第五話
ちょっと短めです
サラリーマンの夏休みは短い。
というか、仕事なので一か月なんて休んで居られる訳もない。
当然彼も、あのオフ以降に仕事中心の生活に舞い戻っている。
そういう意味では、素早く日常に戻ったと言えるだろう。
とはいえ、VR全体では夏休みモードのままで、遊びもバカ騒ぎも同じようなものだった。
VRというある程度熟成された世界、そこに古参と呼ばれる存在がインしていない時間も深く深く入り込んでいる学生たちは、まるで自分たちの世界のように思えるのは仕方ないだろう。
もちろん、そんな人間ばかりではないが、徐々に彼らの欲望につながる無秩序という名の秩序が羽を広げ始める。
端的に言えば、学生男子による暴虐、である。
ナンパ・セクハラ・恐喝・PK強盗。
明らかに頭がおかしいかのような行動だが、その自由性はその行為を容認していると頭の悪い確信を持った彼らの行動は素早く、そして徹底的だった。
が、何も運営会社が容認しているわけではない。
即時対応しているのだが、爆発的に発生するGMコールに対応が遅れ始めただけだった。
さらに言えば、運営会社とて企業。
夏休み期間に被る形で交代で休みを取っているため、人手も足りていない状態でもある。
本来であれば、毎年の事なので対応できるはずだったのだが、今年はどうも鬱憤をためたプレイヤーが多いらしく、爆発も大きい。
そこで、ひとつの切り札を切ることにした運営だった。
「つまりあれですか、うちのギルドを駆け込み寺にして、ヴァルQを自警団にしたい、と?」
「はぁ、端的に申しますとそのように」
自警団、というシステムは昔あったことはあった。
ただ、内部腐敗や組織抗争になってしまい、うまく作用しなかったと記憶している。
だからこそ、ノルンとヴァルQは組織を分けたのだ。
彼自身も一時期自警団に所属していたが、組織抗争に飽き飽きして抜けた記憶が苦い。
ノルンは目的限定ギルドだし、ヴァルQは人の入れ替わりが激しい組織になるはずだから。
「・・・とりあえず、【衛兵】の出動率は少ないはずですよね?」
自警団が消滅した後、VRでは衛兵というシステムを入れた。
これはGMコールされた際に出動するBOTで、相手のアバターを強制的に収監する。
その後に事情聴取が行われ、解放されるか、処罰されるかが決まる。
決まるのだが、ここに大きな穴があったわけだ。
「今年の収監数が多すぎて、収監しきれないのです」
「そりゃ運営の問題でしょう」
「そうです、そのとおりなのですが、今年の異常事態の対応のため、全社夏休みなしで対応しているのです。それでも限界なのです」
思わず呻く彼。
プレイヤーでもありつつ社会人でもある彼。
夏休み返上というのが収益に関わるならいいが、人件費をかければかけるだけ損になる状況での休日返上では、まったく熱意につながらないだろうこと間違いなし、と。
「しかし、それではヴァルQが敵としてやり玉にあがるだけですよ?」
「はい、そこでこんなアイテムを作りました」
差し出されたそれを見て、深い頭痛を感じる彼。
「あー、うちの子とヴァルQの子たちに相談してみます」
「出来るだけ早めの回答をお願いします!」
結論としては、ノルンのギルドホーム(表)を緊急避難小屋に設定した。
条件としては、プレイヤーが女性であること、相手が男性であること、GMがセクハラや性別的な嫌がらせをしていると認定した場合、あと現場で状況確認出来た場合だった。
これに加えて、ヴァルQも自警団として活動を開始した。
ただし、アバター情報をかく乱できるアイテムで変装して、であるが。
このアイテム、見た目は、いや、分類上は「杖」。
そしてそのアイテムを「使用」すると、その姿を変えて、見た目を変えて。
光と共に弾けた杖は、使用者の周りを廻りそして予め設定された衣装へと変わる。
ふわふわで、ひらひらで、リボンでキッチュなそれ、魔法少女っぽい格好と仮面に。
かなり女子中高生が多いヴァルQでは評判が悪いかと思いきや、かなりノリノリで、GM代行権なんて資格があるにもかかわらず、それを使わずPvPで決闘したり、集団戦闘で倒したりしている。
かなり脳筋寄りの解決方法は、表面は別にして学生男子には好評なイベントとして迎え入れられており、あの仮面は何処の女子かとか、リアルでナンパしたいとか掲示板は大いに盛り上がっているという。
わざわざGMコールして呼び出して、集団で「やって」しまおうという集団もいたそうだが、当然運営側も理解しているので、そんな時は必ずガチムチマッチョな自警団「薔薇肉忍術団」が覆面「だけ」を着用して現れ、阿鼻叫喚の地獄へと誘うという行為が伝説となり、卑怯千万な痴漢行為は激減したそうだ。
運営さんの担当に聞くと、
「ああ、あれですか。あれは二丁目の本職に来ていただいて…」
と、心底聞きたくない内容になったので逃げた彼であった。
で、わざわざ表面上は、なんていうのも、現実問題として自分たちのやりたい放題を真っ向から邪魔している存在という見解もあり、格好上は敵対している形を取らざる得ない。
しかし、しかしだ。
やはり思春期、女の子といちゃいちゃしたい。
そのジレンマで、本能に忠実な活動が抑えられつつあるのだから、これは運営側の采配の勝利と言えるだろう。
魔法少女自警団は、夏季限定のイベントとされていたが、VRの名物自警団となる日も近いだろうと思う彼であった。
そんなこんな、魔法少女自警団に夏場の舞台を奪われた形のノルンだが、緊急避難でやってくる少女たちの数は少なくなかった。
セクハラや恐喝、そして無理やりリュージョン無効エリアに引きずり込むなどの蛮行がかなり多く行われていたためだ。
これは運営が目標とした学生男子以外のプレイヤー、高校生以上でありつつも成人男子ではない時間に余裕のある、そう、自宅警備関係者や自称浪人学生などによるものが多かった。
彼らは自身のコミュニティーが少ない影響で、性的な衝動や不満を直接ぶつけても、アバターを変えればばれないと思っている人間だった。
変態行為用のアバターを作成し、そのような行為を強要しようとしているのだが、最近は邪魔が多くてうまくいかない。
そこにおいしい相手がいるとみれば、すぐさま襲いかかるようになっている模様。
女性アバターもクエストのために色々と廻らなければならない関係で、人気のないところや危ないところにも行くが、現実的な脅威ともいえる変態がいるのでは楽しめるものも楽しめない。
そこで、転移アイテムを入手し、緊急避難をすることになったのだが、この転移アイテムを使うとボス戦中からでも逃げられるので結構希望者が多い。
いや、何も不正のために使おうというのではない。
どちらかというと、ボス戦中に乱入して背後からプレイヤーをキルしたり、アイテムを横取りしようとするやつらが増えだしたことへの対抗策であるとしか言えない。
勿論、MPKにも使えるので、軽々しく配布もできないのだが。
事情はさて置き。
緊急避難でやってきた少女たち。
ノルンギルドホームをポータルにできないかという相談が多かった。
もちろん、限定目的ギルドなので、緊急以外にはギルメン以外お断り。
そんなわけで、ギルドホームの庭ならOKということにした。
一応、設計上でいえば、屋根の下でも外でも同じことなんだけど、気持ちの問題でもある。
そんなポータル登録者が二ケタを超えたところで、学生たちの夏休みが終了しようとしていた。
「みんなは夏休みの宿題、終わってるのかい?」
「「「とーぜん」」」
自宅学習慣れしている二人に加え、優等生が一人居るという事で、安心のノルンだったが、夏休み終了前五日を切ったところで、一部年齢層のアクセスが異常に減った。
まぁ、考えるまでもなく、夏休みの宿題だろう。
聞けばヴァルQも開店休業中だとか。
とりあえず、やろうという気だけは評価したほうがいいかと思う彼であった。
グラップラーという綽名を持つ彼、タイチは、ユニークスキルを持っていると思われているが、実は完全にシステムアシストを切っているだけに過ぎない。
システムアシストによる最適な動きよりも、自分流を優先しただけなのだが、これによる自由な活動というのはバカに出来ない。
彼のように格闘技の技を再現したり、現実の運動競技などのイメージトレーニング用にVRを使用する人間も少なくないのだ。
野球やゴルフの有名選手が、個人エリアで集中練習しているなどという話は実しやかにささやかれており、現実にもあったりもする。
彼、タイチが元々属していた集団にも数多くのスポーツ選手がいて、同窓会のようなイベントがあると、顔ぶれが物凄いことになってしまうため、リアルのオフ会など余程気密性が高い店や場所でないとオフ会もできないというありさまなため、大体はVRで済ますことになっている。
なっているのだが、ある一人が言った。
「なぁ、タイチ。おまえ、女子中学生ハーレムしてるんだって?」
大いに誤解である旨を正々堂々と表明したところ、じつはそっちの方が本命であった。
なんと、相談者の娘が引きこもりになってしまっているのだという。
で、なんとかその現状対応のヒントでもいいから教えてくれないか、というモノであった。
というわけで、絶賛社会復帰中のノルンで話を聞いてみたところ、三人娘の意見は一致していた。
「肉親が動いて良い結果になることなんてない」
実に冷たい話だが、逆説的に言えば、自分で出来ないことを知合いに手回しすること自体は間違っていないという意見になった。
とはいえ、引きこもりの原因が問題だとジョウ。
「原因かい?」
「はい、原因です」
苛めなのか、抗議行動なのか、恐怖なのか。
「恐怖、かい?」
「はい。ストーカー被害や校内暴力被害から身を守るなんて言う理由は、引きこもりの基本です」
「あ、あと・・・」
少女の一人が、カエが言う。
「…ゲームがおもしろすぎてそっちにのめり込んだ、っていうなら、もう手はないかなーって思いますよ?」
それだけは、と彼も少女たちも感じたが、その可能性を否定できないのがゲーマーたちの業ともいえるもので、言葉に出来ない暗闘を心に抱えている同志なのかもしれないと思わざる得ないのであった。
彼女が引きこもっている間、何もせず何も感じず何もしない、そんな精神状態であるのならば、必要なのは治療だ。
それは立派な病状であり、心の死の寸前であると言えるから。
しかし、彼女は活動していた。
VRで無いにしろ、ネット活動をしていたのだ。
それはデイトレード、そう金融取引であった。
口座と登録のみで始めたそれは、いまでは両親の収入を超えることもある取引となっており、間接的に多くの税金を納金していた。
場外取引はせず、時間内取引だけで多くの成果を上げる彼女だが、彼女を超える存在も知っており、さらに言えばその存在をリスペクトしていた。
誰言うまでもなく、ノルンのジョーであった。
彼女自身、ジョーをリスペクトはしているが、ジョーがVRMMOをしていること自体が信じられなかった。
両親に頼ることなく自立した少女、ジョーのありかたとしては、絶対に容認できないとすら感じていた。
単純に、純粋さが欠けている時点でジョーの輝きが失われてしまうのではないかと、そんな風に思っていたのだが、まぁ、勝手な話だ。
ともあれ、この思いをどうにかジョーに届けたい、そう焦った彼女は、VRを始めることにしたのだった。
泥縄的であったが、VRという接点が事件を進めることとなる。




