学級委員選挙
始業式後のホームルームも、現実世界と同じような内容。明日の入学式と課題の説明。
多くの生徒達が予測したように、明日2年生は休みとなっている。
そして、担任教師は手を叩き、生徒達から注目を集めた。
「これから学級委員を決める」
担任教師の発言に、岩田波留はビックリして目を丸くした。流れとしては、何もおかしくない。始業式後のホームルームに学級委員を決めることは、当たり前のことだろう。
だが、これは恋愛シミュレーションデスゲーム。学級委員になることは確定的な小倉明美と距離を詰めるためには、同じ学級委員になるのが、手っ取り早い。それは、彼女をメインヒロインに選択した4人の男子生徒全員が思った。だがしかし、学級委員は男女それぞれ1人が選ばれるのかという疑問が浮かぶ。
その疑惑を岩田波留は、心の中で否定した。この世界の設定は現実世界と酷似している。現実世界の学級委員は、大抵が男女1組になっている。学園を舞台にしたライトノベルのように、クラスに1人しか学級委員が存在するわけがない。
波留の疑念は、担任教師の発言であっさりと肯定される。
「まずは学級委員をやりたいと思う男子は手を挙げてほしい」
当然のように、彼女をメインヒロインにした4人の男子生徒が手を挙げる。右手を挙げた岩田波留は、他の3人も同じことを考えていると思った。学級委員になることは、小倉明美攻略の近道となる。
他に立候補者がいないことを確認した担任教師は、続けて口を開く。
「次に女子で学級委員をやりたいと思う人は手を挙げてほしい」
おそらく小倉明美は立候補するのだろうと、男子生徒達は疑わなかった。だが、その期待に反し、女子は誰も手を挙げようとしない。
沈黙の時間が1分流れ、業を煮やした担任教師は両手を叩く。
「女子の学級委員は投票で決める。では、学級委員に立候補した男子、教卓の前に並んで、1人ずつ、アピールしなさい」
学級委員選挙という名のゲームが始まった。このアピールタイムの後に、クラスメイト全員で投票する仕組みだろうと波留は思った。
このゲームの勝者が、小倉明美攻略の近道を手に入れる。緊張の面持ちで教卓の方へ足を進める4人の男子生徒達。その中で岩田波留は考えていた。これはタダの学級委員選挙ではない。男子生徒の票を上手く巻き上げなければ、勝ち目がないのではないかと。何とかその方法を考えなければと思うが、中々思いつかない。
横一列で並び、最初に右端に立つ森川瑠衣が頭を下げる。
「森川です。僕を学級委員にしてください。僕はこのクラスを、明るく楽しい感じにしたいです。よろしくお願いします」
続けて、大家碧人が頭を下げた。
「大家です。大家なんて苗字、珍しいでしょう? 私が学級委員になったら、マンションの大家のように、クラスの皆の学校生活をサポートしたいです」
上手いスピーチだと波留は思った。自分の苗字を利用して、適格にアピールしている。その時、突然彼の頭にアイデアが浮かんだ。
3番目に、黒髪のベーシックショートマッシュヘアの好青年、横山雷斗が一歩前に出る。
「横山です。学級委員としての責務を全うし、明るい学校生活を皆が楽しめるよう、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
横山雷斗は一瞬だけ白い歯を見せ、一歩下がった。そうして岩田波留の順番が回ってきて、彼の体に緊張が走る。しかし、一瞬だけ席に座る小倉明美の顔を見た彼は、落ち着くことができた。
そうして波留は頭を下げて、スピーチを始める。
「岩田波留です。僕が学級委員になったら、このクラスから1人も退学者を出しません。何か悩みがあったら、自分のことのように考え、クラスメイトを支えます」
クラスの様子を、モニター越しにラブは見ていた。ここは48台のモニターの設置された部屋で、室内には他にキャスター付きの椅子と長机が置かれている。
椅子に座った状態で、両隣に立つ黒服の男に声を掛けた。
「やっぱり面白いですね。小倉明美ルート。あの手この手で自分をアピールして近道を目指す一連の流れは、何回見ても飽きないわ」
「ラブ様。誰が勝つと思います?」
角刈りに黒いサングラスを掛けた巨漢の男が尋ねると、ラブは覆面の下で笑った。
「愚問ですね。このゲームの勝者は決まっているよ」
「つまり、結果は最初からプログラミングされていると……」
「まさか、そんなクソゲーみたいなことするわけないじゃない。この学級委員選挙の必勝法に気が付いているのは、4人の立候補者の中で2人だけ。それは彼らのスピーチを聞けば一目瞭然。でも、必勝法に気が付いた1人は大きなミスを犯している。もう1人はノーミスで必勝法を実行したから、彼の勝利は確実ですよ」
ラブの言い分を理解できない黒服の男は、2年B組の様子を映す、プレイヤー視点のモニターに視線を移す。
丁度その時、教室では正方形の白色の紙を担任教師が配った。全員に紙が行き届いた所で、担任教師は生徒達に話しかけた。
「今配った紙に、4人の立候補者の中から1人の名前を書いてほしい。それに付け加えて、女子の学級委員立候補者はいなかったので、指名という形で、女子生徒の中から1人名前を書いてほしい。つまり、その紙には男女それぞれ1人の名前を書くことになる。相談はなしだ」
投票が始まる。男子生徒は、このクラスのモブの女子生徒の名前を知らない。つまり、必然的にメインヒロインとして名前のハッキリしている3人の女子生徒の名前を書くしかない。
本当に作戦は上手くいったのか。不安に襲われながらも、岩田波留は自分の名前を紙に書き込んだ。その名前の真下には、小倉明美の名前を記す。彼女が学級委員になることは確実。ここで彼女が学級委員にならなければ、あの肩書が無駄になるからだ。
2分後、生徒達は紙を四つ折りにする。その紙を1枚ずつ担任教師が空き箱の中に仕舞い、再び教卓の前に戻ると、すぐに開票が始まった。
「それでは、開票を始める。その前に、阿部連君。黒板に投票結果を記してほしい」
突然名前を呼ばれた阿部連は、席から立ち上がり、黒板に向かった。そして彼は白色のチョークを握る。その後で担任教師は、空き箱から適当に紙を1枚取り出し、読み上げた。
「小倉明美さん。岩田波留君」
とりあえず1票を獲得した波留はホッとする。それから淡々と開票が進む。その間、波留は違和感を覚えた。阿部連はスラスラと黒板に名前を記しているのは、おかしい。女子生徒は兎も角、この教室に所属する男子生徒は初対面のはずだ。
ここまで考えた波留は、真相は真逆だと気が付く。そもそもおかしいのは阿部だけではない。自分もおかしいのだと。岩田波留とこの場にいる男子高校生は、デスゲームに巻き込まれるまで初対面だったはず。そのはずなのに、同じクラスの男子の顔と名前を完全に覚えている。まるで、最初から同じ学校に通うクラスメイトだったような錯覚に岩田が陥っている中でも、開票は淡々と進む。
開票は5分程で終わり、阿部連は自分の席に戻る。担任教師は結果を見せるために、教室のドアの前に移動して、生徒達と顔を合わせた。
「満場一致で女子の学級委員は小倉明美さんに決まった。そして男子の学級委員は、岩田波留君だ。おめでとう」
黒板に記された投票結果に、波留以外の3人の立候補者は度肝を抜かれた。
獲得票数の多かった岩田波留が20票を集め、次に多いのが大家碧人の5票、3番目が横山雷斗の3票。最下位は僅か2票の森川瑠衣。何が起きたのか、3人の立候補者は理解できない。
理解できないのは、様子をモニター越しに見ていた黒服の男も同じだった。黒服の男は首を捻り、唸る。
「ラブ様。これはチート行為ではありませんか?」
「チート行為? プログラムを操作して、ゲームを思い通りに動かすなんて無理ですよ。これは当然の結果。彼はノーミスで必勝法を実行したから、勝てたんですよ」
「だから、必勝法って何ですか?」
部下に急かされ、ラブは頬を緩めて説明を始める。
「タダの学級委員選挙だと思い込んで、明るい学級とかいう正論を語った横山様と森川様は論外。このゲームは男子生徒の心を掴んだら勝てるということを、あの2人は忘れている。これがタダの学級委員選挙だったら勝てていたかもしれないけれど、そんな正論は男子生徒の心には響かない。だけど残りの2人のスピーチには、彼らの心を掴み要素があった。それだけのことですよ」
「そういえば、あの2人は学校生活をサポートするという趣旨の発言をしていましたね」
黒服の男が思い出したように呟いた後でラブは解説を続けた。
「そう。岩田様と大家様は、男子生徒に対し学校生活をサポートすると伝え、彼らを共感させた。だって男子生徒は、私たちのデスゲームのプレイヤーでしょう? 生き残るために助けてくれる仲間が欲しい。そういう心理が働いて、多くの男子生徒は2人に投票したんですね。でも、大家様は1つだけ大きなミスを犯した」
「ミス?」
「女子生徒のことを彼は忘れていたんですよ。気が付きませんでした? クラス替えしていないんですよ。クラス替えしていたら、昇降口の所に新しいクラスの名簿が貼ってあるでしょう。だけど、それはなかった。つまり、クラス替えは行われていない。今更、自分の苗字が大家だって言っても寒いだけです。設定上、彼女達は去年の4月から一緒のクラスメイトだから。それに比べて、岩田様のスピーチは見事に男子生徒の心を掴みました。1人も退学者を出さないって言って、同姓のクラスメイトに自分は味方だとアピールする作戦。素晴らしいけれど、こんな茶番は数日中に無駄になる。小倉明美。彼女の恐ろしさはここからだから」
覆面の下でラブが不敵な笑みを浮かべた頃、小倉明美は自分の席で深い溜息を吐いた。




