六章 ライルの正体と犯人の正体と目的と。2
対してライルは泣きそうな表情で、
「…僕は謂わば、魔法使いの代わりなんです。
と言いながら、弱々しい笑みを口元に浮かべだした。
「…彼が生前に出来なかった事を成し遂げる為に、作った道具の様な存在なんです。…」
それは、あまりにも小さな声だった。
「…そうして生まれてから、ずっと城の中で隠され、飼い殺しの様な状態で過ごして来ました。…物心のついた頃にはアルジェンとしての教養と鍛練ばかり。…魔法が関わる事件が起きれば犯行に駆り出される。逃げる事も拒否も許されず、ほぼ自由なんてない。…」
次第にライルは俯きだす。
「ただ命令を素直に聞いて動く、人形と変わらない。…」
乾いた笑い声が聞こえてきた。
その後に、鼻を啜る音もしてきた。
「人形、ですって?…」
ほぼ同時に、私は聞き返した。彼の言葉を聞いた瞬間に、頭の中が妙に冷静になる。
代わりに心の中で沸々と怒りが沸きあがり、静かに喋りだす。
「……そんな事を、誰が言ったの?」
「…え?」
と、ライルは顔をあげてきた。
「…貴方が人形だなんて、私は思えない。…」
そして、私は前のめりになりながら、はっきりと言う。
「だって、あんた。…凄く優しいじゃない!…」
「か、カレンナさん?…」
「…嘘じゃない。…私は、あんたが優しいと思ってる。…だから、自分の事を悪く言わないの。…」
「…は、はい。」
するとライルは驚きながら、此方を見つめてくる。
少しだけ頬が赤くなっているようだった。
「…ライル。…あんたが誰かに何を言われ、自分を何と思おうと、心の優しい人間よ。」
それでも私は構わず、言い続ける。
「…貴方の思いや考えを、否定なんかしないし、…誰にもさせない。」
そして、ー
「…騎士のスカーレット家に生まれた伯爵令嬢として、この誓いを絶対に違えたりしないわ。」
少しだけ声を落として、相手の目を見て言う。
「…だから、…私の前では、正直になっていいから。」
暫く沈黙が続く。
やがてライルは小さく呟いた。
「……ぼ、僕は、」
なんとなく声が震えている。
「心が苦しいです。…時戻りなんて、嫌で、嫌で、…もう痛い思いはしたくない。」
次第に大粒の涙を流しだしていた。
「…でも、目の前で誰かが亡くなるのも見たくない。…ナンリー様達だって救いたいんです。…でも一人じゃ、どうしていいか解らないんです。」
私は何も言わない。
ただ黙って、彼が落ち着くまで待っていたのだった。
静かな部屋の中で、ライルの泣く声がしていたのだった。
そうしてライルも、呼吸が整ってきた。
そんな頃合いに、私は立ち上がり、手を差し出しながら提案をした。
「ライル。」
「はい。」
「…一応、マカ先生に診察してもらいましょ。」
「うん。」
と彼も素直に返事し、手を取った。
そのまま二人で部屋を出ていく。
まるで最初に、この部屋を出た時と同じ状況で、廊下を歩いていた。
※※※
暫くの間、城の廊下を移動している。
前回と比べて、誰ともすれ違わなかった。
やがて中庭に面した通路まで、やって来た。
すぐ側に、ステンドグラスが嵌め込まれた木製の扉がある。
その扉の前で、私達は足を止める。
コンコン。
私が代表してノックし、中に向かって呼び掛けた。
「マカ先生!…いる?」
「…いるわよ~。」
呑気な声の返事がしてきた。
すかさず扉が開かれる。
そしてマカ先生が姿を現した。
「あら、…カレンナと、ライルちゃん。…また来たのね。」
ついでに此方を見るや否や、問い詰めてくる。
「…って、何で、…また手を繋いでんのよ?」
「…マカ先生、…ライルを診察してあげて。」
しかし、私は敢えて答えずに、真剣な表情で言う。
マカ先生も、一瞬だけ目を細めると、
「…なら、すぐに入りなさい。」
と何も聞かずに、手招きして扉の前から退いた。
私達は部屋の中に入る。
すぐにマカ先生は、診察を始めた。
ライルをベッドに腰掛けさせる。
その正面にマカ先生も立つ。触診をしながら、念入りに調べているようだった。
その様子を、私は見守っていた。
やがてマカ先生は、肩を竦めながら、結論付けていた。
「…至って、目立った怪我も病気もないわよ。」
「そう。…」
と私は短く返事をし、心の中で安堵していた。
だが直後に、
「で?…」
再びマカ先生は此方へと振り向き、問いただしてくる。
「あんた達は何で、二人して一緒に来たのかしら?」
既に両目は瞳孔が開いていた。強めの圧も放っている。
「……まさか、あんた達。…付き合っているとかじゃないわよね?!…」
「「違う、違う。」」
と、私達は即座に否定する。
「本当に~?…だって、あんた達。…ついこの前に会ったばかりじゃないの?」
それでもマカ先生は、疑いの目を向け、
「…なのに、今は距離感が近すぎない?」
と独り言の様に喋りながら、指摘してくる。
「……えっと。」
私は何も言い返せなかった。視線を反らしてしまう。
「…なんとなく二人とも前に来た時と、雰囲気が違っていたわ。…どちらとも余所余所しい感じだったのに。」
マカ先生の追及は終わらない。
「どっちかと言えば、今は信頼が勝った様な間柄の様よ。…絶対に、何かあったんでしょ?」
「…それよりも、マカ先生。」
するとライルは 咄嗟に、口を開いた。
「…また治療してくれて、ありがとうございます。…」
さらに少し照れた様に、頬を掻く。
「あ、あらぁん。」
と、マカ先生は頬を赤く染め、
「…別に、お安い御用よん。」
一気に機嫌も良くなってしまう。
「もう。…格好良くて、礼儀正しくて、律儀な子なのね。…嫌いじゃないわ。」
「は、はぁ。…」
しかし、ライルは困惑気味に、返事をしていた。
「……世の中には、横柄な輩も多いわ。でも、ライルちゃんの様に、誰にでも思いやれる人は好きよ。」
それでもマカ先生は、話は止まらない。
「…ほら、あたしって。…繊細な心の持ち主だからさ。…優しくされただけで、すぐに胸の奥がときめいちゃうもん。」
「…えっと。…」
すると、話の内容が変わりだす。
「…でも、良い男って、なかなか巡り会えないのよね~。…昔、付き合っていた人なんかはさ。…」
ほぼ彼女(?)の恋愛に関する愚痴になっていた。
「…結構、サバサバした性格の男だったんだけど、以外と粘着質で束縛してくる達でね。…別れた後も、しつこく言い寄ってきたりしたもんだわ。」
「そ、そうなんですね。」
「…しかも、あたしが後に、他の男と付き合いだしたら、大変だったのよ。
「た、大変だった?」
「…あたしじゃなくて、男の方に嫌がらせしてきたの。…それが原因で、二度と会わなくなったけどね。」
「え?…」
しかし、その途中でライルは目を見開く。
すぐに私も聞き返した。頭の中で、何かが引っ掛かる。
「その男は何で、そんな事をしたのよ。」
「…後後になって、人伝に聞いたけど。」
とマカ先生も素っ気なく答えだす。
「他の男がいなくなれば、自分に振り向いて貰えるって思っていたらしいわ。」
ほぼ同時に、私はライルの方に視線を向ける。
すると彼も、同じく此方に顔を向けてきた。
そうして互いに目が合うと、一緒に頷いた。
次の瞬間には、一目散に出口へ走り出した。
「…え、何よ?…どうしたのよ。」
背後から、マカ先生の戸惑う声が聞こえてくる。
だが私達は構わず、扉を抜けて廊下へ飛び出す。
「何よ!…二人して、目で会話して!!」
やや遅れて、マカ先生の怒鳴り声がした。
「…やっぱり何かあったんでしょ!!」
それは、どんどんと遠ざかるのだった。




