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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第一章 星降る村の看板娘
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第五話 勇者は二度寝る

 涼真が目を開けると、木の葉の隙間から綺麗な星々が瞬いていた。


 そういえば、ディートリヒたちが森に消えた後、急に眠気が襲ってきてぶっ倒れたのだ。だから、こんな寝心地の悪い木の根の上で寝ることになったのである。

 それでも、今日一日生き延びたことを喜ぶべきだろう。正直、肘鉄食らったときにはお花畑が見えたのである。


 そんなことを考えていると、目の前を何かが覆いつくした。

 とても可愛らしい女の子が、涼真の顔を心配そうに覗き込んだのだ。


「大丈夫? 痛いところはない?」


 血が頭のほうに逆流するのを感じて、涼真は一気に意識が覚醒した。


 心の臓器とか名づけられたやつが、人生でもっとも激しく稼動している。全力でお仕事中である。

 そういえば、鼓動が早い動物ほど寿命は短いらしい。ゆえに、寿命が激しく縮まっているのだ。


 よく回らない頭でそこまで考え、よく分からないまま返事する。


「心臓が痛い」

「心臓!?」


 目を丸くして驚いたフェールを見て、涼真もやっと我に帰った。がばっと上半身を起こして立ち上がる。


「じゃ、なかった! 君のほうこそ大丈夫!? 足は!?」

「わたしは大丈夫だよ。魔法で治したもん」


 立ち上がったフェールはぴょんぴょん飛び跳ねて、足が全快であることをアピールしている。


「あなたの怪我も全て治したけど、痛くない?」


 涼真は殴られた胸などをさすってみたが、全然痛くなかった。疲れもすっきりとれて、快調である。


「全然どこも痛くないよ」

「よかったあ」


 心底嬉しそうに笑い、フェールは胸に手を当ててため息をついている。


 この笑顔を守るために、涼真は戦ったのだ。全世界が敵となった今、げんなりとはするが後悔はない。


 いっそこのままフェールを連れて、日本に帰るという手もある。異世界で物凄く可愛い彼女作って帰還しました。それって最高だ。

 そして、フェールには頼れる人がいない。必然的に一つ屋根の下、わくわくドッキリイベント満載な大学生活が始まるのだ。


 そこまで考えて、涼真は重大なことに気づいた。大学が遠いので、一人暮らしになるのだ。

 ということは、だ。必然的に同棲生活に突入するというわけなのだ。


 一つ屋根の下、もちろんお金がないとかいう理由をつけて一つベットの中。超絶美少女と添い寝プラスエロイベント付な夜を過ごすことになる。

 リア充フルスペック搭載の日々が待っているのだ。どこで神が設計図を書き間違えたか知らないが、これは有りだ。

 天の時を逃せば、災いが降りかかるというし。よし、そうしよう。


 フェールを連れて行った後の妄想を、涼真は真顔で隠しつつ一秒以内に完結させた。こうした思考に陥ると、何とも頭の回転が早いのだった。


 そんな邪悪な心内を露とも知らないフェールが、人懐こい笑顔を向けた。


「遺跡でも助けてくれたでしょ? ずっとお礼が言いたかったの。ありがと!」


 ちょこん、とフェールが頭を下げる。


「わたしはフェール。フェール=デルプフェルト。あなたのお名前は?」

「涼真。神崎涼真」

「カンザキ=リョーマ? カンザキがお名前じゃないの?」

「神崎が苗字だよ。名前が涼真」

「そうなんだ、変わってるね。でも、カンザキは凄いね!」


 フェールのただでさえ美しい瞳がその輝きを増し、きらきらとし始めた。


「え、何が?」

「だって、遺跡のゴーレムは倒しちゃうし! さっきだって、剣士を三人も倒しちゃうんだもん!」

「あー、あれね」


 魔法じゃないんだけど、と思いつつ、涼真は誤魔化すように頬をかく。

 魔法じゃないが、説明はしないことにした。神託の宝具と書いて災厄と読む。下手なことは言わない方がいいだろう。

 すると、フェールが歯に何かものが挟まったような、微妙な顔をした。何か感づいたらしい。


「あ、あのね」

「どうしたの?」

「カンザキって呼びにくいから、その、リョーマって呼んでもいい、かな?」


 女の勘よろしく、あなた神託の宝具使ったでしょ、とか言われると恐れていた涼真は、激しく安堵のため息をついた。

 フェールは照れくさそうに人差し指の先と先を合わせ、悩ましそうにつんつんしている。

 フェールとしては、お名前を呼び捨ては色々とハードルがあるらしい。いきなりは親しすぎるとか、馴れ馴れしいとか、そんな概念があるのだろう。

 おもむろに上目遣いになったフェールは、指つんつんを続けながら小声で呟く。


「だめ?」


 涼真の中で、稲光が落ち、何かが光臨した。


 く、こいつあざとい。断定できる。フェールはあざとい。

 しかも、本人は気づいていない。天然でやっている。


 そういえば、この光景はどこかで見たことがある。そうだ、日本にいる従姉妹だ。

 今のフェールみたいに上目遣いでおねだりして、色々なものを買ってもらっていた。おかげで我がまま一杯に育って、今じゃブランドバッグに目がないらしい。

 数多の男を引っ掛けて、財布にしているとか何とか。

 あのビッチ、じゃなかった従姉妹のことを考えると油断はできない。


 ああしかし、よく考えてみれば今は金銭的な何かをおねだりされてるわけじゃない。全然問題なかった。


「むしろその方……じゃなかった、いいよ」

「ほんとに? やった!」


 嬉しそうに、フェールは一度だけぴょんと跳ねた。


「リョーマ、リョーマ、リョーマ」

「へ? 何?」

「えへへー、呼んでみただけ。響きが好きなんだもん」


 響きが好き、て。初めて聞く名前の褒め方だ。


 いやでも、名前負けと友人たちに呼ばれて苦節十八年。この名前でよかった、と初めて思える歴史的瞬間だ。

 名前を呼ばれまくって幸せな気分に浸っていると、今度はフェールの小首かしげながら満面笑顔攻撃がやってきた。


「リョーマ、ありがとう。見捨てて逃げないで戦ってくれたの、ほんとに嬉しかったんだよ」


 ぽろっと、フェールの目から一筋の涙が伝った。笑顔のままなのに。

 涼真はぎょっとしたが、同時に、急激な眠気に襲われた。抗うことのできない眠りに、足元がフラフラと揺れる。


「な、にを……?」


 眠りに落ち、倒れ掛かった涼真の身体をフェールが抱きとめた。


「でもね、心配だったの。やっぱり、誰も巻き込みたくないの。リョーマが傷つくの、見たくないんだ」


 フェールは涼真の身体を宝物でも扱うようにそっと寝かせると、ぐしぐしと涙を拭いた。


「最後に、お名前だけでも知れてよかった。ちゃんとお別れできるから」


 フェールはもう一度、必死な様子で涼真へと笑いかけた。


「たくさんの勇気を貰ったよ。だからわたしはもう大丈夫。何の恩も返せなくてごめんなさい。せめて、ヤルダット神の加護があなたを守りますように」


 言葉が湧き出てくるのと同じように、またフェールの瞳に涙があふれる。


「さよなら、リョーマ」


 暗闇に包まれた森を、フェールは一人で走り出す。一度だけ名残惜しそうに振り返ると、フェールは小さく呟いた。


「さよなら……」

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