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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第二章 伯爵と魔族の姉妹
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第七話 マリナの決断

 マリナに連れられた涼真とフェールは、魔族の村から歩いて一時間ほどの小さな村を小高い丘から眺めていた。

 木造の小屋が並ぶ、何とも質素な村だ。魔族の村の家を高級リゾート地のログハウスとするなら、この村のそれは掘っ立て小屋だろう。

 そんな村でも、マリナは慈しむような瞳で眺めている。とても思い入れのある村らしい。


「この村は、見ての通りよ。薬も無ければ、買うお金も無いの。シュバルツ伯の治世になって、これでも随分よくなったのだけれど」

「確かに、フランクフルテンの賑わいからは想像もつかないですね」


 それでも食うには困らない程度であるらしく、畑は豊かに実り、やせ細って行き倒れているような人はいない。いたって普通の村といった様子だ。

 村の様子を眺めていたフェールが、困ったように小首を傾げる。


「わたしたちは何をすればいいの?」

「大抵の病気は寝ていれば治ってしまうけど、中には重病の人もいるわ。その人たちに、お薬を届けに行くのよ」


 マリナはセミロングの青い髪と美しい顔を黒いベールで覆い隠す。スルツバッハで初めて出会ったときと同じ格好だった。


「あなたたちがついてきてくれれば、わたくしの正体がばれる可能性も少なくなるでしょう? ほら、魔族が人と歩いているなんて思わないじゃない? だから、ただついてきてくれるだけでいいの」

「そんな! それじゃあ意味が無いじゃないですか! 顔を隠してたら、ただの親切な人で終わってしまいます! マリナさんたちが人と本当に仲良くしたいと思ってるって、伝わらない!」


 少し強い口調で、涼真が言う。しかし、マリナは静かに首を横に振った。


「わたくしたちを受け入れて貰おうとしたら、その間に重病の人が何人も死んでしまうでしょう?」

「あ……!」

「いいのよ、わたくしたちのことは。長く時間をかけて、少しずつ前に進めばいいの」

「すいません、考え足らずでした」

「ううん、心配してくれたのでしょう? ありがとう」


 ふふ、と笑いを漏らすと、マリナは村へと向けて足取り軽く歩き出す。フェールはショックを受けたらしく、目を潤ませながら足取り重く歩いている。

 涼真はというと、何となく納得いかない気持ちでマリナの後ろへと続いていた。


 そりゃ、マリナの言うことはもっともだ。でも、その重病人だって、マリナが魔族と知れたら石を投げるんだろう。貰った薬だって、地面に捨てるんだろう。一歩間違えば、スルツバッハでの一件のように追い掛け回されるかもしれない。

 危険を冒してそんな人たちを助け続けるなんて、どこか間違っている。マリナはずっと薬を配って人を助けてきたらしいのだから、そろそろ魔族であることを明かしてもいいはずだ。受け入れてもらっても、いいはずなのだ。


 涼真は心にわだかまりを残したまま、村の中に入る。

 しばらく歩くと、マリナが一軒の家の戸を叩いた。


 ギィ、と木がきしんで、家の扉が開く。中から現れたのは、ドアノブにやっと手が届くような幼い少年だ。

 マリナは少年の前にしゃがみ込んだ。


「こんにちは。お母さんはいるかしら?」

「うん! ちょっと待ってて!」


 少年は元気良く頷くと、おかあさーん、と大きな声を上げて家の中へと消えていく。少し待つと、少年が母親らしい女性を連れて再び現れた。

 母親はマリナを見た途端、歓迎するように満面の笑顔になった。


「あら! マリナ様! いつこちらに?」

「つい先ほどですわ。今日は薬を届けに参りましたの」

「いつもすみませんね。ご覧の通り、この子も元気になって。ほら、ちゃんとお礼を言いなさい」


 母親に促されて、少年は頭を下げる。


「いつもお薬ありがとう!」

「ふふ。どういたしまして。ちゃんと治ったわけじゃないから、もう少し飲んでね?」

「えー? あれ苦いのに……」


 これ、と母親が少年を怒る。その様子を、マリナは笑いをこぼしながら眺めている。

 そうして一軒、二軒とお礼を言われながら歩いていると、いつしか村の人たちがマリナの周りに集まり始めた。ニンジンを山ほど担いだ老人が、笑顔でマリナに話しかける。


「今年はニンジンがたくさん採れましてな。後で持っていってくだされ」

「あら、ありがとうございます。でも、ご迷惑にならないでしょうか?」

「遠慮は無用ですぞ。この老骨、マリナ様の薬が無ければニンジンも作れんかった!」


 老人の言葉に続き、あれを持っていって、これを持っていってと、村人たちが色々なものを持ち寄ってくる。全部マリナへのお礼として。

 中には、火傷の薬なんていうのもあった。村では、マリナが顔を隠している理由が火傷のせいということになっているらしい。


 それにしても、マリナは村の中に溶け込んでいて、村の一員としても過言ではないだろう。マリナの言っていたことは、こういうことだったのかもしれない。

 魔族としてのマリナは受け入れられなくても、マリナという個人なら受け入れてもらえる。そこからゆっくりと、焦らず、少しずつ心を開いていって。いつか魔族と分かっても、受け入れて貰える日が来るのを待つのだ。一緒に笑い会える日を。


 こうやってマリナが幸せそうにしていられるなら、今はこれでいいんだろう。無理して、ここまで築いた関係を壊すことなんて必要ないはず。むしろ、もう少しで全てがうまくいく気がするくらいだし。


 それから五軒、六軒と周って日も高くなったころ、そろそろフェールに疲れの色が見えてきた。くぅ、と可愛くお腹がなって、恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「そろそろお昼にしましょう。村の中に、食べさせてくれるところがあるわ」

「う、うん。お腹すいちゃった」


 バツの悪そうに、フェールが指をつんつんしながら頷く。

 村の中をマリナに案内されながら歩いていると、ふと銀髪の美青年が涼真の目に留まった。忘れもしない、市場でからかってきた女の敵っぽい男だ。村の道端で、若い村娘三人を相手に談笑している。


 近づいていくと、美青年の方も気づいたらしい。村娘たちと手を振って別れ、涼真たちの方へと優雅な足取りで歩いてきた。


「いや、また会うなんて神の引き合わせは分からないものだね!」

「あのときはどうも」


 一応、市庁舎について教えてもらったので涼真は頭を下げる。


「お知り合いですか?」

「ええ。フランクフルテンでちょっと」


 マリナの問いに、涼真が答える。

 フェールは人懐こい笑顔で挨拶すると、美青年も愛想のいい笑顔を返していた。


「こんなところでどうしたんですか?」

「なに、人を探していたんだ。おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はフェルグス。フェルグス=マグ=ロイだ」


 愛想のいい笑顔を浮かべたフェルグスが、右手を差し出す。涼真はその手をとって、握手する。


「神崎涼真です」

「リョーマ君か。いい名前だ!」

「ところで、探してる人っていうのは? 見つけたら声をかけておきますよ」

「ほんとかい? それは助かるよ! いやでも、必要ないかな……」


 愛想のいいフェルグスの笑顔が、見る見るうちに邪悪なものへと変わっていく。人を罠にはめて喜々とする、悪魔のような笑みだ。


「目の前にいるからな!」

「え!?」


 そういうと同時に、フェルグスの握手する手に痛いほどの力がこもる。涼真が苦痛に顔をゆがめ、反射的に手を振りほどこうとする。しかし、その反射と同時、フェルグスの籠手が涼真の腹に突き刺さった。


 ハンマーで殴られたような衝撃が突き抜け、涼真はがふっと体内の空気を全て吐き出したような感覚に襲われた。意識が飛びそうになり、腹の痛みを堪えきれずにフェルグスへと寄りかかる。


「リョーマ!?」

「リョーマさん!」


 いきなりの出来事に、フェールとマリナは叫び声に近い大声を上げた。涼真だって、何でいきなり殴られているのか分からない。

 騒ぎを聞きつけたのか、村人たちも心配そうな顔をして集まり始めている。


「おいおい、一般人相手に何してんかよ!?」


 近くで事の成り行きを見ていたらしい大男が、フェルグスを威嚇するように睨みつけた。無骨で、獣染みた男だ。

 しかし今にも噛み付きそうな大男を前にしても、フェルグスが怯む様子はない。


「ヘグニさん、ちょうどいいところに。例の冒涜者だよ、冒涜者」

「はあ!? 何言ってんかよ、この色情狂は! この場で冒涜者はお前だけだっての。大体、例の冒涜者っつったらいかつい大男とグラマラス美女だろ?」


 半ば何かを諦めたように、フェルグスが首を横に振る。


「試みに聞いてみるけど、その情報はどこから出てきたんだい?」

「どこからって、そりゃあお前……。どこかよ?」

「いつもの通り、ヘグニさんの頭からだと思うけどね。まったく、そんなところでぼさっとしてないで、さっさと女の子の方を捕まえてくれないかな」


 ヘグニがまじまじとフェールとマリナを見る。二人がたじろぐのを見て、ヘグニが困ったように眉をひそめる。


「なんか、冒涜っつーか、犯罪っつーか、そんな匂いがする」

「まあね。どちらかというと後者かな?」

「うるせえ! お前は黙ってろっての!」


 そのとき、二人の騒ぎに反応して、ぴくりと涼真の右手が動いた。飛びそうになった意識が段々戻ってきたのだ。


 まだ霧がかかっているみたいに目の前がかすむ。それでも、かろうじてS&Wモデル2アーミーを右手に持ち、フェルグスの身体に押し当てる。

 その途端、背中にぞくぞくっと寒気が走った。


 普段なら、ただ単に体力を奪い取れたはずだ。なのに、冷たくてぬるっとしたヘドロみたいなものが手に触れているみたいだ。

 しかも、それは一向に流れ込んでくる気配が無い。滞留している感覚だ。


「なんだい、それは? 銃口がこっちを向いてないじゃないか。それじゃあ意味が無い」


 やっとのことで涼真が顔を上げてみると、フェルグスは何事もないかのように余裕の笑みを浮かべていた。身体の力も全く抜ける気配が無い。


「何で、効いてない……?」

「効く? あっはっは! 何の話か知らないけど、寝言は寝てからいうものだよ」


 フェルグスの籠手が、ガツンと涼真の後頭部を殴る。目の前が白くなり、次いで真っ暗になって、涼真は完全に意識を失った。







「リョーマ!」


 全身から力が抜けてしまった涼真を見て、フェールが絶叫する。そのまま駆け寄ろうとしたが、マリナがフェールの腕を取って抑えた。


「いけないわ!」

「でも、リョーマが!」

「一体あなたに、何ができるというの!?」


 マリナが怒鳴ると、ひう、と嗚咽を漏らしてフェールは身体を強張らせた。そして、悲しそうに、うう、と唸る。

 見ていることしかできないフェールの代わりに、マリナは毅然として前に出る。


「それ以上の暴虐は、わたくしが許しません。すぐに村を出なさい。今なら、このことは不問といたしましょう」


 フェルグスとヘグニは、顔を見合わせた。前者は憮然としていて、後者は困ったという様子だ。

 フェルグスは邪魔くさそうに涼真の身体を地面に振り落とすと、手を広げて弁解するように告げる。


お嬢さん(フロイライン)は誤解されているようだ。我々はヤルダット教の神官で、冒涜者を捕えようとしているだけ……。ヴァイス・オーデンの許可もある」

「シュバルツ伯が?」

「そうそう、だからそっちのガキも大人しく引き渡して貰いたいってわけよ」


 ヘグニが指差しても、フェールは気にせず地面へ倒れた涼真を見つめている。心配そうな眼差しで、何もできないことが歯がゆいらしく指をかんで。

 その間にも、ヘグニが腰にさした剣に手をかけながらじりじりと近づいてくる。


 フェルグスとヘグニが、涼真とフェールを冒涜者と呼ぶのをマリナは確かに聞いた。

 ヤルダット教では、火刑に処せられる重罪人だ。このままでは、二人とも殺されてしまう。


 しかし、辺りを見渡せば村人たちが取り巻いている。ここで正体を明かしたら、今までの全てが水泡に帰すかもしれない。

 マリナがいくら村人と仲がいいといっても、人からすれば魔族なのだ。村人が信頼しているのは人であるマリナで、魔族であるマリナではないのだ。


「それ以上近づかないで、と言ったはずです」


 それでも、マリナは新しい二人の友人を失いたくなくて。神よ、わたくしに勇気と慈悲を、と心の中で呟く。

 顔を隠すベールにサッと手をかけ、ゆっくりと素顔を現す。青い髪と赤い瞳、美しい顔が白日の下に晒される。

 果たして、マリナに向けられた村人たちの目線は、驚愕そのものだった。続いてどよめきが起こり、誰かがポツリと漏らす。


「魔族……?」


 それに呼応するかのように、辺りのざわめきが大きくなっていく。


「魔族だ」

「マリナ様が魔族!? そんな!?」

「いや、青い髪に赤い瞳……。間違いない!」

「もしかすると、魔族がマリナ様を殺して入れ替わったんじゃないか?」

「しかし、声は一緒だったぞ」


 どうしたらいいのか分からないように、あるいは信じられないだけかもしれない。ただただ、人々は戸惑いの色を浮かべて騒ぐだけだ。

 ヘグニでさえ、呆気にとられて動けないでいる。


 そんな中、ただ一人だけ憎悪に満ち満ちた目で睨みつけるものがいた。フェルグスだ。

 緑色の瞳を沼のように濁らせて、歓喜の感情さえ見受けられる。口の端が歪んで、誰よりも美しい顔が何よりも醜い顔へと変貌している。


 腰に帯びた剣、歩兵用剣(ショートソード)がフェルグスによってスーッと音もなく抜かれると、その刃が映し出した殺気溢れる禍々しさにマリナは身震いした。


「まさか、こんなところで魔族とお目にかかるとは……。いや、こんなところだからというべきかな?」


 ヒュウッと空を斬り、フェルグスがマリナへとショートソードの切っ先を向ける。そのまま、フェルグスはゆっくりと歩き始めた。

 一歩、二歩、と近づいてくる狂気に、マリナは堪らず言い放つ。


「あと一歩でも近づいてみなさい。わたくしは容赦いたしません。わたくしたちとあなた方の力の差は、よくご存知でしょう? できれば、誰も傷つけたくないのです」

「黙れ、邪神の手先め」


 フン、とフェルグスは鼻で笑う。


「甘く見るなよ? 我らは神に仕えし十剣。魔族を滅却することなど、他愛ない」

「十剣……!?」


 マリナの背中をひやりとした汗が流れ、顔から血の気が引いていく。

 十剣といえば、邪神に対抗するために人間が作った組織だ。それとよく似た組織に所属する人間を、マリナはよく知っている。


 十士、シュバルツ=ホーフハイマー。かつてマリナの父と一対一で互角に渡り合い、勝利してしまった人間だ。

 人の中でも、彼らの強さは異常なのだ。そんな人間が二人もいたら、勝ち目も無いどころか逃げられるかどうかも怪しい。ましてや、涼真とフェールを連れて逃げるなんて、成功するわけが無い。


 それに今ここで戦ってしまったら、周りにいる村人たちまで巻き込んでしまう。戦わず、誰も傷つかない方法。それは、一つだけだった。


「分かりました。わたくしは大人しく捕まりましょう。ですが、リョーマさんとフェールさんは見逃してください。条件が呑めないのであれば、戦います」

「なるほど。確かに、罪も無い敬虔な子羊たちを巻き込むのは好ましくない」


 ふむ、とフェルグスが納得したように頷く。しかし、それに対してヘグニが不満の声を上げる。


「おいおい、ちょっと待てっての! それじゃ何のために冒涜者を捕まえたんだっつうに!? 神に弓引く輩を放っておけるかよ!」


 フェルグスは地面に倒れた涼真を路傍の石でも見るように一瞥する。


「いいんじゃないかな? うわさほどじゃないっていうか、隙だらけな上に弱すぎだ。敵たる魔族を駆逐する方が、人の内輪もめの解決より世のためになるとは思わないかい?」

「あー、まあ、確かに」


 カチャカチャと腰に差した剣の柄をいじりながら、だるそうにヘグニが同意する。

 フェルグスはショートソードを構えたまま、トレンチコートの懐に手を突っ込む。そして、手のひらに収まってしまうほどのガラスの小瓶を取り出した。それを放り投げると、マリナが両手でうまく受け取る。

 小瓶の中には、水が入っているようだった。


「それを飲むんだ。なに、毒じゃない。魔族は火刑と決まっているからね」


 選択肢も無く、フェルグスに促されるままにマリナは小瓶を空ける。そして、一気に飲み干した。

 しばらくしても身体に異常はない。動悸がするのは、毒とか、不安とか、そのせいだ。

 マリナが不思議がって首を傾げると、ニヤリとフェルグスが笑う。


「ただ、魔族はちょっと魔法が使えなくなるかな。聖水ってやつだよ、聖水」

「そうですか。気が済んだのでしたら、どこへなりとお連れなさい」

「いや、話が早くて助かる。こっちだ、ついて来い」


 フェルグスを前に、ヘグニを後ろに、マリナは連行されて静々と歩く。

 ふと振り返ると、フェールが涼真に駆け寄っていて治療を始めていた。それをしながらも、フェールはマリナを気にかけるように見てくる。


 もしかしたら、マリナが魔族と分かったせいで。マリナと一緒にいたからという理由で、涼真とフェールが村人たちに追いかけられるかもしれない。

 でも、これ以上できることもなくて。マリナは心残りから、何度も後ろを振り返っていた。

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