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邪悪龍の猟兵(改稿版)  作者: 昭栄
第一章 星降る村の看板娘
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第一話 夢の扉

 神崎涼真(かんざきりょうま)が目を覚ますと、そこは洞窟の中だった。

 薄暗いが、何とか目は利く。

 ここは部屋のように広がった空間で、十畳ほどの広さ。高さは四メートルほど、真ん中には四角い岩が台のように鎮座している。


 どうかしてる、と思いつつ、涼真は傍らに置いてあった眼鏡をとってかける。


 何しろ、こんな洞窟の中に布団を敷いて、黒のジャージ姿のまま寝ていたのだ。それはどうかしているに違いない。


 ただ、それは涼真にとってどうかしていることではなかった。


 これは夢なのだ。だから、洞窟の中で布団を敷いて寝ているシチュエーションがあってもおかしくない。問題はその回数だ。

 同じ内容ばかり、もう七十回を超えた。そんなに繰り返すと、いい加減に飽きてくる。新手の悪夢だ。


 夢はすぐ忘れてしまうというが、この後の流れも、もうスラスラと答えられる。

 まず、女の子が走ってここに入ってくる。探偵服を着た妙な女の子だ。そして、駆け寄ってきて叫ぶのだ。助けて、と。それで終わり。


 短い夢だから、一日に何回か見る。だから、もう七十回も見るはめになったのだ。

 これはあれだ。ようやく二学期の試験が終わったからといって、大好きなFPSゲームを四十八時間もやったのがいけなかったのだ。


「それだけじゃないよな……」


 そういえば、試験だからといって無理するほどの勉強を急にやった。それがいけなかったに違いあるまい。


 わしゃわしゃと、涼真は黒い髪をかき混ぜる。


 そもそも、高校二年の夏休みにゲーム三昧。青春を謳歌すべき高校生としてどうかしてる。しかし、彼女いない暦イコール年齢なので、未だに青い春どころか氷河期の冬だ。

 彼女ができない理由といえば、顔のせい、としたい。でも、平凡だ。フツメンというやつだ。自称だけど。


 そうだ、背が低かった。百六十六センチしかない。太っているわけではないものの、体育が苦手で爽やかさの欠片もなく、女の子と会話するのは億劫だ。

 心身ともに彼女ができるはずない要素が、フルスペックで搭載されている。ある意味奇跡だ。これが神の設計図というやつなんだろう。


 そんな呪われた運命を打破すべく、この夢を利用しない手はない。


 助けて、と叫ぶのは女の子だ。探偵帽で顔が見えないが、ハープの音色のような綺麗な声の女の子。

 所詮夢なのだから、この女の子相手にお話の練習だ。失敗しても、同じ夢を見るのだから問題ない。


 カツカツカツ、と急ぐ足音が聞こえる。探偵服の女の子が走ってきているのだ。

 基本はまず、挨拶から。


 上布団を跳ね飛ばし、勢いよく立ち上がった。そして、いつもの通路から探偵服の少女が現れた瞬間、頭を下げる。


「おはようございます!」


 少女は、何も無いのにすっ転んだ。見事に前のめりとなり、転倒した。失敗だったようだ。得たものといえば、人はあまりにもしょうもないことをされるとずっこけるという結果だけだ。


 じゃあ布団に戻ってやり直し、というわけで。涼真は跳ね飛ばした上布団を掴む。

 すると何故か、ガツ、ガツ、ガツ、という無骨な音が耳に入った。


 時折、石に擦るような金属音が混ざる。新しい展開だ。


 変化には飢えていたところだ。通路を走る得体の知れない存在が、かなり気になる。

 すると、通路から妙なものが除いた。六本の黒い鉄パイプが、円を描くように束ねられた何か。ガトリングガンに見えなくも無い。

 続いて、無骨な黒くて四角い金属の塊。そして、鳥足のような逆関節の脚。どこからどう見ても、ロボットだ。


 金属の塊は、恐らく胴体兼頭。直方体のそれは横幅一メートル半、上の方にはライトのような目とも言うべきものが二つ縦に並んでいる。両腕にあたる部分は、ガトリングガンがくっついていた。

 洞窟はどうにも狭苦しいらしく、天井とロボットが擦れあって金属音を奏でている。SFにでてくる二足歩行戦車みたいだ。


 予想だにしなかった展開に、呆気にとられて動けなかった。


「助けて!」


 視線を落とすと、地面に這いつくばった少女が必死に手を伸ばして助けを求めていた。


 なんだろう、凄く嫌な予感しかしない。


 顔を引きつらせていると、ロボットの右腕たるガトリングガンが少女を指向した。

 響いたのは、咆哮。


 鉄パイプの先が火と光を放ち、六本のそれがグルグルと勢いよく回転する。そして、少女をこの世から消し去った。


 残ったのは、血の海。白い肉の島。う、げ、と吐き気が襲ってきて、口元を押さえる。


 胃が痛い。足の震えが止まらない。夢なのに。夢のはずなのに。

 迫ってくるロボットに涼真は命の危機を覚え、辺りを見回す。生き残る可能性。夢だから、探す必要も無いのにその可能性を探す。


 すると、部屋の奥で何かが光っているのが見えた。エメラルドグリーンの小さな光だ。

 まるで夜の海に浮かぶ灯台の明かりのように、明滅している。


 でも、もう遅かった。涼真の眼前を、六本の鉄パイプ、つまりガトリングガンの銃口が支配する――。






「うわあああああああ!!」


 涼真が悲鳴を上げて目を覚ますと、そこは洞窟だった。


 先ほどと同じ洞窟。完全に悪夢確定の夢にもう一度起きて、涙がでそうだ。


 ぴちゃん、と水が落ちる音がする。様子がおかしい。


 さっきまでの夢は、それほどのディティールを持っていなかった。水の音なんて、聞こえやしなかったのだ。

 それなのに、今はどうだ。ひんやりとした、かび臭い空気。体温でまだ暖かい布団。頬をつねると痛い。どうかしてるを通り越し、イカれてる。


 しかし、妙な現実感は本物だ。


「いや、でも、そんな馬鹿なことが……」


 そう言いつつも、慌てて辺りを見渡す。エメラルドグリーンの小さな光を探して。

 あれは、絶望が詰め込まれたパンドラの箱に宿った、最後の希望のように感じられたからだ。


 先ほどまでとは、何かが違う。選択を誤れば本当に死んでしまう。直感が、そう告げているのだ。半信半疑ではあるが、現実かもしれない、と。


 見つけたエメラルドグリーンの光に向けて、一目散に駆け寄る。

 足の裏に当たる地面が冷たい。石が痛い。現実味が増し、焦燥感ばかりが募っていく。


 藁をもすがる思いで見つけたのは、指先に乗ってしまうような小さな黒い板。その淵からエメラルドグリーンの光を放つ、妙なSDカードだった。


「何だよ、これ……!」


 こんなものでは、戦いにならない。スマホに差して、エロ画像でも保存するのが精々の仕事だろう。

 しかし、人間相手ならまだしも相手は機械。世界共通言語の下ネタも、コンピュータ言語には通用しないのだ。


「何だ、こんなもの!」


 地面に転がっているSDカードに手を伸ばす。怒りの捌け口として、叩きつけてやろうと。

 SDカードを握り、手を振り上げようとした瞬間。


 目の前に画面が立ち上がった。


Third(サード) Interactive(インタラクティブ) Partner(パートナー) System(システム)、起動。しばらくお待ちください……」


 目の前、というのは少しおかしい表現だったかもしれない。視界が全て、まるでPCの画面のように変化したのだ。

 青いバックスクリーンの上に、白い文字が躍る。


「OSをインストールしますか? する場合は、利用規約をよく読んでから同意してください」


 いきなりのことに、面くらい、混乱した。


 これって、もしかして、もしかしなくともPCの画面だ。しかも、セットアップの。

 利用規約だって、いつもの読む気が起きない長さの文だ。某大企業の製品ではないらしく、Forefrotierと企業名が載っている。


 どうやら、ゲームのやりすぎが正解の理由らしい。ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのだ。

 勉強のせいにしてごめんなさい、と心の中で謝罪する。


 ともあれ、妙な現実感に変わりは無い。備えあれば憂いも無いというわけで、とりあえずインストールしてみることにした。

 利用規約と書いて、読まないもの、と読む。迷わず同意した。


「OSのインストール中……。しばらくお待ちください」


 それにしてもこのPC、脳波を読み取っているのか、考えるだけで選択できる。マウスやキーボードなど、一切必要ないようだ。しかし、どこにハードがあって、どこにインストールするかも分からない。


「角回、ブローカ野、ウェルニッケ野を検索中……。異常を確認、修正します。……修正完了。基礎言語をインストール。大脳皮質を検索……。第一世代と認定、権限先駆者(プリカーサー)を付与。処理を完了します……」


 もう、二分ほど経過した。早くしないと、あいつが、ロボットがやってくる。いくらゲームのやりすぎで頭がおかしくなっているだけとはいえ、焦るものは焦るのだ。

 さあ、これで終わりだろ、と涼真が意気込むと、また画面が開いた。


「あなたの名前を入力してください」

「うわ、どうでもいい処理まであるし!?」


 名前を意識すると、神崎涼真と画面に書き込まれる。次はコンピュータ名か、と思っていると、それはなかったようだ。

 それどころか、画面が消えて元の洞窟に戻っていた。


 身体を見回しても、特に大きな変化は無い。ただ、SDカードを握っていたはずなのにいつの間にか銃を握っている。

 銀色の拳銃で、流線的なフォルムが銃口からリアサイトまで続く。撃鉄はなく、代わりに電光板がついていて、“01”の文字が映し出されている。

 四十センチほどの大きさで、随分と野太い銃口。その割りに、ほとんど重さを感じないほどに軽い。


「変な銃だな。妙にSFっぽいし」


 まじまじと銃を見ていると、カツカツカツ、と急ぐ足音が聞こえてきた。あの女の子の足音だ。

 この位置からだと、通路が奥まで見えることに気づいた。先ほどの夢と同じく、少女が息せき切って部屋の中に飛び込んでくる。

 そして、こけた。見事に転倒した。つまり。


 薄暗い通路の向こうから、ロボットが現れた。重厚な足音を響かせ、少女を追いかけてくる。

 ロボットは少女に追いつき、六連パイプの銃口を突きつける。このままでは、何も変わらない。少女が助けを求めてこないこと以外は。


「待てっ!」


 思わず叫んでいた。別に助けを求められていたわけでもないのに。

 ただ、少女が殺されると知り、放っておけるわけが無かった。たとえ夢だったとしても。


 ロボットが涼真の声に反応し、銃口が狙う先を変えた。もちろん、涼真に。


 あ、と漏らして、口に手を当てて後悔したときには、手遅れだった。


 そりゃそうである。そんなことしたら、銃口は涼真へ向くに決まっているのである。


 ガトリングガンが回転を始める瞬間、台の様な岩の陰に隠れた。

 銃口はうなりを上げ、弾丸が岩を砕く。いつ弾が貫通してくるか分からない恐怖で、頭を抱えながら絶叫する。


「うわああああ!! 何なんだよ、ちくしょう! 一体あのロボットは何なんだよ!?」

「あれは機械人形(ロボット)ではありません。魔法人形(ゴーレム)ですよ、涼真」


 明るい感じだけど、妙に平坦な男の声が耳に入った。ここには涼真以外、男などいないはずだ。薄目を開け、必死に声の主を探す。


「こっちです、涼真」


 ふと手を見ると、握っている銃から声が聞こえているような気がした。というか、銃がしゃべっている。

 重症だった。


「あなたの脳は正常に機能しています。OSインストールのために一パーセントの記憶容量をいただきましたが、支障はありません」

「ええ!? 聞いてないし! 脳の一パーセントってどういうこと!?」

「利用規約を読みませんでしたね? ですが、特に問題はありませんよ。問題は現在の状況にあると進言します」

「その通りだよ! 何でもいいから早く何とかしてくれよ!」

「現状の打破におきましては、新しいプログラムのインストールをお勧めします。脳の記憶容量五パーセントをいただきますが、よろしいですか?」

「いいっ!? 五パーセント!?」


 このOS、どうやら人間をハードウェアにするタイプのものらしい。しかも、脳みそがハードディスクのようだ。

 首を横に振ろうとしたが、状況がそれを許さない。


「それって、記憶が飛んだりする?」

「五パーセント程度、支障はありませんよ。空の領域で十分に対処できます」


 記憶が飛ばないなら、背に腹は変えられない。死ぬくらいなら、使ってない記憶領域をくれてやった方がましだ。

 というか、これは夢だった。全然問題なかった。

 間髪いれずに頷く。


「分かった。早くインストールして!」

先駆者(プリカーサー)の承認を得ました。元素分解シールド、邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)をインストール中……。完了しました」


 特に、身体への変化は無い。狂ったオルガンのように岩を削る音が、涼真の心も恐怖で削り取っていく。


「で、どうすればいいのさ!?」

「シールドを張れるのは、涼真の体力を考慮すると二秒間だけです。普通の人なら五秒はいけるのですが」

「嫌味はいらないよ! 二秒じゃ何ともならないじゃないか!」

「問題はありません。立ち上がって、引き金をひく。二秒もかからないですよ」


 確かに、この銃の言うとおりだ。だが、腑に落ちない。

 ロボットだかゴーレムだか知らないけど、この銃で撃ち抜けるのかという疑問。それも一撃で。

 第一、シールドも信用できる要素は無い。ただ状況だけが、信じることを強いているだけだ。


 それでも、立ち上がるしかなかった。

 足は震える。手も震える。しかし、これは夢だ。失敗しても、いつもと同じ朝が来る。


「うおおおおお!!」


 恐怖を声でもって払拭し、立ち上がる。そして、右手に握り締めた銃をゴーレムに向けた。


 現れた涼真の姿をガトリングガンが捉え、赤く焼けた弾丸が襲う。


邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)、起動。主素材、鉄(Fe)及び炭素(C)。分解します」


 赤く焼けた弾丸が、涼真の前方二メートルほどで、虹色の輪を描く。そして、消えた。

 雨のように降る弾丸が、無数の虹色の輪を描いては消える。分解する。ただ繰り返す。


 邪悪龍の血液(ファフニール・ブラッド)。あらゆる武器を通さない、伝説の名を引き継いだ高性能シールド。

 不死身の盾の後ろで、涼真は引き金を引いた。今にも出そうな悲鳴を噛み潰して。


 銃口に光の粒が、一つ、また一つと集まっていく。光子が集まりきって、銃口の先には手のひらほどの光の玉ができる。次いで、音もなく放たれた。

 現出した光の柱は空気を歪め、洞窟内を真っ白に照らす。そして、ゴーレムに食い込んだ瞬間。


 鋼の上半身を赤く焼き、破裂させて焼き尽くした。

 ゴーレムの胴は轟音を上げて蒸発し、土ぼこりを上げて後ろへと倒れこむ。


 大きく息を吸い込んだ涼真は、己を落ち着けようとゆっくり息を吐き出した。


「そういえば、あの子は……?」


 少女は、地面に這いつくばったまま頭を抑えて震えていた。でも、生きている。悪夢は、悪夢ではなくなったのだ。


 涼真は不意に強烈な眠気に襲われ、その目を閉じる。


 ああ、これで目が覚めて、いつもの朝が来る。

 そう、信じて。

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