第二話 兵器の真価
涼真は、目を覚ました。
こぼれる日の光とベットの感触が、あの悪夢を抜け出したことを教えてくれている。
今日も退廃的な一日が始まったのだ。朝飯食って、ゲームして、昼飯抜いてゲームして、夜飯食ってゲームして、睡眠削ってゲームする。
仕方ないのだ。そうしなければ、FPSでようやく得たランカーの地位を守れない。世界で五十位以内をキープするには、それこそ死ぬほどの努力が必要なのである。
悲しく、辛い現実だ。しかし、人には成さねばならぬことがある。
ベットから降りて、朝飯を抜くことを決意し、廃人街道まっしぐらにPCを探した。
「あれ? PCがない」
驚いたことに、いつも定位置に存在しているPCが無い。というか、机すらも無い。
床は畳ではなく、木だ。天井には電気が無いし、四畳半の部屋が三倍ほどにも拡張されている。
部屋の隅には本棚が置かれ、その前には小洒落た木の机と椅子まである。
もう目は覚めているはずなのに、様子がおかしい。涼真の家は築十五年を超え、一度も変えたことの無い畳の部屋で布団を敷いて寝るのだ。
ベットってどういうことなのか。手入れの行き届いた部屋って、そんなのは涼真の部屋ではない。確実に。
「まずい、このままではランカーが!」
そう口にしつつも、涼真は嫌な予感にとらわれていた。
恐ろしい予感。この部屋、電化製品が一切無い。コンセントも無い。PCが使えないのが一番問題であるが、そもそも、日本にそんな部屋はない気がするのだ。
そうだ、ヒッキーになろう。
外の世界なんて見たくない。嫌な予感しかしないから。FPS中毒で既にヒッキーな生活を満喫しているのは置いといて。
鍵を閉めようと、木の扉へと向けて歩く。すると、扉が一人でに開いた。
「うわ、もう来ちゃったよ……」
現実を阻止できず、頭を抱えた。扉の向こうから現れたのが、妙な格好をした二人の老人だったからだ。
一人は、真っ黒な鎧に身を固めた剣士。腰に剣を差していることと、出で立ちからそれと分かる。おまけに野生的な短い白髪の下には、爬虫類のような、いかにも食い殺すぞ、といいたげな鋭い黒の瞳が宿っている。身長も大きく、百八十センチは固い。厳しく、隆々とした筋肉は他人を寄せ付けない印象だ。
もう一人は、真っ白なローブを羽織った老人。こちらは長い白髪の下に優しげな瞳を宿していて、立派なあごひげを蓄えている。何だか親しみやすそうだ。腕なんて、捻ったら折れそうな枯れ木のようである。
くそ、どう見てもファンタジーっぽい。いい年こいた老人が、二人も陽気のせいでそんな格好をしているとは思えない。
露骨に遠い目をしていると、剣士がにらみつけてきた。
「目が覚めたか。ちょうどいい、ここに座れ」
剣士が、本棚の前に置かれた椅子を指差す。
まるで生徒指導の鬼教師みたいなやつである。もっとも、漫画の中だけで現実にはいなかったけれども。
まあ、逆らってもいいことがなさそうなので、言われるがままに椅子へと腰掛ける。
その対面に二人の老人が座り、生徒指導もとい尋問が始まった。
「貴様、神託の宝具をどこで見つけた?」
この人怖え、と萎縮した。
剣士は高圧的で、見たままの性格のようだ。となりの老人など、周りにちょうちょでも飛んでいそうなほどに朗らかな顔をしているというのに。
それに、この剣士の言っていることが分からない。神託の宝具なんて、そんな大仰な名前のものは持っていない。
恐る恐る、問いかける。
「神託の宝具って、何でしょうか?」
「何ぃ?」
「まあまあ、待たれよフルト殿。一般人が偶然拾っただけなら、知らぬことも当然じゃろ」
ようやく、朗らかな顔をした老人が口を開いた。そしておもむろに立ち上がると、本棚へと歩んで一冊の本を取り出した。
それを机に置き、本のページをぺらぺらとめくっている。
「はて、どこだったかのう」
「ユストゥス殿、大丈夫か?」
「おお、あったあった。ここじゃわい」
朗らか老人ことユストゥスは、ページをめくるのを止めて本を涼真の前に差し出す。
緩やかな足の曲線美。くびれた腰に、これでもかというほどの大きな御椀型の胸。それがくっきりと浮かぶ、女性の下着姿。そのページにはそれしかなかった。
ははあ、なるほど。全然意味分からない。
涼真は首を横に振る。
「おお、間違えたわい」
いそいそとユストゥスは本を閉じ、本棚へと運ぶ。いつもこの調子なのか、怖い剣士ことフルトは頭を痛そうにして抱えている。
改めてユストゥスは本を手に取ると、開いたまま涼真の前に差し出した。
今度は、古めかしい絵が描かれている。SDカードのような、四角い板の絵だ。
「これが神託の宝具じゃよ」
それには、見覚えがあった。確かに、あの洞窟で見つけた変なSDカードだ。
「これなら、知ってます。これ、なんなん……」
「使ったのか!?」
疑問を、横からフルトがさえぎった。あまりの剣幕に、怯んで言葉を飲み込む。
すると、フルトは思い切り机を叩いて、もう一度怒鳴った。
「使ったのか!? 使ったんだな!?」
うひゃ、とユストゥスまでが両手を挙げて驚いている。
答えないと殺される、と思った涼真は、すかさず頷いた。
「つ、使いました」
「……なんてことだ……!」
どん、ともう一度机を叩き、フルトは頭を抱えながら忌々しそうに首を振る。
涼真は、身体を縮こまらせて二人の様子を伺う。
どうやら、とんでもない事をしでかしてしまったらしい。
様子を伺っていると、ユストゥスが優しい口調で語りかけてきた。
「すまんのう、まずは話を整理すべきじゃな。君の名前は?」
「涼真です。神崎涼真」
「リョーマ君か。いい名じゃのう。では、リョーマ君。特に身体に異常はないかの?」
身体中を見回す。
特に変なところは無い。何しろ、起き抜けに朝飯抜いてFPSをやろうとしたのだ。端からすれば正常ではないが、至って正常である。
「ありません」
「そうか、それはよかったわい。では、次の質問じゃ。神託の宝具を知っているかのう?」
「いえ、全然」
「そうじゃろうのう。神託の宝具とは、古代の人々が聖なる神から譲り受けた対邪神用の武器じゃ。その力は様々で、剣や盾、槍、弓などに変化して顕現すると言われておる」
「対……、邪神?」
こういう展開は直接被害を受けないゲームの世界だからこそ、楽しかったのだ。現実だと、凄くいやな感じの単語に聞こえる。
そういえば、これは夢だった。覚めたと思ったけど、まだ夢の中だったようだ。
頬をつねると痛いけど。窓から流れてくる風が、妙に心地いいけど。
ああ、どう考えても夢じゃない。現実は受け入れるべきなんだろう。
ということは、そんな邪神とかいうやつは存在していて欲しくないわけで。
とりあえず、笑い飛ばしてみた。
「そんな、邪神なんて。そんなのいるわけないじゃないですか」
「確かに、今はおらんのう。しかし、古代の人々の残した遺跡が証明しておるからには、必ず現れるじゃろう」
どうやら、物証があるらしい。現代人というのは、物証に弱い。それに、ゴーレムと戦ったせいで疑問がわいてこない。
ということは、この世界に来るはめになったのはその邪神というやつが原因に違いない。
大方、異世界人を召喚して勇者扱いすることでおだて上げ、鉄砲玉のように使い捨てるつもりなのだろう。
そんな内容の小説なら、幾つか読んだこともあるし。
さてどうやって断ろうか、と考えていると、ユストゥスは話を続ける。
「神託の宝具は、世界に十枚あると言われておる。邪神の現れる日まで五年しかないというのに、今見つかっているのは三枚だけじゃ。十枚見つけなければ、世界は成すすべも無く滅びるじゃろう」
「そ、それは大変ですね」
とはいえ、信じるにしても危機感が伴わない。津波とかも実体験がないと中々逃げないらしいし、人間そういうものだ。
というわけで、邪神とかいうのを他人事とすることにした。
五年もこんなところにいたら、ランカーが守れない。というか、過疎ってサービス終了である。ついでに大学卒業間際の年齢になって、人生まで終了である。いや、人生の方がついでじゃなくて本番だった。
ともかく、神託の宝具なんて物騒なものは老人に譲り、自分の生活を守らなければいけない。あとランカーたる地位も。
「うむ。加えて、神託の宝具には厄介な特性があってのう。一度所有者が決まると、所有者が死なない限り他の者が使うことはできんのじゃ」
「え、それって……」
つまり、涼真がこの世界にいないと邪神に対抗できずに世界が滅ぶらしい。
なんて罪悪感が残って、後味の悪い話なのだろう。
だからといって、死んで譲ることはもっと駄目だ。皆がハッピーでも、一人だけ飛びぬけて不幸になってしまう。
折衷案は涼真がこの世界に残ることだが、どちらにしろ人生は終了する。邪神を倒して生き地獄なんて、誰が得するというのだ。
「それで、邪神と戦えってことですか? そのために、僕を召喚したと」
「な、何を言い出すんじゃ? 召喚?」
顔に冷や水を浴びせられたように、二人の老人は面食らっている。
何やら、予想が外れている気がしてきた。
「ユストゥスさんたちが、僕をこの世界に召喚したんじゃないんですか?」
「いや、わしらは洞窟で倒れていたリョーマ君を運んできただけじゃわい。第一、人間を召喚する魔法など……」
ああ、やっぱりそうだった。
てっきり、ユストゥスたちに無理矢理召喚されたものと思っていた。けれども、よくよく考えてみれば洞窟には少女以外誰もいなかったし、儀式をやるって感じの部屋ではなかった。
ということは、帰る方法も知らないのだろう。一応、駄目もとで聞いてみるけど。
「正直、僕は帰りたいです。帰る方法をご存じないですか?」
「ふむう、リョーマ君はどこから来たのかな?」
「異界の日本という国から来ました」
「ニホン? 聞いたこともない国の名じゃわい。異世界は想像の産物と思っておったのじゃが。帰還の方法のう……」
「異世界か。確かに変わった格好をしているが、信じがたい話だ」
ユストゥスもフルトも、信じられないという気持ちが先に立っているようだ。本当に二人は何も知らないらしい。
せっかく頑張った試験の結果も、FPSのランカーも。このままでは全て水泡に帰す。
父にも母にも、友達にも。もう会えないかもしれない。そもそも、帰る方法なんて無いかもしれない。
邪神もいるらしいし、最悪、死ぬかも。
この状況から逃げ出したい。
そんな思いが、視界を真っ暗にしていく。
「……あやつなら力になるかもしれんのう」
ユストゥスの呟くような一言に、視界が急に明るくなった気がした。
一筋の希望の光。縋れるものなら、藁でもすがりたい。
「誰? 誰なんですか?」
「シュバルツ=ホーフハイマー伯爵じゃよ。あやつなら、神託の宝具の相談にも乗ってくれるじゃろう」
地獄に仏とはまさにこのこと。嬉しさのあまり、机に身を乗り出してユストゥスに迫った。
「シュバルツさんはどこにいるんですか!?」
「このオーデンヴァルトからじゃと、歩いて半年ほどの距離じゃ」
「え、半年!?」
「何、安心せい。船を使えば四、五日程度で行けるわい」
どうやら交通手段があるらしい。安堵してため息をつき、椅子へと腰を落ち着けた。
「しかしのう……」
ユストゥスが、言いにくそうに目をそらし、あごひげを撫でている。
代わりに、目をそらした先にいたフルトが口を開いた。
「危険な旅になるぞ。神託の宝具は邪神に対抗するための最終兵器。つまり、数多の人間を殺戮できる兵器だ。国も、個人も、躍起になって探している」
「そんな……!」
この村から出て行けば、襲撃に怯える日々になる。フルトはそう言っているのだ。
それも、神託の宝具の特性を鑑みると奪われるだけでなく殺される。所有者が死ななければ、次の所有者は使えないのだ。
ほんと、殺されかねない状況だ。帰りたいが、闇夜に怯えるような日々が恐ろしい。
「誰か護衛をつけたいが、この村もいつ襲われるか分からん。悪いが、人を割けないのが現状だ」
村が襲撃される。そういう規模の相手、ということだ。フルトの言葉の端々から、あわよくば出て行ってくれ、という意志が伝わってくる。
それはそうだ。涼真はこの世界の人間でもなく、神託の宝具という厄介な代物の所有者なのだ。災厄、という言葉がふさわしい。
自分が置かれた立場を認識して、涼真は机の下に隠した拳を強く握る。
「一晩、時間をくれませんか……」
ただ、その一言を精一杯に搾り出す。
このとき、部屋の扉の前で何かが揺れるのをその場の誰もが気づかなかった。
その日の晩、窓から漏れ出る月明かりの下でベットに横になった涼真は物思いにふけっていた。
お題は可愛い女の子とのエロ妄想。などという余裕なく、これからどうするかである。
帰りたい。これは変わる事のない目標であり、大前提だ。しかし、その前には襲撃に怯える日々という障害が横たわっている。
それは嫌だ。でも帰りたい。その思考が何度も繰り返す。
神託の宝具。夢だと思って何気なくインストールしたのは、とんでもない災厄だった。悪夢を終わらせるためにインストールしたのに、悪夢は現実となって続いている。
必要とされて呼び出されたならまだしも、何の脈絡も無く送り込まれたこの世界。おまけに腫れ物扱い。来たくて来たわけじゃないのに、理不尽だ。
でも、この世界の人からしてもそうなのだろう。何か知らないやつが突然現れて、平和だった村に災厄をもたらそうというのだ。
そんなやつが日本に現れたとしたら、進んで助けるなんてことはないだろう。そんなことはせず、追い出そうとするに決まっている。
そりゃ仕方ないかな、と何となく納得する解を得た。すると、頭の中が冷えて自然と物事が整理されるから不思議だ。
今のところの唯一の救いは、最大の災厄でもある神託の宝具だ。
こぞって国が求めるほどの兵器であるということは、裏を返せばそれだけ強力な兵器であるということだ。四、五日程度なら、神託の宝具でしのげる可能性は高い。
それにフルトの格好からして、この世界ではまだ剣が主力を張っている。あのゴーレムは魔法らしいから、剣と魔法のファンタジーというわけだ。
それに対して、神託の宝具の邪悪龍の血液は、元素分解シールドとか銃が言っていた。銃だってレーザー銃っぽい。圧倒的な科学力だ。
負けるはずが無い。四、五日程度、しのげないはずが無い。
急に元気が湧いてきた。もう、明日には出発しよう。
そうと決まれば体力を温存しなければならないので、さっさと目を閉じて眠りにつく。
何やら外が騒がしくなっていたが、一連の出来事で疲れていた涼真はすぐ眠りへと落ちていった。




