地層になる思想
倫理ではない。
正義でもない。
好き嫌いでもない。
ただ、余分な土地がない。
遥か、遥か、高い次元、
人には感知できぬ800万次元の世界の話。
魂の最終処分場「浄土の篩」
この世界では、死した魂はすべて天界の端にある「浄土の篩」へと送られる。
死後の魂は審判などされない。
ただ選別されるのみ。
今日も、魂の質に応じて厳格に死分けが行われる。
凡夫/リユース: ほどよく汚れ、適度に摩耗した魂。洗浄と記憶消去を経て、すぐに現世へ中古品として再出荷される。意外に頑丈で、数も多い。数が多いだけに再利用は必須。再利用しなければ、この地はあっという間に埋め尽くされる。間違いなく輪廻の輪へ送れ。
狂信者/焼却: 特定の思想に染まった魂。揮発性の高い激しい情念を火力として燃やし尽くし、世界のエネルギー源として活用される。クリーンエネルギーとして熱回収せよ。
理想主義者/不燃物: 頑固なまでに純粋で変化を拒む魂。他の魂と混ざらず、燃えもせず(反応を拒む)、洗浄も不可能なため、頑丈な容器に詰められ「世界の奈落」へと埋め立てられる。触ると同質化する危険あり。決して触らず埋め立てろ。
倫理ではない。
正義でもない。
好き嫌いでもない。
ただ、余分な土地がない。
天界の際、墨色の雲が重く垂れ込める場所に、魂の最終処分場「浄土の篩」はあった。そこでは毎日、数億の「死分け」が鈍色のベルトコンベアの上を無機質に流れている。
「次、第一線。傷みは少ないが、記憶の染みが深い。洗ってから『再用』に回せ」
熟練の仕分け人、甚平が、慣れた手つきで魂を振り分けていく。
流れてくるのは、ほどよく世間に揉まれ、ほどよく自分を諦めてきた「凡夫」たちの魂だ。
彼らは柔軟で、少し洗えば新品の肉体にすぐ馴染む。
システムにとって、これほど扱いやすい「優良在庫」はない。
「次は第二。……熱いな、業火が漏れているぞ」
コンベアが真っ赤に焼け、特定の思想に耽溺した「狂信者」たちが流れてきた。
「こいつらは危険だ。まとめて焼却炉へ放り込め! 今夜の霊界の灯籠、少しは明るくなるだろうよ」
彼らが叫ぶ聖戦も、ここでは街灯を灯す程度の燃料として消費されるだけだった。
だが、甚平の手が止まった。コンベアの奥から、青白く、硬質で、何者も寄せ付けぬ冷気を放つ塊が流れてきたからだ。
「……また『自然保護家』か。それとも『理想主義者』か」
それは水晶のように美しかったが、同時にひどく拒絶的だった。洗浄しても記憶は剥がれず、焼こうとしても熱を跳ね返す。他の魂と混ぜれば、その強固な純粋さで周囲を汚染してしまう。
「チッ、不燃物め」
新米の朔が顔をしかめた。
「地球を愛し、一切の妥協を許さなかった聖人たちが、死んだ後は循環を止める一番タチの悪いゴミになるなんて。皮肉なものですね」
「いいか、小僧」
甚平は防護面越しに鼻で笑った。
「この世で一番『エコ』なのは、自分を持たず、適当に汚れて、何度でも使い回せる『どうでもいい連中』さ。信念なんて持っちまうから、こうして土に還ることもできず、永遠に孤独な不燃物として埋められるんだよ」
彼らは頑丈な鉄の桶に詰められ、地の底、何万年もの闇が支配する「奈落」へと沈められた。
それから悠久の時が流れた。
地の底で、鉄桶に閉じ込められた「高潔な魂」たちは、暗闇の中で互いの硬い角を突き合わせながら沈黙していた。
彼らは何も信じていなかった
ただ硬かった
しかし、重力と地熱、そして「自分を変えない」という意志が積み重なった重圧は、残酷な錬金術を始めた。
数万年という歳月は、結晶のように硬かった彼らのプライドを、ゆっくりと、確実にミシミシと軋ませ、砕き、ドロドロの黒い液体へと変質させていった。
「汚れたくない」と願った潔癖な精神は、自らの重みに耐えかねて崩壊し、皮肉にもこの世で最も燃焼効率の良い燃料――「原油」へと成り果てたのである。
「掘り当てたぞ! 過去最高品質の『古魂燃料』だ!」
最新の採掘機が地層を貫いた。
かつて排気ガスを憎み、クリーンな世界を夢見た彼らは、今やパイプラインの中を真っ黒な泥となって流れ、巨大な発電所のボイラーへと送り込まれる。
「見てくれ、この燃焼効率を。跡形もなく消えて熱になる。これこそ究極のエコだ」
技術者たちは満足げに計器を眺めた。
かつての高潔な理想主義者たちは、轟々と音を立てて燃え上がり、一粒の灰すら残さず消滅した。彼らが命を懸けて守ろうとした環境は、彼ら自身が燃えることで発生した黒い煙によって、皮肉にもどんよりと濁っていく。
だが、その煙の向こう側で、街のネオンサインだけは、かつての彼らの理想よりもずっと明るく、空虚に輝き続けていた。
循環しない存在は――
やがて地層になる。




