初めての登校
処刑者リスト。その字面から漂う嫌な予感に恐怖した彼は、恐る恐るスマートフォンを手にして、何が起きたのかを調べた。
シニガミヒロインと呼ばれるアプリの中に処刑者リストが組み込まれている。アプリを起ち上げ、その文字をタッチした彼は、両目を大きく見開く。
『1番。飯田悠斗。混乱してお母さんの腹を包丁で刺したから死刑』
『22番。竹下達也。仮想空間発言で死刑』
『23番。中村晴樹。俺の家じゃない。父親殴った息子を処刑』
「飯田悠斗って確か……」
43欄あるリストに表示された名前に、岩田波留は見覚えがあった。彼は波留と同じメインヒロインを攻略しようとするライバル。彼が亡くなったということは、ライバルは3人になる。そのことを素直に喜ぶべきなのかと、波留は悩む。
この恋愛シミュレーションデスゲームに巻き込まれた48人の男子高校生の内、8人が殺された。理不尽な処刑理由から、プレイヤーは、いつ死んでもおかしくないという状況に追い込まれている。
岩田波留は改めて思った。これはデスゲーム。仮想空間内での楽しい生活に気を取られて、そのことに気が付けなかった少年に緊張が走る。
しばらく経過した後、波留は自宅を飛び出し、学校に向かう。
スマートフォンのマップアプリを頼りに歩く岩田波留は、私立悠久高校と書かれた大理石製の校門の前で立ち止まる。校門の先には、灰色の壁に覆われた、3階建ての校舎がある。
ゲームの舞台である高校の外装を見渡しながら、波留は昇降口に向かう。上靴はどうするのだろうと一瞬思った波留は、下駄箱に自分の名前が記されているのを見つけた。よく見ると、その周囲には2年B組の生徒の名前が集中している。
下駄箱を開けると、そこには上靴が入っていた。そこに靴を仕舞い、上靴に履き替えた彼は、気味が悪いと思った。その上靴は一般的な白色の靴だが、そのサイズは岩田波留の足の大きさと合致していた。これまで履いていた靴は、拉致された時に履いていた奴だから、おかしなことはなかったが、上靴やパジャマ、制服までもが彼の体型と同じなことは、気味の悪い。仮想空間だからといえばそこまでのこと。仮想空間に体ごと送り込まれた時に、体型に関するデータを採取されたのか?
憶測が浮かび、彼は校舎内を歩き始める。昇降口を左に曲がると、校舎の全体図が書かれた地図が飾られていた。その地図から、2年B組が2階にあることを知った彼は、階段を探す。
その道中、波留は違和感を覚えた。校舎内から人の気配がしない。それどころか、校舎に向かい通学路を歩いた時から今まで、誰とも顔を合わせていない。
丁度その時、彼の学ランのポケットに仕舞われたスマートフォンが震える。周りに誰もいないならと思いつつ、波留は端末をポケットから取り出す。
『桐谷凛太朗様の提案を承認しました。午前8時からの15分間、1週間限定で各クラスにて、ミーティングタイムを開催します。プレイヤーの皆様。この時間帯に、各プレイヤーの皆様と相談してください。この時間帯のクラス内と自室以外の仮想空間発言やゲーム攻略という趣旨の発言は、禁止していますので悪しからず。また、人通りの少ないエリアが校内に設定しています。その場所を使って相談しても構いません。ただし、NPCに立ち聞きされる可能性もあり得ます。さらに、その場の周辺にNPCがいない場合も、ゲーム発言を許可します。自己責任でご自由にどうぞ』
現在の時刻は午前7時50分。ここまで誰とも会わなかったのは、桐谷の提案が原因なのか。疑惑を抱きながら、波留は自分の教室に向かう。
2年B組の教室のドアを開けた波留が見たのは、綺麗に縦6列横5列に並べられた机だった。幾つかの机の上には、既に鞄が置かれている。
教室内は、なぜか阿部連の姿しかない。鞄を机の上に置いた阿部は、波留の元に歩み寄る。
「岩田君。お早いですな」
「他の男子はどこですか?」
波留が尋ねると、阿部はハッキリと答えた。
「隣のA組に集まっていますよ。メールの件で抗議に行っているんじゃないですか?」
「1週間限定の相談タイムね。どう思いますか?」
「厄介じゃないですか。事実上の登校イベント封じですよ。登校時間にも、好感度を上げるチャンスはあるわけですから。だから経験者は抗議にA組へ行っているわけで……」
「そうじゃなくて、桐谷凛太朗君に関して」
「えっ?」
阿部は岩田の発言を理解できず、首を傾げた。
「桐谷君の提案によって、貴重な好感度を上げる機会を奪われたんです。おかしいと思いませんか? なぜラブはプレイヤーの要求を叶えたのか。それに、予選の後半戦の彼の行動も気がかりですよ。ゲームを楽しむために、敢えて人数の多いと予測されるAに投票したような……」
「まさか、桐谷君とラブは繋がっていると言いたいのですか?」
「そうですよ。運営の仲間を参加者に潜り込ませて、他の参加者の輪を乱れさせる。そうやって参加者を疑心暗鬼にさせて、デスゲームを盛り上げる。デスゲームあるあるでしょう。兎に角、僕もA組に行きますよ」
岩田波留は、机の上に置かれた自分のネームプレートを見つけた。その机の上に鞄を置き、阿部と共にA組に向かう。
5分後、波留を含むB組の生徒は、自身の教室に戻ってくる。
「桐谷の野郎。許せねぇ」
黒髪のショートクラウドマッシュヘアの少年、森川瑠衣が目を充血させながら、教室の中に入っていく。
怒りに満ちた声を近くで聞いていた波留は、森川の発言も一理あると思った。桐谷の言葉からは、この恋愛シミュレーションデスゲームを楽しんでいるような感覚が垣間見える。心のどこかでゲームを楽しんでいる波留も同類かもしれないが、桐谷とは何かが違う。
「エターナル・ラバーで一度に20人ものヒロインの同時攻略に成功したくらいで良い気になって……」
軽いパーマのかかったナチュラルショートの少年、大家碧人の発言を岩田波留は聞き逃がさなかった。
「エターナル・ラバー同時攻略!」
エターナル・ラバー。それは同時攻略が難しい恋愛シミュレーションゲーム。ゲームに登場するヒロイン全員と友好な関係を築く同時攻略というプレイスタイルは、やり方を間違えると、ゲームオーバーになる。
岩田波留は大家の元に走り、彼の肩を強く掴んだ。
「詳しい話を聞かせてほしいですね」
「知らないのか? 先週動画サイトの生放送で桐谷はエターナル・ラバーで20人ものヒロインの同時攻略に成功したんだ。知っているよな? エターナル・ラバー」
「同時攻略が兎に角難しい恋愛シミュレーションゲームでしょう」
「アイツは顔出し出演で、そのゲームのヒロイン全員を同時攻略しやがった。あの憎い顔は今でも覚えているさ。そんなことより、お前は何で驚いていたんだ? まとめサイトで話題になっていたのに」
「サイトを見ている暇がなかったからですよ。春休み中は、初見プレイでゲーム中に登場する全ヒロイン総勢200人を攻略するマラソン企画をやっていたから」
「とんでもない化け物だな。春休みなんて2週間もないだろう。そんな奴がいるなんて」
大家は驚きに打たれ、自分の席に座った。
その頃の2年B組の教室内は、不安な空気が漂っていた。主に不穏な雰囲気や恐怖に襲われていたのは、教室の隅に集まる3人の高校生達。おそらく彼らは、恋愛シミュレーションゲームの初心者ではないかと波留は思った。これから現れるヒロインと恋仲にならなければ絶命という、文字通りのデスゲームなのだから、無理もないと彼は考える。