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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第二章 伯爵と魔族の姉妹
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第二話 スルツバッハの騒動

 スルツバッハは、シュバルツ伯の本拠地である大城塞都市フランクフルテンの玄関口に当たる街だ。

 空飛ぶ船の停泊する港の機能を備えており、それに付随するように街並みがくっついている。舗装された道路が街を真ん中から割るように走り、フランクフルテンまで繋がっているのがこの街の立ち位置を暗に示しているのだった。


 街を形作る家々は、エアバッハと同じようにハーフティンバー様式そっくりのものを取り入れている。

 都市としての主な機能は港以外にも宿場町的な側面を持っており、人通りは旅行者や職を求めて出稼ぎに来た人々ばかりだ。

 その人でごった返したスルツバッハの大通りを、涼真とフェールはフランクフルテン目指して歩いていた。


 太陽の光が暖かくていい陽気。おまけに探偵帽と探偵服のような暑苦しい格好をしているのに、隣を歩いているフェールはガタガタと震えている。


 別に寒いわけではないはず。シュバルツ伯に会うのが怖いらしく、青い顔して震えているのだ。

 これほどまでに怯えるなんて、一体何があったのだろう。気になって気になって、古傷抉るようで可哀想と思いつつもフェールに聞いてみることにした。


「シュバルツ伯のことなんだけど……」


 名前を聞いた途端、フェールはびっくと身体を跳ね上がらせる。血の気の引いた顔が、涼真の方へと向いた。


「……何?」

「何があったの?」


 フェールは一時的に沈黙したが、地面のほうを眺めながらゆっくりと口を開き始める。


「白の宝玉って呼ばれるドラゴンがいるんだけど、知ってる?」

「いや、知らないけど……。ドラゴンって、あの翼が生えてるトカゲみたいなやつのことだよね?」


 フェールはこくっと頷く。


「体長五メートルくらいのドラゴンなんだけど、遠くから見てると宝石みたいにキラキラしててとっても綺麗なの。わたしが小さいころ、見てみたいなって憧れてたんだけど、いちにいに話したら見せてくれることになったんだ」

「へえ、いい人じゃない」

「うん、わたしもそう思ってた。いちにいはね、マイスターの弟子だったんだけど、いっつも旅に出てばっかりだったんだよ。滅多に帰ってこないから、そんな風に遊んでくれる機会なんて無かったし凄く嬉しかったんだ。それで、何の疑いも無くついてったんだけど……」


 ごくり、と涼真は唾を飲み込む。


「いきなり簀巻きにされて、ドラゴンの巣の中に放り込まれたんだよ!? それで、何ていったと思う? この時期ドラゴンは繁殖期だから、気が立っててすぐ近くまで来るだろうって言うんだよ? しかも楽しそうに笑って!」


 よっぽど恐怖体験だったのか、フェールの目じりには涙が溜まり始めている。


「それで、案の定ドラゴンに襲われたんだけど。いちにいが一撃でドラゴンの首を落として、血まみれになって、目の前が真っ白になっちゃって……! 気がついたら、わたしの部屋で寝てたんだ。それからもう怖くて怖くて仕方ないの。血の雨が降るっていう言葉は、いちにいのために生まれてきたんだよ」

「何その鬼畜!?」


 心の中で留めておく予定だったものが、普通に口から飛び出した。

 そんな人が救国の英雄とか。知っている英雄と違う。


 というか、そんな人に異世界へと帰る方法を聞いたら、あの世とかいう異世界に帰る方法を教えられちゃう気がする。神託の宝具の話なんかした日には、即日首が飛びかねない。


 やばい、会いたくない。帰ろうかな。いやいや、そもそも帰るためにはシュバルツ伯に会わなければいけないわけで。

 仕方なく、涼真とフェールは真っ青な顔してフランクフルトへ向けて歩く。


 そんなときに限って、不幸は降りかかってくるものだ。目の前に、大きな影が立ちふさがったのである。

 顔を上げて見ると、身長百九十はあろうかという大男が行く手をふさいでいる。

 黒いローブの下でも十分に分かる筋骨隆々とした剣闘士のような体つきと、殺人者のような鋭い瞳が涼真とフェールを震え上がらせた。


 先ほどのシュバルツ伯の話が涼真の脳内にフラッシュバックする。そんなイメージがそのまんまの男が目の前に現れて、パクパクと口を動かすことしかできない。

 大男は涼真を見下すと、何故か愛想よくニコリと笑った。


「つかぬことを聞きたいんだがよ。ここらでいかつい体格の邪悪な顔したやつが、グラマラスボディで飛びつきたくなるような絶世美女を連れてなかったかよ? 確か名前は、何とかのりょーへいとかいう……」

「……へ?」


 前半はお前の自己紹介だろ、と思ったのだが、こんな怖い人にケンカを売る勇気も理由もない。むしろ、理由なくてよかった、と安堵するところだ。

 それに、何とかのりょうへいて。前時代的な名前の日本人じゃあるまいし。源頼朝(みなもとのよりとも)的な。


 あいにくと、現代以降にしか知り合いはいないのだ。

 即座に首を横に振る。


「見覚えないです」


 ぬっと大男が隣に視線を移すと、フェールは慌てて涼真の後ろに隠れた。

 その様子を見た大男は、天地がひっくり返るほどのショックを受けたように瞳を震わせてうなだれる。


「そうか、あんがとよ……」


 しょぼくれた様子の大男は、背中に悲しさを背負って去っていく。


「何だったんだ? あの人……」


 そう呟いて大きな背中を見送っていると、後ろに隠れていたフェールがそわそわし始めた。

 何かを我慢しているように、チラチラと涼真の腕を見ている。


「ねえ、リョーマ」

「どうしたの?」

「あの、あのね? 腕借りてもいい?」

「別にいいけど……。どうするのさ?」


 右腕を差し出すと、フェールは二の腕の辺りを両手でさっと握った。結構強めの力で、ぎゅうっと握り締めてくる。


「え、何? それ、どういう意味なの?」


 声が耳に入らないほど集中しているのか、フェールは無言かつ真剣そのものだ。

 やがて、ふああ、と大きくため息をついて手を離すと、生き返ったように笑顔を取り戻した。


「えへへ。ありがと、リョーマ」

「ど、どういたしまして?」


 今の数分間に、何が起こったのだろう。気になるけど、尋ねる勇気ってやつが湧いてこない。

 そんなのがあれば、ヘタレなんてやってないのだ。

 まあ、フェールがリラックスしたホクホク笑顔になったのはいいことなので気にしないことにした。







 道に迷った。

 そう涼真とフェールが気づいたのは、歩いて一時間も経過したころだった。


 旅人の姿はまばらとなり、代わりに増えたのは修道服を着たシスターと貧しそうな子供たち、老人たち。何だか治安の悪い方向へと歩いてきてしまったようだ。


 いい年こいて迷子なんて非常に恥ずかしい二人だが、それもそのはず、スルツバッハはエアバッハとは比べ物にならない都市なのだ。


 エアバッハで大通りと呼ばれる天の川通りでさえ、スルツバッハでは普通の道にすぎない。

 そんなわけで、大通りを歩いていればフランクフルテンへの道へ出ると案内されても、そもそも大通りの区別がつかないので迷子になったのだった。


 涼真はしばらく立ち止まって周りの様子を伺うことにした。

 こうなってくると、道を聞くのが普通だろう。ところが、シスターたちは子供と老人の世話で手一杯の様子だ。


 そんな中、妙な格好の人が目に留まった。

 黒いベールを頭から被って顔を覆い、黒いマントで体全体を隠した人だ。シスターたちも黒いベールを被ってはいるが、顔を隠したり、修道服を隠すためにマントを着込んでいる人などいない。

 かなり怪しげな人だ。


 もちろん関わり合いになりたくない。だというのに、なぜか近づいてくる。


「何かお困りですか?」


 しかし、その怪しげな人の声色はとてもおっとりとしていた。落ち着いた女性の声で、つい甘えたくなってしまうような優しいお姉さんの印象だ。


 世界の敵である身としては、何気ない善意としてもその格好から悪意を疑わざるを得ない。

 ところが、フェールはそう思っていないらしい。渡りに船といわんばかりに歓迎する。


「道に迷っちゃったの。フランクフルテンにはどっちに行けばいい?」

「まあ! それは大変でしたわね。フランクフルテンは……」


 身振り手振りを交えて、怪しげな人はフランクフルテンへの行き方を一生懸命フェールに説明している。フェールもそれを一生懸命頷きながら聞いているのだが、説明が悪いのか、相性が悪いのか。

 中々意図が伝わらないらしく、説明がいつまで経っても終わらない。


 涼真は苦笑いしながら見守っていたのだが、ふと人々の視線が二人に集まっていることに気づいた。

 よくよく考えてみれば、二人の格好からして注目が集まるのは当然だ。怪しげな人もさることながら、フェールの探偵帽に探偵服もここでは十分に奇抜なのだ。

 迷探偵が怪人を追い詰めているような光景なんて、注目の的である。


「あら、お顔の色が悪いですわ。どこか調子の悪いところでもあるのですか?」


 怪しげな人にそう声をかけられたとき、何となく目が合ったような気がした。

 顔を隠しているのでそんなことは無いのだが、少なくともこちらを向いているような気がしたのだ。


「いえ、お構いなく……」


 とっさに、首を横に振る。

 そりゃ顔色が悪くもなろうというものだ。シュバルツ伯は当初のイメージと全然違う人のようだし、今は今で怪しいお姉さんが目の前にいるのである。


 大きな胸がマントを持ち上げていようとも、母性溢れる声色だろうと、そんなのには騙されないのだ。

 ベールの中が気になっても、身体のラインがちょっとやらしくても、だ、騙されないのだよ。


 妖艶な装いにちょっとほだされつつ微妙な警戒していると、怪しげな人はマントの中で腕を動かす。そして、その下から手を出すと、ガラスの小瓶を差し出してきた。


「気分がお悪いのでしたら、これを嗅ぐと落ち着きますわ」


 怪しげな人が何の変哲も無い小瓶を出しただけなのだが、何だろう、匂いを嗅げとか凄く怪しいと思う。

 だが、ここは天下の往来。白昼堂々、殺人や誘拐なんてしないはず。


 とはいえ睡眠薬だったりしたら困るわけで、化学の実験でやるように小瓶の上を手で仰いで匂いをかぐ。


「これ……、ラベンダーですか?」

「よくご存知ですのね。フランク・ラベンダーの香りは、心を落ち着かせる効果がありますわ。いい香りでしょう?」


 思わず同意して頷いてしまうほど、いい香りだ。これでお姉さんが優しく微笑んでくれれば完璧なのだが、残念なベールのせいでそれは叶わない。


 そのとき、フワッと風が吹いてラベンダーの香りを撒き散らした。同時に、優しく微笑んでいる女性の笑顔が、ベールの下から覗く。

 不覚にも、時が止まったような感覚に陥り見入ってしまった。


 まるで聖母のように優しげな赤い瞳は、希少なパパラチアサファイアのように見るものを惹きつける。淡く光を返すセミロングの青い髪は、パタゴニアの氷河のように眩い。

 隠していないとすぐにでも略奪されてしまいかねない。そんな錯覚に陥るほどに美しい素顔が、ベールの下に隠れていたのだ。その美しさといったら、慈愛の女神と見間違うほどだった。


「ま、ぞく……?」


 それにもかかわらず、周囲の注目していた人々の中から、うめきとも言える声が漏れた。涼真とは全く違う意味で息を飲んでいるようだ。

 黒いベールの下の素顔を見て、人々は恐怖と敵対的な目へと変化していく。


「魔族だ!」

「魔族ですって!?」

「魔族?」


 ざわめき始めた人々は、電光石火の勢いで情報を伝達し、周りに広めていく。悪意は増長し、恐れが蔓延し、ついに堰を切ったように誰かが叫んだ。


「ヴァイス・オーデンに知らせろ! 魔族が現れたぞ! 支部にも連絡を!」


 通りは、涼真とフェールと魔族の女性を中心に大混乱に陥った。女子供は通りから我先にと逃げ出し、男たちは武器を取り始める。


 涼真は何故これほどの混乱が起こってしまったのか、理解が追いつかなかった。

 とりあえず、フェールと魔族と呼ばれた女性の前に割り込むことしかできない。

 フェールを守るように背中にして、中途半端な戦意のままに身構える。


 すると、魔族と呼ばれた女性は一瞬だけ、その呼び名には似つかわしくない悲嘆にくれた目をした。

 次いで、慌てたように両の頬に両手を当てながらきょろきょろと辺りを見回す。


「あらあら、大変! では、わたくしは失礼します。また会う日まで、あなたたちが健やかでありますように」


 まるで他人事のように間延びした声でそう告げると、魔族と呼ばれた女性は走り出す。

 その拍子に、ガラスの小瓶がポトリと落ちた。気に止めるものは誰もいない。一定の距離を保ちながら、武器を持った男たちが怒声を上げて魔族と呼ばれた女性を追いかけていく。

 取り残された涼真とフェールの元には、一人の若い男が駆け寄った。


「君たち、怪我はないか? 何かされなかったか?」

「いえ、別に何も……」

「そうか、ならよかった。今はここら辺も良くなったが、つい五年も前までは魔族に襲われることも少なくなかったんだ。たくさんの犠牲者も出たんだよ。これからは気をつけなさい」


 別にそんな感じはしなかったが、涼真は話を合わせて頷いた。男の着ていた服が、ヤルダット教の真っ黒な修道服だったからだ。

 もちろん突然に起こった事実を完全に飲み込むことができるはずもなく、その後はただただ呆然と立ち尽くすしかない。


 ただ一人、フェールだけが地面に落ちたガラスの小瓶を拾い上げると大事そうに握り締めていた。

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