初心者殺し
午後1時。昼食を済ませた少年達は、岩田波留の自宅に集まる。三橋悦子攻略を目指す3人の少年は、床に座り目の前に座る岩田波留と向き合う。彼らが座っている床には、お盆が置かれ、それには人数分の炭酸ジュースがガラスコップに注がれていた。
「早く教えてくださいよ。どうやったら三橋悦子を攻略できるのか?」
中田蒼汰がガラスコップに手を伸ばしながら、波留に尋ねる。すると波留は、首を縦に振った。
「それでは基本的な講義を始めます。メモと取るなり好きにしてください。僕の話を聞けば、最低でも第1回イベントゲームは無事に攻略できます! 多分今回のイベントゲームはヌルゲーだから」
強気な発言に3人の少年は耳を波留に傾ける。
「どういうことっすか?」
西山一輝が首を捻り発言する。その後で岩田は右手の人差し指を立てた。
「今回のイベントゲームは、単純な経験値稼ぎ。まだ具体的な仕様は分からないけれど、1週間もあれば大丈夫です。僕の言うことさえ守ればね」
唐突に岩田波留は立ち上がり、学習机の上にある鞄から、1枚の紙と筆記用具を取り出した。そして彼は、その紙に計算式を書き込み、3人に見せる。
「いいですか? この1週間で稼がなければならない経験値は、1600なんですよ。毎晩開催されるメインヒロインアンサーで1週間全問正解した場合の話だけどね」
波留が見せた紙には『400×7=2400』と『4000−2400=1600』という数式が書き込まれている。
「だから、そんなこと初心者にできるはずがない。俺はプロトタイプアンサーの時、答えが全然分からなかったからな」
達家玲央の意見を聞き、岩田波留は失笑した。その反応に中田は激怒する。
「何で笑ってるんですか? 馬鹿にしているなら、謝ってください」
「ごめんなさい。誤解しているようなので、おかしくなって。プロトタイプアンサーっていう鬼畜なクイズは忘れてください。あのゲームは、上級者の僕でもキチガイだと思いましたよ。その理由は情報量の低さ」
「情報量の低さっすか?」
「西山君。メインヒロインアンサーっていう4択クイズは、実際の恋愛シミュレーションゲームでは御馴染みなんですよ。そのポピュラーなゲームを攻略する必勝法は情報収集です。ああいうゲームは、大抵ヒロインのプロフィールから出題されます。メインヒロインに関する情報が多ければ多いほど、攻略が有利になる。恋愛シミュレーションゲームは覚えゲー。パターンさえ覚えれば、楽に攻略できます」
「でも、プロフィールなんてどうやって調べたら……」
中田が不安を口から漏らす。それに合わせたように、西山と達家も暗い顔付きになった。だが、波留は明るく彼らを励ます。
「大丈夫ですよ。そういう時のために、情報屋と呼ばれるキャラがいます。学校内に必ず1人いる情報通なキャラで、大抵のことを聞けば答えてくれる。そういう便利なキャラを仲間にできれば、初心者でも全問正解は不可能ではありません。ここからは僕の予想ですが、シニガミヒロインにおける情報屋は小倉明美だと思います。違っているかもしれないけれど、三橋悦子を攻略したいなら彼女とも仲良くしても損にはならないでしょう」
「メインヒロインアンサーの攻略法は分かったから、他の経験値稼ぎの方法を教えてください」
達家が波留を急かす。それに対し、波留はスマートフォンを取り出し、3人に促す。
「いいですか? スマートフォンを見てください。あなたたちは既に経験値を稼いでいるはずです。メインヒロインとのコミュニケーションも有効な経験値稼ぎの手段ですから」
説明を聞きながら、3人の少年はスマートフォンの中にあるシニガミヒロインと呼ばれるアプリをタッチする。そうして自分のステータスを確認した中田が思わず大声を出した。
「マジかよ。100ある」
「僕も同じです」
「同じっすね」
3人の獲得経験値は100であることを把握した波留は、改めて自分のステータスを確認する。
岩田波留
レベル4
知識:0
体力:0
魅力:0
感性:0
死亡フラグケージ:0
累計EXP:400
Next Level Exp :100
ステータス画面には、他に『レベルアップボーナスポイント。支給しました』という文字が表示されている。その文字を見た瞬間、岩田波留は、シニガミヒロインのルールを理解した。それと同時に、彼は初心者殺しの罠を見破る。これが事実ならば、初心者は確実に死ぬ。嫌な予感を覚えた波留は、画面のメッセージをタッチする。それによって革新的なメッセージが表示された。
『40ボーナスポイント所持しています。好きな能力値に数字を入力してください』
システムを理解した波留は、自分の部屋の中で叫んだ。
「ストップ!」
少年の大声を聞き、3人は動きを止めた。
「何っすか?」
「レベルアップボーナスポイント、支給しましたっていう文字が表示されてるでしょう。実はそこに初心者殺しの罠が仕掛けられているんです」
「初心者殺し?」
中田は何を言っているのか分からないような顔付きになり呟いた。波留の発言の意図を理解していないのは、西山と達家も同じ。波留は呼吸を整えて、初心者に説明する。
「裏メインヒロインアンサーって呼んだら、分かりやすいかな。ステータスは、知識、体力、魅力、感性の4つで構成されています。実はこの4つのステータスには、メインヒロインアンサーのように、正解や不正解が存在するんですよ」
「どういうことっすか?」
「シニガミヒロインはボーナスポイントをステータスに還元して、主人公を育成するゲームのようです。育成のやり方のよって、攻略が不利になることもあります。これは攻略するヒロインによって正解は異なるけれど、理系女子高生の三橋悦子なら、知識にポイントを全て振っとけば大丈夫ですよ。まあ、皆は100経験値を稼いだようだから、ボーナスポイントは10のはず。だから、今間違えても後で取り返せます」
三橋悦子を攻略しようとする3人は、岩田波留に励まされ、ホッとしたような表情になった。基本的なことをレクチャーされた3人の少年は、波留の自宅から去っていく。
同じ頃、桐谷凛太朗の自宅に招かれた松井博人は、ライバルの男に尋ねた。
「それで、どうやってファンの数を増やすのですか?」
松井の口から発せられた疑問に対し、桐谷はニヤっと笑う。
「簡単なことです。同じゲームをプレイしている奴を仲間に誘い込むんです。現状ではNPCを動かすのは不可能に近いので。仲間に誘う奴に心当たりがあるから、松井君も誘ってください。ノルマは1人で5人。合計12人もいれば、何とかなるかもしれません」
「分かりました。何人か心当たりがあるので、声を掛けます」
こうして桐谷と松井は共通の作戦を立て、ゲーム攻略のために動き始めた。




