる達家の発言に、西山が食いつく。
「本当っすか? 俺は300しか稼げなかったっす。死亡フラグケージが20%溜まっているから、今日全問不正解だったらゲームオーバーっす」
西山の声から絶望感が漂う中で、中田は腕を組む。
「甘いな。俺は全問正解で400稼げたぜ。どうやら俺が一歩リードしているみたいだな」
中田が白い歯を見せ笑った後で、西山は不満そうに両腕を震わせ抗議した。
「聞いてないっすよ。計算問題も出題されるなんて。あの問題がなかったら、僕も全問正解だったっす」
「計算問題?」
西山の発言に興味を示した波留は、首を傾げてみせる。それと同時に、達家は西山の意見に同意するように首を縦に振った。
「確かにあれは、酷かったですね。3問目の二次方程式。あれを1分以内に解くのは、難しいでしょう。ところで、中田君は計算が得意なのですか?」
「まあな。こう見えて理数系の高校に通っていた。そんなことより、岩田君は俺達を騙したんじゃないか? あれに、計算問題が含まれるなんて、寝耳に水な話だが」
達家達は波留に疑いの視線を向ける。しかし、波留は両手を叩き、開き直る。
「なるほど。どうやらシニガミヒロインは、普通の恋愛シミュレーションゲームではないようです。これまで数多のゲームをプレイしてきたけど、あのジャンルの4択問題で、計算問題を解いたことはありません。これは僕の予想ですが、ヒロインのプロフィールにまつわることと、今日の出来事に関することの他にも、ヒロインが得意とするクイズも出題されるのでしょう」
「あの高校レベルの問題を1分以内に解くスピードも求められる。鬼畜ですね」
達家の発言に他の3人も同意する。それから波留は、3人に尋ねた。
「ところで、昨日のメインヒロインアンサーについてですが、1問目はどんな内容でしたか?」
「どんな内容って。RPGのエンカウントみたいだったな。あっ、三橋悦子が佇んでいるっていう問題だ」
「そうっすよ。選択肢は、やあって挨拶するのと、三橋さんって名前を呼ぶ奴。それとスラ……」
言葉を詰まらせた西山を助けるように、達家が言葉を続ける。
「スラマッパギ。少し前に流行ったインドネシア語の挨拶です。それで1番最後の選択肢は、とりあえずチョップだ」
予想通りの答えに、クスっと波留が笑う。
「やっぱり。御馴染みな問題でしたか。序盤は、大抵ヒロインに話しかける時の対応が問題として出題されます。この問題の答えは、ヒロインによって様々です。それでは中田君。昨日のメインヒロインアンサーでは全問正解だったようですが、1問目は何を選びましたか?」
「Bの名前を呼ぶ奴にした」
西山は中田の回答に納得を示す。そして達家は、ハミカミながら必勝法をまとめた。
「つまり、1問目はBを選べば、確実に好感度を100上げることができるということですね?」
「その通りです。それでは、今から街を探索しましょうか?」
「でも、三橋悦子は自宅に引き籠っている可能性が高いんすよね? 探索なんて無駄っすよ」
西山は岩田の発言をあっさりと否定した。だが、波留は反対意見を認めない。
「西山君。昨日の話は覚えていますか? 恋愛シミュレーションゲームは情報を多く持っていた方が有利です。メインヒロインとの接触する可能性は低いかもしれない。だけど街には、シニガミヒロインというゲームを攻略するための情報が溢れているんです。最も、このスマートフォンには連絡先を交換する機能がないから、リアルタイムでの情報収集は難しいでしょう。だから、集合時間を決めて、二手に分かれた状態で探索しましょう」
それならと西山は納得した。そうして彼らは炭酸ジュースを飲み干し、波留の自宅から街へ飛び出す。




