六章 ライルの正体と犯人の正体と目的と。1
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「…!!?」
私は意識を取り戻した。
すぐに顔を上げて周りを見渡す。
だが頭がはっきりしてくると、いち早く状況を理解した。
もう以前程の混乱はない。
此処は、赤い扉の部屋の中だ。
目の前には、白いクロスを掛けた机がある。
その上には、テーィーセットと、空になった菓子の箱が置かれていた。
この前の光景を私は見て、思い出した。
(ー今は、あのお茶会をした日だわ。)
そして次の瞬間、床で倒れている人物に気がつく。
ライルだった。
私は急いで駆け寄ると、傍らで跪く。さらに肩を揺すりながら、呼び掛ける。
「…ライル!!…大丈夫?」
「……うぅん。…」
微かな声が返ってくる。
ライルも、静かに目を覚ました。
ただし視線は虚ろで、意識も朦朧としていているようだ。
ついでに、ぶつぶつと何かを呟きだす。
それは、次第にハッキリと聞き取れてきた。
「…いたい、よ。」
「…ライル?」
「…もう、嫌だ。…痛いのは、やだ。…時戻りなんて、したくない。」
「……っ?!」
「…でも、頑張らないと、…ぼくがやらないと。」
「………。」
私は静かに息を飲んだ。
彼の言葉を耳にし、脳裏に衝撃が走る。
やがて何となく、事情を察した。
そして己の拳を強く握りしめだす。爪が食い込み、掌から血が滲み出ている。
「…カレンナ、…さん?」
ようやくライルは、我に返ったようだ。ゆっくりと上半身を起こしたら、此方に顔を向けてきた。
ほぼ同時に私も、両手を伸ばして彼の顔に触れる。じっと注意深く、顔の角度を変えて怪我がないか確認する。
「か、カレンナさん?!…離して、…今は時戻りをしたので、何処も怪我してませんよ。」
とライルは慌てて弁明していた。頬を赤くし、顔を反らそうとしている。
それでも私は構わず、彼の顔を正面に向けさせ、まじまじと見つめる。
ライルは、綺麗な顔をしていた。
短めの銀色の髪は煌めき、赤い両目は印象的だった。
小さな輪郭に白い肌。長い睫。
まるで少女の様である。微かに身動ぎする様子も、まるで小動物の様に、愛らしい。
「っ!!」
ふと私は気がつくと、涙を流していた。
それが頬を伝っていったら、言葉が止めどなく溢れ出してきた
「ライル、…ごめんね。」
私の声は震えていた。
「……辛い目に合わせて、…私、自分から勝手に首を突っ込んだのに、何の役にも立たなかったし。」
「え、…いや。…違いますよ。」
ライルは即座に、庇ってきた。
「…今回のは、僕が余計な事を提案したからです。…だから、シヤリーさんも大変な目に。…なので、悪いのは僕、…。」
だが私も首を横に振って否定し、ー
「…うぅん。…あれは、誰も予想してなかった。…貴方だけが悪い訳じゃない。」
そして静かに続けた。
「…それに私が言っているのは、別のこと。」
一瞬だけ声が震え、言葉にが詰まってしまうも、
「…貴方が時戻りをする時って、…」
最後には、はっきりと問いかけた。
「…貴方が命を落とす時なんでしょう。」
「!?」
するとライルは目を見開き、僅かに肩をビクつかせた。
どうやら図星のようである。
暫くの間、部屋の中に重苦しい空気が漂っていた。
「…本当は。…」
やがてライルは、此方の手を掴んで離すと、喋りだす。
「…本当は、誰にも知らずに、隠さなきゃ、いけなかったんです。」
「うん。」
と、私も言い、話に加わる。
「…でも、バレたのなら、仕方ないです。」
そしてライルは、真っ直ぐ目を合わせてきた。
「カレンナさんの、仰る通りです。」
とても静かな声である。
「…時戻りの魔法の発動条件は、ーー」
さらに少しだけ、言葉を区切ると、
「…僕の命が尽きた時です。」
と、はっきりと答える。
「…そうして魔法が発動すると、私の意識のみが過去の時間へと強制的に飛ばされます。」
「やっぱり。…そう、なのね。」
「そして何度も何度も、同じ出来事を繰り返してます。」
「……今まで、何回も、やり直したの?」
と、私は震える声で、問いかけた。
「…今回の事件だけなら、…10回は繰り返してます。…どれも失敗してましたけど。」
と、ライルも答えると、遠くを見るような目をしだす。
「…それから先は、覚えてません。…それに、幼い子供の頃から、数えきれない程の時戻りを経験していますから。」
「子供の頃から?」
「えぇ。…もう自分でも訳が分からなくなってます。」
「…どうして、…そんなに何度も繰り返してまで、続けているのよ?」
「耐えきれずに逃げた事があります。…でも結局、何処かで時戻りが発動してしまえば、また元に戻ってしまいます。」
「そんな!?…」
「…自分ではコントロールするのも、出来ない。…これは、謂わば僕にとっては、呪いなんです。」
「………。」
私は絶句し、何も言えなくなる。
「…私は怪盗アルジェンなんです。…その立場から、逃れられない運命なんです。」
そしてライルは、語りだした。
「すべては、ドギアスが魔導国と呼ばれ始めた頃の話です」
彼曰く、切っ掛けは一人の魔法使いだったらしい。
魔法使いは、独自の魔法を生み出す事に長けていたという。
そして彼は、誰しもが自身だけの魔法を使える様になる術を確立した。
すると街中の人々に広められ、人々の生活は大きく変わる。
誰もが魔法を使い、暮らしは豊かになっていた。
やがて国王や王妃にも、知れ渡る事となる。
すると魔法使いは功績を認められ、より一層に魔法を国中に広めて行く事にした。
しかし、一方で、ーー
国中には、恐怖と混乱も渦巻いてしまっていた。
何故なら、魔法は善人だけのものではなかった。
悪人達も魔法を使える様になり、人々の生活を脅かすのだった。
さらに城の内部でも、魔法を扱える者が現れた。
次第に彼等は反乱を企て、国家の転覆が図られる事となってしまう。
国王は事態に逸早く気がつくと、
「…魔法使いよ!…お主の力で、この国から全ての魔法を消し去るのだ。」
と、命令をだした。
その命令に、魔法使いは行動に移った。
ある方法を用いて、国中の人々から、全ての魔法を取り上げてしまったのだった。
その様子は、異様だったらしい。
魔法使いは、神出鬼没に姿を現す。
犯行後には忽然と姿を消してしまい、誰も捕まえる事すらできない。
何故か容姿も定まらず、様々な姿が囁かれる。
噂では、ある者は老人と言い、ー
ある者は二枚目の若者と言い、ー
はたまた絶世の美女とも言われていた。
しかし彼を見た者は、全員が決まって銀の髪をしていると証言する。
やがて街の人々は、その存在を、ある名前で呼ぶ様になった。
「それが怪盗アルジェンの始まりです。」
とライルは、一度だけ言葉を区切り、
「…彼は国中から魔法の概念を盗み続けて、国の混乱を治めたそうです。…やがて人々は魔法の存在を忘れました。」
最後には、重苦しいく息を吐いていた。
「…そして【ドギアス】には魔導国だった伝承と、怪盗アルジェンが現れる噂だけが残ったのね。」
と、なんとか私も言葉を絞り出した。
互いの間には、沈黙が重くのし掛かる。
しかし、ーー
ライルが再び話し出した。
「…それでも事態は、収まらなかったんです。」
「え?」
「…魔法使いの作った独自の魔法は、一度盗んでも、…長い時間が経つと、また人々の中から、また魔法が発言しまっていたのです。」
「はぁ?!」
私は思わず、声を漏らす。
「この国の魔法は、魔法使いの想定を越えてしまっていたんです。…いくら盗み続けても、完全に消し去る事が出来ない。」
ライルは静かに呟く。
「…まるで草木が根を張る様に、人々の中で残り続けていたのです。」
「…っ!?」
私は、また言葉を失った。
ライルは構わず、説明を続ける。
「…だから魔法使いは、最後の手段として、自分の命をかけて、三つの魔法を発動させたんです。」
そして、ゆっくりと指を一本立てる。
「…一つ目は、自分と同じ銀髪と赤い両目の男子を、この世に生まれる魔法。」
二本目。
「…二つ目は、その子供に、魔法を盗む技術や知識を与える魔法。」
そして三本目の指を立てた。
「…そして三つ目は、人々から全ての魔法を消し去るまで、何度でも時を繰り返す魔法です。」
彼の目は、此方を真っ直ぐに見つめてくる。
「…それじゃぁ、…。」
私は胸が締め付けられるも、震える声で言った。
「…ライルは。」
ようやく名前を口にする。
だが、それ以上は言葉が続かない。
あまりにも衝撃的な内容に、頭の中は真っ白になっていた。




