第四話 大馬鹿野郎
「どこが一日なんだ。夕日と一緒に沈んでしまえ、この世界」
沈み行く夕日を見ながら、涼真は毒を吐いた。
深く生い茂る木々の中、真っ直ぐに通る一本道。徒歩で一日、と教えてもらった船の停泊する村は、歩けど歩けど見えてこない。
率直に申し上げて、遠いのだ。一日はサバの読みすぎだ。どう考えても二日目に突入する。町の明かりすら見えないわけだし。
それでも、帰り道探しの旅じゃなければ少しは楽しいのだろうが、そのせいで最低気分の旅になっている。おまけに渡された麻製の黒い長袖と灰色の長ズボンがチクチクして痛いのだ。
出発して十時間、高校二年生という若さで既に三重苦だった。
こんな苦労をしてまで目指す場所は、エアバッハという町だ。地図上では割と大きな町に見える。何でも、この地を収める領主の家があるらしい。
しかしこのエアバッハ、船が泊まるという話にも関わらず、思いっきり内陸の町である。周りには大河も湖もないようだ。
逆に、オーデンヴァルトには大きな湖があるようだ。船が停泊するとしたら、オーデンヴァルトだろう。
あの老人二人は、そろいもそろってボケていたのかもしれない
だが、この世界ときたら剣と魔法のファンタジーなのだ。船くらい飛んでようが、地上を走ってようがおかしくない。
そこまで思い至って、涼真は頭上に何かがあるのに気づいた。
「……流れ星!? そんな馬鹿な!?」
真っ黒くてでかい岩みたいなのが、涼真へ向かって飛んできている。
近すぎて、避けるとかそういう状況じゃない。悲鳴を上げるまもなくぶつかって、成すすべも無く地面に尻餅をつく。
「いった! 痛た……。一体何なん……、というか、何で生きてるんだっけ?」
しかし、何でか死んでない。
頭をさすりつつ、ぶつかってきたものを睨みつける。そして、絶句した。
あの悪夢に何度となく出てきた、オーソドックスな探偵服と探偵帽。それが前方一メートルもない距離で地面にうずくまっているのだ。
逆光になってたせいで、流れ星と勘違いしてしまったらしい。
それにしても、物凄い嫌な予感だ。こいつは人の夢に七十回以上も嫌がらせのように登場した挙句、異世界にまでご案内してくれたトラウマの服である。
一体何の恨みがあるのだろう。
そういえば、幼いころにコスプレ用の探偵服を焚き火にした事件があった。焼き芋は何だか変なにおいがして食えなかったけど。
ちなみに、首謀者はもちろん涼真だ。いけない、心当たりがあった。
「もう二度とそのようなことはいたしません! 探偵服で焼き芋すると不味いので!」
微妙な懺悔をしていると、探偵帽がころんと地面に転がった。
うずくまっているお方の髪の毛は緑だった。どんな遺伝子配列だ。どうやらこの世界で日本の常識は欠片も通じないらしい。
そんなサラサラセミロングの頭がもぞもぞ動いて、ゆっくりと顔が上がると、涼真は釘付けになった。
幼さを残した、愛くるしい顔。宿った緑色の瞳は月明かりに照らされたデマントイド・ガーネットのように美しいのに、目尻は少したれ気味で子犬のような人懐こさまで持っている。
鼻と口も神が計算したように可愛らしく、美しい黄昏さえも惹きつけて浮かび上がっている。
身体は貧相で背も低いが、それが一層に守ってあげなくてはならないという感情を煽ってくる。守る人がいなければ、今にも壊れてしまいそうなのだ。
そんな狂おしいほどの愛らしさを持った少女が、目の端に涙を溜めて訴えるように涼真の目を見ていた。
時が止まったように感じて、涼真はごくりと唾を飲み込む。
金縛りにでもあったように、体が動かせない。口も動かなければ、呼吸まで忘れてしまったようだ。
ただ沈黙が支配する中、少女の口が動いた。
「た……!」
それだけを漏らして、少女が口をつぐむ。次いで目をそらして、言葉を飲み込むように胸に手を当てている。
そしてすぐに目線を涼真に戻すと、また口を開いた。
「逃げて!!」
少女は叫ぶと、地面に落ちていた探偵帽を引っつかんで立ち上がり、一目散に森の中へと消えていく。
涼真は呆然として、その背中を見送る。
あの少女の声に、聞き覚えがあった。美しく、心落ち着かせるハープのような声だ。やはり、あの少女は悪夢に出てきた少女だったのだ。
それにしても、逃げてと言っていた。逃げて、て。トラウマゴーレムを思い出してしまう。案の定、少女が飛び出してきた森のほうから、ガシャガシャという金属のこすれあう音が聞こえてきた。
洞窟での恐怖の足音を思い出し、慌てた涼真は少女の後を追って森の中に飛び込む。
黄昏時の森の中は暗かったが、草がほとんど生えていないので足を取ってくる木の根に注意すれば十分に走れる。
涼真の前を行く少女は、怪我をしているのか左足を庇うようにして走っている。それでも、かなり足は早い。
やっとのことで、涼真は少女の隣に並ぶ。
「今度は何なのさ? まさかまたゴーレムじゃないよね!?」
「えっ!?」
涼真を見た少女は、とても驚いたように目を見開いた。
「どうして!? 早く逃げて!」
「逃げてるよ、全力で!」
「違うの! わたしから逃げて! 誰も巻き込みたくないの!」
ぬああ、と漏らして、涼真は頭を抱えた。
どうやら、早とちりをやらかしたらしいのだ。
とてもとても広いこの世界。だだっ広い森の中で少女に激突し、あまつさえも選択肢を間違えたらしい。
確率からすれば、宝くじの一等といい勝負だ。いやこの場合、その宝くじに約束手形がおまけされてたようなもんだ。ここまでパーフェクトに選択を間違えるのも珍しい。
自分を呪いたいけど、余計に運が悪くなるのでやめとこう。
「きゃっ!」
前触れもなく小さな悲鳴を上げて、木の根に足を取られた少女が転んだ。涼真も走るのをやめ、少女に駆け寄る。
「い、いた……」
「大丈夫!?」
「大丈夫だよ、大丈夫!」
そういいながら、痛そうに顔をしかめて少女は懸命に立ち上がる。ところが、あまりに足が痛いのか、立ち上がってもまた地面にしゃがみ込んでしまう。
それでも少女は諦めず、立ち上がろうとする。
「それじゃ、これ以上逃げるのは無理だ。隠れよう」
涼真は少女の腕に肩を貸す。背が低いのでちょうどいいのが何か悲しい。
普段なら恥ずかしくて女の子とこんなに密着できないのだが、今はそうも言っていられなかった。辺りを見回し、隠れられそうな場所を探す。
「駄目だよ、あなたは早く逃げて。巻き込んじゃう!」
「そりゃ困るけどさ。放っておけないよ」
このまま放って逃げたら、後味悪くて仕方ないのだ。しかし、隠れてやり過ごす案も、ちょうど良さそうな場所が見当たらない。
近づいてくる金属音から少しでも遠ざかろうと、涼真と少女は歩く。だが、それは微々たる抵抗に過ぎない。
あっという間に金属音が追いついてきて、ついに三人の人影が現れた。
人影、という点で、涼真は安堵した。血肉の通う人間なら、話によっては見逃してくれるかもしれない。
「早く逃げなきゃ、わたしは置いていってもいいんだから!」
少女は未だに騒いでいるが、もう手遅れである。三人の人影は目の前だ。
木漏れ日に照らされて現れた者たちは、騎士と呼称して差し支えない出で立ちをしていた。
二人は鎖帷子で身を固め、腰にサーベルを差した若い男だ。二人とも、厳しい表情をしていなければ普通の人に見えるだろう。それほど身分が高いようには見えず、たぶん下級の騎士だ。
しかし、一人だけとても目立つ格好のやつがいる。
そいつは、真っ赤な下地に金色の装飾で炎を表現したと思われるプレートアーマーを着込んでいる。燃え上がるような髪の毛も見事な真紅で、冷ややかな青い瞳を総合しても劫火を連想させる男だ。
加えて、背の高い色男だ。年は恐らく二十前後、身長は百八十くらい。男である涼真の目から見ても、理知的で繊細な魅力がある外人さんだ。少女マンガにでも出てきそうな顔立ちだ。
身分も高そうだし、こいつが頭であることに間違いはなさそう。
そんな男の青い瞳が涼真を捉えると、真紅の眉が怪訝そうに曲がった。
「妙なのが一人増えたな……。まあいい、何者か知らんが、その娘をこちらへ引き渡してもらおう」
小刻みな震えが、少女から涼真に伝わる。見捨てないで、とでも言うように。
「彼女をどうするんですか?」
「貴様の知るべきことではない」
炎のような騎士が、威嚇するように目を細める。
「これ以上首を突っ込むと、命を落とすことになるぞ。悪いことは言わない。その娘を渡せ」
「嫌です、と言ったら?」
青い瞳が二人の若い騎士に目配せする。すると、騎士たちは頷いてサーベルを抜きはなった。
「ハイメ、ウィティヒ。娘を抑えろ」
「は!」
二人の騎士は軽快に走り、涼真と少女を挟み込むように立ち位置をとる。そして、サーベルの鋭い切っ先を二人の頭に向けた。
そりゃそうですよね、と思い、涼真は顔をひくつかせながら両手を挙げる。
やるべきことはやった。相手は全然話の通じない連中で、それでも普段は小心者の涼真が歯向かうまでしてみたのだ。もう十分だ。
殺されてしまっては元も子もない。少女も、殺されると決まったわけではないし。
震える少女を渡すのは気がひけたが、もうどうしようもない。
涼真はゆっくりと少女を地面へ座らせると、相手を刺激しないように少しずつその場から離れる。
ハイメと呼ばれた騎士が涼真を警戒するようにサーベルを向けているが、切りかかる様子はない。涼真が少女から離れると、炎のような騎士が少女に迫った。
「用件は分かっているな? 渡してもらおう」
「い、いや……」
「身体をまさぐられるような恥辱は受けたくあるまい。大人しく渡すことだ」
脅迫めいた言葉を聞いて、少女は震える手を懐に入れる。そして、おずおずと何かを取り出した。
差し出された少女の手のひらに乗っていたのは、黒く小さい板だった。SDカードのようなものだった。
神託の宝具――。
涼真の頭に、震えが走った。
この少女が、フェールという名の村娘だった。悪夢に出てきて、一度だけ助けた女の子が。
力に魅入られる、なんて感じは全くしない。むしろ、人が傷つくのをとても嫌っていたほどだ。
そんな少女がなぜ神託の宝具を持ち出したのだろう。
分からない。理解できない。だが、一つだけいえることがある。
神託の宝具は、所有者が死ななければ、次の所有者は使用することができない。
つまり、フェールは殺される。
神託の宝具を持っていた。でも、使用しているかなんてわからないから。たったそれだけの理由で、念のために殺されるのだ。
無情にも、炎のような騎士のサーベルがフェールの首筋へと向けられる。
「何か言い残すことは?」
「あ、あ……」
身体を震わせ、恐怖に射すくめられたようにフェールは動かない。それでも、やっとという様子で口から言葉が搾り出される。
「そ、そ、その人は、無関係だから、殺さないで……」
炎のような騎士の青い瞳が、ゆっくりと涼真を捉える。
「殊勝なことだな、娘。この期に及んで他人の心配とは」
「それと……」
青い瞳が、再びフェールを射すくめる。フェールは震えたが、言葉を止めることはない。
「村の皆には、わたしが死んだことを黙っていて欲しいの」
「何故だ?」
「だって、そうすればわたしはどこかで生きていて。どこかを元気で旅してるって、みんなそう思えるはずだから。お母さんも、師匠も、いつかわたしが帰ってくるって待ってることができるはずだから」
フェールの言葉は、死の直前にいたっても他人のことを心配するものだけだった。
フェールの人生には無縁の涼真を心配し、切り捨てた村人たちを心配した。自分の命の心配を一切せずに。
冗談じゃない、と涼真の心のどこかが言っている。
フェールは、巻き込まれただけだ。涼真が背負うはずだった過酷な運命を、一人で背負うことになってしまったのだ。
つまりは、それを背負うことを放棄した涼真に責任がある。最初から分かっていたことだけど、目の前でやられると後味が悪い。
「……その心がけ、必ずやヤルダット神は貴公を天の国へと引き上げるだろう。そして、後世に必ずや語り継ごう。邪神に抗するため、その身を犠牲にした聖女がいたことを」
炎のような騎士が、サーベルを振り上げる。
フェールは、満面の笑顔を作っている。身体は震えているにも関わらず、笑顔を作っているのだ。
涼真には、何となく分かっていた。
フェールは、心配しているのだ。今から首を落とす炎のような騎士が、罪悪感にさいなまれることを。
だから、少しでもそれが和らぐように笑顔を作っているのだ。まるで、喜んで死に望むかのように。
「いい加減にしろよ……」
涼真は呟いた。
いい加減にしろ。フェールにサーベルを躊躇なく振り上げる騎士。見守っている騎士。何故何とも思わない。
いい加減にしろ、神崎涼真。いつまで騎士たちと同じことをしている。
神託の宝具は、フェールを助けることのできる力の塊だ。助けることのできる手段が目の前にあるのに、いつまで見てみぬふりを続けるつもりなんだ。
この世界全てを敵に回すのが怖い。命を落とすのが怖いから。
じゃあ、目の前の少女は何をしている。世界を敵に回して、切り捨てられて、たった一日で殺されようとしている。
神託の宝具を使えなかったからだ。使えないのに、全世界を敵に回した。
神託の宝具を持ち出したのは何故か。簡単だった。フェールは、村が襲われると知って神託の宝具を持ち出したに違いない。フェールの考えの根底には、人の心配しかないのだから。
こんなにも心優しい少女を、全世界は寄ってたかって殺そうとしている。一人くらい、全世界の中から一人くらい、味方になる勇者がいてもいい。
「いい加減にしろよ!!」
涼真は怒鳴ると、走った。フェールの手のひらに置かれた、世界を変える力をもつ最強の兵器を目指して。
「な! 待て!」
ハイメが、涼真の背中を追いかける。
涼真は、ただひたすらに走る。
後、二メートル、一メートル。フェールの手のひらに、涼真は必死で手を伸ばす。
後ろから追いついてきたハイメが、サーベルの切っ先を涼真の背中に突き込む。
涼真の指先に、神託の宝具が当たったその瞬間。
瞬く間に流線を基調とした銀色の銃が出現し、涼真は振り向く。
振り向いた刹那、涼真の目前五センチに迫っていたサーベルが激しい虹色の輪を描いて蒸発した。まるで、熱された鉄板の上にかけられた水が蒸発するような音を立てて。
「な、何だ!? 剣が……!」
ハイメは四分の三ほども消失してしまったサーベルの刀身を見て目を丸くして驚き、恐れるように一歩二歩と後退する。
グッと歯噛みした涼真は、眼鏡のうちの瞳に秘めたことのない激情の怒りを持って、呆然としている三人の騎士を睨みつけた。
「お前ら、寄ってたかって……! 一体何様だ!!」
涼真の怒りに気圧されるように、ハイメはもう一歩後ろへと下がる。そして、炎のような騎士へ目配せした。
「ディートリヒ、こいつは魔法士だ!」
「あ、ああ、その、ようだな」
要領を得ない返事を、ディートリヒはハイメに返す。すると、今度はウィティヒと呼ばれた騎士が涼真に斬りかかった。
「うおおおおお!!」
涼真の目の前に躍り出て、大上段から地面へと一息にサーベルを振り下ろす。
しかし、邪悪龍の血液が涼真の怒りに応えるように沸騰し、サーベルを分解し尽くす。
「……な、に!?」
うろたえるように後ずさるウィティヒへ、涼真は銀色の銃の口を向ける。
狙うのは腕だ。殺すことはない。しかし、この銃の威力では腕一本程度を覚悟してもらうしかない。
それでも、騎士たちのしようとしたことを涼真は許せなかった。吹き飛ばす腕をしっかりと見据え、躊躇なく引き金を引く。
ガキッと金属音がして、光子が銃口に集まり始める。一つ一つが無数の星となり、棒状銀河のように集まっていく。
ところが、激しく空気が抜けるような音を立てて、棒状銀河が霧散した。
「何で!?」
「簡単なことです。弾切れですよ」
喋った銃の返答は、実に明快かつ的確なものだった。
銃の電子板には、“00”の文字が光っている。あの洞窟で、ゴーレムに銃を向けたときは“01”と書かれていた。どうやら、これは弾数を表していたようだ。
涼真は怒りの眼差しのまま、三人の騎士を睨む。弾切れであることを、ばれないように。
幸いなことに、ウィティヒも分解された己の剣を見て狼狽している。
ウィティヒは指示を仰ぐようにディートリヒを見やる。
「こいつ、銃を持っているぞ!」
ウィティヒの一言に、涼真は妙な違和感を覚えた。
この三人の騎士は、涼真を魔法士と呼び、銃を持っていると言った。だが、神託の宝具とは一言も言っていない。
妙な違和感だったが、緊迫した状況と頭を真っ白にさせるほどの怒りが頭の隅へと追いやる。
ディートリヒがサーベルを構え、ハイメとウィティヒの前に出てきた。
「A級……。いや、S級魔法士か。とんだ食わせ者だな、貴様。名と、二つ名を名乗れ」
「二つ名……? そんなのないよ」
A級とか、S級とか、そんなものは知らないし。
もちろん、名前も名乗らない。これから逃亡生活に入ろうというのに、名乗るわけがない。
「馬鹿な、貴様ほどの魔法士に二つ名がないわけがあるまい。まあいい、吐かせてやろう」
ディートリヒは、体勢を低くとると涼真に向かって駆け出した。真っ直ぐ、最短距離で。
銃を持っていても、弾を避ける自信がある動きだ。そのまま一気に距離を詰め、涼真の足元からサーベルで斬り上げてくる。
涼真はその迫力でたじろいだが、邪悪龍の血液が一瞬でサーベルを分解した。
ところが、ディートリヒにうろたえる様な表情はない。冷静なままだ。
ディートリヒは柄だけとなったサーベルを空中へ放ると、素早く肘を折り曲げ涼真の胸に肘鉄を叩き込む。
「がっ……!!」
涼真は息ができなくなると同時に、世界が二度も三度も回転した。風に吹かれた木の葉のように体が転がり、成すすべもなく地面に這い蹲る。
「げほ、げほ! なん、で……?」
無敵のはずの邪悪龍の血液が突破されたのだ。たかが、人間の肘で。
わけが分からずにいる涼真に、銃が答える。
「そう難しいことではありません。元素分解シールドは、人体を分解できません。魂が入っていますから」
「た、魂?」
「ええ。魂の持つ意思は、元素の結びつきを強める力があります。それらを分解するためには、等価の魂か、エネルギーが必要となります」
何言ってやがんだ、と涼真は悪態をついた。
先ほどまで超科学の兵器だと思っていたのに、いきなり非科学的なことを言い出したのだ。でも、このくらいの科学力になると魂だって見つけられるのかもしれない。
その程度の単純な結論で涼真が自分を納得させていると、足音が近づいてきた。
「大丈夫!?」
フェールが足を引きずるように走ってきて、涼真の前にしゃがみこむ。
フェールの美しい瞳は、やはり涼真を心配しているようだった。
「もうやめて! わたしのために人が死ぬなんて、そんなのやだよ!」
人が傷つくことへの恐れ。不安。それらが涙となって、目を潤ませている。
涼真は自分の無力さに腹わたが煮えくり返りそうだった。
世界で唯一の味方が、目の前で殺されてしまったら。フェールの悲しみが増えるだけだ。そんなエンディングのために、神託の宝具を手に取ったわけじゃない。
意地と気力で、涼真は再び立ち上がる。
一歩、二歩と近づいてくるディートリヒ。人を木っ端のように吹き飛ばすなど並の力ではない。抗う手立てが見つからない。
「く、そ」
涼真はフェールを庇うように前へと一歩を踏み出す。それに取りすがるように、フェールは涼真の腕を引っ張る。
「戦わないで! どうして逃げないの!?」
「……大馬鹿野郎だから」
フェールへ一瞥もくれず、涼真は答えた。
何の勝つ手段も思いつかないのに、気力と意地で立ち上がる。勝つまで何度でも立ち上がるのだ。
柄じゃないのは分かってるけど、それが勇者の定義と知っている。
「どうすれば……」
「現状の打破には、バッテリーの調達を進言します」
「バッテリー?」
「周囲五キロ以内の検索を開始……。完了。最大のエネルギー源は……」
涼真の右目にディスプレイが広がり、縦棒グラフとフェールの鮮明な顔写真が映し出された。
「個体名フェール。クラスCの魔力を確認しました。この場でのバッテリーとしては最適です」
「なん、だって?」
神託の宝具の異常な物言いに、涼真は怒りのボルテージを上げていく。
人を捕まえて、バッテリー。フェールは物でもなければ、電池でもない。この世界は、猫も杓子もフェールを物扱いしたいらしい。
「二度と、そう呼ぶなよ」
「了解。大脳皮質、大脳辺縁系を検索中……。呼称名を協力者へと変更。パートナーの協力を得るには、パートナーによる利用規約への同意が必要です」
ばたばた、と涼真の背後が騒がしくなった。
「わわ、何これ!?」
涼真の後ろで、フェールが慌てふためいている。どうやら、涼真と同じようにディスプレイが見えているようだ。
「同意して!」
「う、うん!」
目をギュッと瞑ったフェールは、こくこく、と必死になって頷いている。
「パートナーの同意を確認しました。デバイスのインストール中……。完了」
涼真は銃の電子板を見るが、数字は“00”のままだった。
慌てて、銃に問いかける。
「どういうこと!?」
「邪悪龍を屠りし剣は、大量の魔力を必要とします。クラスCでは不足です」
「邪悪龍を屠りし剣? この銃のこと? どうすんのさ!? 他にもっと弱めの武器無いの!?」
「ありますよ、涼真の頭の中に。アクセサリ、ガン・アーカイブを起動」
涼真の右目に、四角で区切られた横書き用の表とイメージ画像投影用のプレビューウィンドウが姿を表す。
表には何も書かれておらず、プレビューウィンドウはそれと分かるように表を選択してくださいと書かれている。
「使用したい銃を思い浮かべて、アーカイブへ登録してください」
「くそ!」
いくらFPS中毒患者の涼真でも、この状況ですぐにそれを思い浮かべることはできなかった。第一、銃の専門家ではないし。
その上、先ほど殴られた胸が痛んで緊張感が集中力を奪っていく。ディートリヒが走り出すことで、更に頭が真っ白になっていく。
ディートリヒは乾いた草原を走る火のごとく、あっという間に涼真へと殴りかかる。腕が振りかぶられ、拳が上がる。
その時、悔しさと恐怖で真っ白になった涼真の頭の中で、一つの銃が思い浮かんだ。
銀色の銃、邪悪龍を屠りし剣が、バチバチと電流が弾けるような音ともにそれへと変化する。
FPSのイベントで、初めて手に入れた思い入れの深い銃。
無骨で、重くて、しかし洗練されたシングルアクション式リボルバー拳銃。
口径は三十二、全長約二十七センチ。装弾六発、重量七百十四グラム。黒金の大砲を髣髴とさせる、重厚さを備えたそれは。
S&Wモデル2アーミー。
涼真は殴るように腕を突き出すと、とっさに銃口をディートリヒの肩口に押し当てた。
こんなやつだって殺したら、フェールは悲しむに決まっているから。それなのに、こいつらときたら。
怒りとやるせない気持ちを人差し指に込める。
「この子がお前らに、何したってんだ!?」
引き金が引かれると同時に撃鉄が雷管を叩き、弾丸が銃身を駆ける。銃声が森にこだまし、弾丸は肩を射抜いた。
ぽたぽたと腕から血を滴らせて、ディートリヒは後ろへとよろめく。
撃たれた肩へと手を当て、顔をしかめたディートリヒは手傷を負った獣のように涼真を睨みつけた。
「いい腕だ、魔法士。だが、必ず後悔することになるぞ。ここで死んでおいたほうが、マシだったとな」
まるで心の底から哀れむように、ディートリヒは青い瞳を涼真に向ける。
「こうしなかったら、もっと後悔したさ」
短く、しかし全く動揺することなく、涼真はそう答えた。




