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バレンタインデーの喜劇な悲劇

作者: 三枝 敦

 今日はいつもと変わらない日常……にはならないで欲しい。もしも今日がただの日常で終わってしまったら、すこし悲しいものがある。


 今日は2月14日。そう、バレンタインデーなのだ。つまり、女性が意中の男性にチョコレートを渡して、自らの思いを告げる日だ。という事は、モテる男にとっても今日は忙しい日になるはずだ。それはしかたがない。しかし、彼女がいない僕にはチョコレートを貰う予定がない。そして特にモテるわけではないので呼び出させる可能性は限りなくゼロに近い。それも近似を使ったらゼロと言っても良いほどに。


 チョコレートを貰えないという事は、何だか言外に僕の事を世界中の人々に否定されている気がする。僕の考えすぎなのかもしれないけど、あながち間違っていないのではないかと思う。なぜなら学校の生徒の大半は女子なのに誰一人として僕に渡す人がいなかったら、僕は男性として認知されていない。という事になるからだ。そんなのは嫌だ。


 なので今日は非日常であって欲しい。告白という非日常な事が起こって欲しい。それが儚い幻想でも良い。今日は女子達がチョコレートを渡す日であるのと同時に、男子達が夢を見る日でもある。そんな気がする。


 そんな事を考えながら教室の扉を開けると、甘くもあり苦い香りが僕の鼻腔を撫でる。自席に座っている男子達はスマホを見ていたり、自習していたり様々だ。しかし、共通して言える事は大半の生徒が手元に集中しておらず、どこか浮き足立っている様だ。まぁ、しかたがないか。僕も大差ないし。


 僕のクラスは理数科目の選択者が集まったクラスなので、女子が極端に少ない。2割弱しかいない。なのに僕の席は周りを女子達に囲まれてしまっている。くじ引きの運が良いのか悪いのかよくわからないけど、休み時間はすごく騒がしい。実際に今も僕の机の周りで群れている。それをどうにか掻き分けて自席に辿り着く。


 かばんから出した教科書を自席の引き出しに入れて、ポケットからスマホを取り出す。ここまではいつもと変わらない。薄汚れた上履きしか入っていない下駄箱も、空っぽの引き出しも、滅多に鳴ることがないスマホの通知も。


 ここまで何も変化がないと、むしろ清々しくなってきた。そうだ、放課後になったらコンビニに行ってチョコレートでも買おう。何だか今日は無性にチョコレートを食べたい気分だから。


 気晴らしにスマホでゲームをしていると、一人の女生徒が自分の友達と話すために僕の机に座った。いや、いくら端っこの方とはいえ座らないでほしい。ただでさえ小さな机が更に狭く感じる上に、こっちの気が休まらないから。と、声に出す事が出来ない訴えを心の中で叫んでいると、一人の女子の上履きが僕の机の横で止まった。


「ねぇ、コレ食べる?」


 スマホの画面から顔を上げると彼女が手に持っているものが目に入った。それは赤い袋で、お徳用と書いてあるチョコレートだった。そしてそれを僕に差し出してくれているのだ。


 これはどう考えても義理チョコレートだし、きっと彼女から貰えるのは僕だけではなくて、クラスの人達にも配るのだろう。つまり、決して本命ではなくてただの親切心のようなものだ。そんな事は分かりきっている。


 しかし、そうと分かっていても今日チョコレートを貰えるのは嬉しいのだ。今からダッシュでグラウンドを一周しても良いくらいに。そんな事を本当にしたら貰えるものも貰えなくなってしまうのでやらないけど。


「あ、ありがとう」


 少しどもってしまったが、なるべく平静を装いながら少し腰を浮かせて袋から赤いパッケージを一つ取り出す。そのパッケージにはTOMOTYOKOとデカデカと書いてある。まぁ、どっちみち義理なのには変わりないだろう。くれた相手は特に親しくしている訳でもない、ただのクラスメイトだからだ。良いところでも知り合い止まりだな。そして照れ隠しのために、早速そのパッケージの封を切って口の中に放り込む。


 チョコレートの甘さと、それに包まれたパイ生地のであろうサクサク感を楽しむ。ちょと苦いところがさらに美味しさを引き立てている。勢いで食べてしまったけどなんだかもったいないことをしてしまった。せっかく貰ったものだから、もう少し大切にすれば良かったな。などと考えていると


「え? ごめん。このチョコレートは前の子に渡そうとしたんだけど……そもそも男子に入って渡す予定はないの」


 その彼女の申し訳なさそうな声が、僕の舌に乗っているチョコレートの苦さをさらに引き出した。そして、パッケージの文字は間違っていなかったようだ。

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