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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第一章 星降る村の看板娘
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第九話 天の川の真実

 町中から赤く焼けた空と傾きかけた日を見つめていた涼真は、浅くため息をついた。


 数日間、エアバッハの方々を見て回ったがフェールの姿はどこにもない。初日こそデートだ何だと浮かれまくっていたわけだが、後は大真面目に探しているのだ。なのに、手がかりさえもない。


 女の子とあまり話したことのない涼真が、天の川通りの看板娘たちに聞き込みだってしてみた。フェールの容姿があれば看板娘たちの間でライバルとしてうわさが広がるはずだ。


 しかし、期待の新人的なうわさは全くない。むしろ、十剣たるディートリヒと渡り合った涼真の方がうわさになっていた。そのおかげで、聞き込みにはみんな協力的だったわけだけど。


 情報収集なら酒場、と王道的なまねもしてみた。


 だが、そもそもフェールが粗野な飲んだくれたちと積極的に関わるとは思えない。それに、エアバッハで酒場といえば天の川通りの宿と相場が決まっているのだ。

 そもそも、職業的に看板娘たちが一番の情報通なわけで。結局、さしたる収穫は無かった。


「駄目だ、この町にはいないのかも……」


 眼鏡の上に手を乗せて、涼真は眉間に皺を寄せた。これだけ探しても見つからないとなると、その可能性だって十分にある。


 他に旅支度を整えられそうなところを、カヤに教えてもらうべきだろう。

 そう考えがまとまってふと顔を上げると、まばらな人通りの中に見知った顔を見つけた。


 身なりは少し貧相に見えるが、その内側に秘められた真珠のような魅力が溢れ出るような少女。宿の看板娘、カヤだった。


 しかし、いつもは元気なカヤが肩を落として俯きながら歩いている。

 それに、今は夕方。客引きの追い込みをかける重要な時間帯なのだ。休暇でもない限り、天の川通りの看板娘がこんなところを歩いていることはない。


 何となく心配になって、カヤに駆け寄った。


「どうしたの? こんな時間に」

「あ、リョーマ」


 足を止めたカヤはバツの悪そうに顔を背けた。何だかサボりを見つけられた生徒のような顔だ。

 よほどタイミングが悪かったのか、カヤは目線をそらしたまま口だけを動かし始めた。


「ちょっと……、嫌なことあったんだ。それよりそっちはどうなの? 探し物は見つかった?」

「全然。手がかりもないし、読み違えたかな。この町には来なかったのかも。もう少しエアバッハを探したら、ちょっと町の外まで足を伸ばしてみようと思ってる」

「町の外? ……そっか……」


 ぽそぽそ、とカヤは小さな声で呟いた。あまりにも小さな声で、聞き取れない。


「え? 何?」

「ううん、なんでもない。じゃあ、そっちもうまくいってないのね。なら、気分転換しにいかない?」

「気分転換?」


 何かおかしくなってきたことに、気づいた。

 この流れだと、またデートになりかねない。

 ちょっと、今は気分じゃない。フェールの探索成果が全然ないってのに。


「きょ、今日はちょっと、やめときたいかな」

「えー? 傷心の女の子を放っとくの? ここは普通慰めて、あわよくば付け込んで何とかしちゃおうとするのが男ってものでしょ」

「何か話がリアルすぎるんだけど。僕はそういうの好きじゃないんだよ」

「あったりまえじゃないの。リョーマがそんなのだったら、ぶん殴ってるわ」

「馬が合ってよかった。じゃあ、探索に戻るから」


 くるっと背を向け、余裕を見せつつひらひらと手を振る。

 心内では未練たらたらだったが。楽しい楽しい気分転換してみたかったが。何かに負ける気がするので、我慢だ我慢。


 一方で、背を向けられたカヤは切なそうな目をしていた。だが、ひらひらと振られる涼真の手を見て瞳を輝かせる。いいこと思いついた、とでも言いたげに。

 走り出したカヤの手が涼真の手を捕え、指が恋人のように絡み合う。


「何探してるか知らないけど、後でもいいじゃん。カヤさんがそう決めたので、気分転換に決定!」


 あまりの奇襲に何をされたのか分からなかった涼真は、それを理解することで更に混乱する。


 手があったかい。柔らかい。何か甘い匂いする。というわけで、結局誘惑に負けた涼真はずるずるとカヤに引きずられていった。







 カヤに力強く手を握られて、涼真は暗い森の中をずるずると引きずられていた。それも、人一人がやっと通れるような獣道だ。


 カヤいわく、この先に取って置きの場所があるらしい。何か嫌なことがあると、いつもここに来るのだとか。

 こんな薄暗くて危険そうな場所を若い娘が歩いて、襲われないのは奇跡的かもしれない。人だけでなく、狼やら獣が襲ってきてもおかしくなさそうだ。


 やがて獣道の終わりと同時に森も途切れた。代わりに現れたのは崖と、町を一望できる景色だった。

 夕焼けで朱に染まったエアバッハは、人の心を奪う名画のように輝いている。町中を流れる小川は光を反射して、まるで無数の宝石が流れているようだ。


「どう? すごいでしょ」


 その景色をバックにして、カヤは得意げに笑う。涼真は手元にカメラがないことをとても悔やんだ。


 今のこの情景を収めれば、とてもいい絵葉書ができそうなのだ。観光に赴いた先で思わず手に入れたくなってしまいそうな絵葉書が。

 そんな光景を一人だけ。自分一人だけが心の中にしまい込むには罪悪感を感じるくらい、美しかった。


「どうしたのよ、ぼーっとして。あ、もしかして、見惚れちゃったり?」

「う。み、見惚れたとか、そういうわけじゃ……」

「んふふ。分っかりっやすーい! そういうとこ可愛いよね、リョーマは」

「……何か凄く、台無しにされた気分だよ……」


 何だか、いい夢を邪魔されてしまったような気がした。ふて腐れて、その場にしゃがみ込む。それにあわせるように、カヤも隣に座り込んだ。


「ねえ、涼真はわたしのことどう思う?」

「どうって。うーん」


 可愛いしエロいし気立てもいいしマジ天使。とは言える筈もなく、かといって気の利く言葉も出てこないので適当に濁す。


「どうしたの急に?」

「だってわたし、天の川ストリートで看板娘なんかやってるし」

「なんか駄目なの?」

「男の人を誘惑するみたいにして客引きしてる人間なのよ? そういうのって、凄く気になると思うの」


 カヤの目は、一望できる町の中でも一際大きい通りに向けられていた。自分を責めるかのように、罪悪感を吐露するように、思いつめたような目をして。


「かといって、わたしは綺麗な服を着ているわけでもないし。お金もなくて、皆が読める字も読めないのよ」

「でも、可愛くて」


 涼真は即座に反論した。


 カヤにあった嫌なこと。きっと、客に何か言われたに違いない。カヤが普段から気にしている核心を突かれるような出来事があったのだろう。

 だから、カヤに抱いた感情をそのままぶつけてみることにした。ただでさえ口下手なのだから、うまく慰めようとしたって変にこじれるだけだし。


「話してみると楽しくて、元気付けられて。お客さんだって、カヤともっと話したくて宿に泊まるんじゃないかな。時々我侭だけど」


 ふとカヤを見ると、顔が朱に染まっていた。夕日のせいじゃなく、耳まで真っ赤に染まっていたのだ。


 よくよく考えてみると、一番最初に凄いことを言ってしまっていた。さらりと流れたが、女の子に可愛いと言ったのはこれが始めてである。


 夕日が赤いことに感謝して、遠慮なく涼真も赤くなる。俯いた二人の間にしばらく沈黙が流れていたが、ぷっとカヤが吹き出した。


「最後の余計じゃないの。そこは褒めちぎっておくところでしょ? 詰めが甘いんだから」

「別にそういうの気にしないから。そういうタイプの人間目指してるわけじゃないんだし」

「じゃあ、何目指してるのよ?」


 何か特定のものになりたいなんて、思ったことはなかった。

 強いていうなれば、中学の時に嵌ったRPGの英雄くらいのものだ。


 それは妄想で満足できるレベルのものだったし、興味がFPSに移ってからは一人の英雄よりもチームの英雄に憧れた。

 そしてネットゲームをやれば、その世界では英雄になれた。


 だから、今目指しているものがない。ただ漠然と大学生になって、社会人になって、社畜やって。貰えるかどうか分からない年金を当てにして老いさらばえていく予定だったのだ。


 でも、異界に送られた今、目的は帰ること。そして、普通の生活に戻ること。ということは、目指しているものはやはりそれだった。


「とりあえず、大学生になりたいかな。講義サボってバイトして。ああ、そういえば学食にハンバーガー屋が入ってるとか誰か言ってたっけ。ハンバーガーとか食べたいかな」

「何それ? よく分かんないけど、楽しそう」

「うん。でもやっぱ、米を一番最初に食べたい。最近パンしか食べてないし。後は寝ないでFPSやらないと。もう一週間も過ぎちゃったから、ランク落ちてるかなー」

「さすがS級魔法士様、何言ってるのかさっぱり。リョーマ、何だか違う世界から来た人みたいね」


 呆れたように、カヤは肩をすくめている。やはり、女の勘が鋭いお方だ。


 ちゃんとその意味を分かって貰えなくとも、心のうちを吐露できたことで少し気持ちが軽くなった。


 余裕が出てきて、カヤにも同じことを聞いてみたくなる。

 何やら、自分の生き方に疑問を持っているようなのだ。


「カヤはこの先どうしたいの?」

「わたし? わたしは、待つだけ」

「待つ?」


 カヤは体育すわりをするみたいに、自分の足を抱え込んで頷いた。


「人って、自分じゃどうしようもないことってあるじゃない? 天の川ストリートは、そういう人たちが集まる場所なの。ほら、嫁を探さば天の川っていうじゃない?」

「そういえばいたかも。そんなこと言ってる人たち」

「それとは逆にね、婿を待つなら天の川って言葉もあるのよ」


 朱に染まる天の川通りを眺めながら、カヤは慈しむように言葉をつむぐ。


「天の川って、どうしようもなく追い詰められちゃった子たちが働いてることも少なくないんだ。それでも、外見綺麗だったりしないと拾って貰えないから、結構運がいい方なのは分かってるけど。でも、そうやって来ちゃった子たちは待つしかないの。助けてくれる、貴族や騎士様を」


 一人だけでは、どうしようもないこと。飢饉による、領主への多額の借金や口減らし。重病にかかってしまった家族の薬代や、高額の重税などその身に関係なく様々な不幸がある。

 中には看板娘の給金だけで何とかなるものもいるが、それは稀なケースだ。大抵は一生働いても解決しないような問題を抱えている。


 天の川通りには、うわさを聞きつけた貴族が時々やってきて、本当に娘を嫁にしていく者がいる。だから、不幸に見舞われた少女たちは、それを帳消しにしてくれるようなシンデレラ・ストーリーを夢見て集まってくるのだ。


「だからね、わたしは待つの。あの星みたいに」


 日が傾いて、暗闇と朱に別れた幻想的な空。その暗闇から覗く星々の川は、この世界でも伝説の舞台だ。

 その中でも、一際白く輝く星をカヤは指差した。


 織姫星。天の川に隔てられ、夏彦星を待ち続ける織姫のようにカヤは待つと言う。それも、伝説のような年に一度などという保障もない絶望的な可能性に賭けて。


「それしかできないから。でもね、こんな貧相なわたしでも助けてくれるって言う人がいるなら。ほとんど何にもしてあげられないけど、わたしの持ってる全部をその人にあげる」


 力になりたかった。別にカヤが欲しいとか、そういうわけじゃなく。


 いつも元気に笑っているカヤが、強気なカヤが、また弱々しい瞳を向けるから。助けを請うような目をするから。

 そんなカヤを見ていたくないから、その笑顔を守るために助けたかった。


 しかし、今できることはない。お金もないし、力も無いのだ。神託の宝具さえあれば、あるいは何とかなるような問題だったかもしれないが、今は何もできないのだ。

 貴族でも、騎士でも、ましてやS級魔法士などという大それたものでもないし。


 黙って、指をくわえて。カヤが苦しむのを見ていることしかできない。


 自分の無力さに苦味を覚えて、涼真はカヤから目をそらす。カヤは哀しそうな顔をしたが、やがて気を取り直すように深呼吸した。


「あーあ、振られちゃった。一世一代の告白だったんだけど、二日三日じゃ仕込が甘かったか。でも、結構イケてたでしょ?」

「うわ、そうくる? 凄い魅力的な釣り針だったんだ。よかった、食いつかなくて」

「あったりまえでしょ。これでもわたし、女優目指してるんだから。将来は、帝都のオペラ座で一番の人気女優になるのよ。お涙頂戴くらいできないとね」

「うわああ、毒針だったよ! ほんっとに食いつかなくてよかったよ!」

「何よ。未来の人気女優の演技を初めて見る観客なんだから、もっと喜びなさいよ」

「その未来が来ると良いね、生きてるうちに」

「リョーマって、こういうとき容赦ないよね」


 カヤがしょぼくれたように肩を落とすと、涼真は焦って顔を覗き込む。しかし、それも演技だったらしく、俯いているカヤの顔は馬鹿にするようにニヤついていた。


 二人による陰険な小競り合いが始まろうとしたとき、カヤが何かに気づいたように町の景色へと目を留めた。涼真もつられて町を見る。


 いつの間にか、天の川通りの付近から煙が立ち上っていた。


「嫌ね、ウチのほうじゃないの。きっと小火だし、大丈夫だとは思うけど」


 そう言いつつ、心配の色を顔に浮かべたカヤは焦ったように森の中へと歩き出す。涼真も少し心配になり、カヤの後を追いかけた。

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