5章 再びの波乱の舞踏会 7
どうやら此処は、城の南側の城壁に程近い庭の一角だった。
右には、騎士団の寄宿舎。
その反対には、南側の正門がある。
「こんな所に、…繋がっているの。…」
私は呟きながら、ようやく自分達の居場所を把握した。
辺りには、怪しい人影は見当たらない。
全員で急いで駆け出した。
すぐに庭の中を横切ると、南門の間近の広場に辿り着く。
そこには招待客の馬車を整列させて、駐車している。
「…あったわ。…此処よ。」
と、シヤリーは、最前列の一台の前で立ち止まる。
自分の馬車を、見つけたのだった。
私も馬車の御者台を見ると、見覚えがある人物に気がついた。
その人は、白髪の老執事である。
シヤリーの家で働いている人だ。
「…シヤリー様、どうなさいましたか?」
老執事も此方に気がつき、御者台から降りながら話しかけてきた。
シヤリーは、即座に指示を飛ばす。
「…ごめん、今は説明してる暇はないの。…すぐに馬車を出して!」
「は、はい。…畏まりました。」
それを老執事は慌てて準備を整え、瞬く間に、出発が出来る様にしていた。
その間にライルがワゴンの扉を開き、手招きをして乗車を促していた。
すぐにシヤリーは、乗り込んでいく。
その時だった。
私は背筋に、ぞくりと悪寒が走るのを感じた。
さらに誰かが何処から見ている。
それを他の誰も気がついていない。
私は慌てて振り返り、辺りを見渡す。
周りには、馬車の並ぶ列があるだけだ。
もっと奥には、夜の庭が広がっている。
だが怪しい人影は見当たらない。
(ーでも、嫌な予感がする。)
それでも私は、胸の中で不安は消えない。
次の瞬間、最悪の想像が脳裏を過った。
私は急いで振り返り、大声で呼び掛ける。
「…待って、シヤリー!」
「え?」
だが既に遅かった。
ライルがワゴンの扉を閉めようとしていた。
「…ぐが?」
すると突然、老執事は異様な動きで手綱を操った。
馬が驚いて、暴れだす。
次の瞬間に馬車は、凄まじい勢いで発車した。
「ま、待って!」
すぐに私も走って追いかける。
馬車は速度を上げて、蛇行しながら遠ざかってしまう。
どんどんと距離が離れる。
人の足では、追い付くには難しい。
しかし、馬車の向かう先には、南門の城壁があった。
(…おかしい!?)
と、私は必死に追いかけながら、考えを巡らせる。
(…明らかに、運転手の様子がおかしい!!…このままじゃ、馬車は壁に一直線だわ。)
その時、脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
(…まさか、傀儡の魔法なの?!…犯人が既に手を打っていたの?)
だが既に考えを纏める暇はない。
私は追い付こうと、足を動かし続ける。
もはや息継ぎも儘ならない。
(シヤリー!!)
なんとか馬車の位置だけは、視界に捉えていた。
ふとワゴンの扉の位置で、人影が動いた。
それはライルだった。
車体にしがみつきながら、扉を抉じ開けて、車内に飛び込む。
すぐにシヤリーを連れて、戻ってきたのだ。
そのまま彼等は、出入口の縁に足をかけ、脱出の機会を狙っている。
だが馬車も、既に城壁の間近に迫っていた。
すると馬が急に右へと方向転換する。
大きく車体が揺れていた。
さらに左側の車輪は、壁の土台の段差に乗り上げてしまう。
その直後、呆気なく車体は横転していた。
出入口の扉のある側は、地面に勢い良く叩きつけられる。
ガシャーン!
まるで破裂した様な、激しい音が響く。
同時に、シヤリーの悲鳴が辺りに木霊した。
「ライル!!…シヤリー!!」
ようやく私も、ワゴンの側まで辿り着く。
目の前に広がっていたのは、悲惨な光景だった。
南門の前では、馬は落ち着かない様子で彷徨っている。
少し離れた場所では、老執事が俯せで地面に倒れている。
全くピクリとも動かない。
馬車は横倒しとなり、ワゴンの右側半分が大破していた。
破片や残骸が周囲に散乱していた。
その中で、ーー
ライルは仰向けで地面に倒れながら、シヤリーを抱きしめていた。己の身を挺して守ってくれたようだ。
対してシヤリーは、無傷である。
ただ気絶しているだけである。
しかし、逆にライルは重傷となっていた。
今も頭から血を流し、虚ろな両目で視線を彷徨わせている。
辛うじて意識はあるも、明らかに危険な状態だ。
その様子を私は見て、心臓が締め付けられる。
心臓の鼓動が早鐘の様に鳴り、冷や汗と背筋の寒気が止まらなくなる。
「…うぅ。」
とライルの苦しそうな声が聞こえてきた。
すぐに私は駆け寄って、呼び掛けた。
「ライル!!」
すると同時に、不思議な事が起きた。
ライルの足元から、目映い光が放たれだした。
やがて光は円形の陣を描き、文字を浮かび上がらせると、より強烈に輝きだした。
瞬く間に周囲は、真っ白に染まる。
「…これって!!?…あの時と、同じ。…」
と私も目が眩んで顔をしかめてしまう。すると頭の中がボーッとしていき、意識が遠退いていく。
やがて、ぐるりと世界が反転し、ーー
次に私が気がつくと、また世界が巻き戻っていた。




